4.『白姫』と『黒姫』

「私……諒が智史君と話してる姿を、あんまり見たことないんだけど……?」

 なんだそんなことかと言わんばかりに、諒は肩を竦めた。


「そりゃそうだろ。実際話してないんだから……」

 当たり前のように言われるのでここぞとばかりに切りこむ。


「どうして?」

「どうしてって……」

 いつものように大きなため息をつかれるのか。

 それとも呆れたような目を向けられるのか。

 待ち構える私の目の前で、諒は今までにない反応をみせた。


「なんていうのか……根本的に何もかもが違う気がするんだよな……だから話したって俺は頭にくるばっかりだろうし、智史は智史できっとそんこと事まったく気にしないんだろう……で、その態度に俺はますます腹が立つと……それってただの悪循環だと思わないか?」

 まるで相談事を持ちかけるかのように、私に真正面から問いかけてくるから、なんだか調子が狂ってしまう。


「で、でも……実際に話してみたらそうはならないかもしれないでしょ?」

「いいや。最初から最後まで俺にははっきりと想像できる! 一人でイライラして疲れきるのは俺のほうだけだってことまでしっかりと! ……だから無駄な時間と体力を使わないためにも、智史とは今ぐらいの距離感がちょうどいいんだと俺は思ってる……」


「なんだかなあ……」

 心の中だけには収まりきれず、ついつい感想が声に出てしまった。


(まあいいや……どうせどんなに隠そうとしたって、私の考えていることはみんなに筒抜けなんだから……)

 気を取り直して、フェンスに寄りかかる。


 笹に短冊をつけ終えた人たちは次々と屋上から帰り始めたところで、私たちの今日の任務はほとんど終わりかけている。

 繭香と智史君は屋上のほぼ反対側にいて、私たちには背を向けている。

 だから私と諒の会話に耳を傾けている人物などどこにもいない。


 その事実に少し力を得て、私は諒に思ったことをそのまま伝えた。

「諒がそこまで計算高く他人との距離を計る奴だとは思ってなかった……」

「なんだよ、それ……褒めてんのか、けなしてんのか……どっちだよ?」

「うーん……軽く失望かな……?」

 半ば冗談の返事だったのに、諒はかなり本気の声を出した。


「なんで俺がお前に失望されなきゃいけないんだよ!」

 一瞬、周りの視線が全て私たちに集まった。


「ほら……こんなふうにわりと後先考えないほうだと思ってたのよ……私と一緒で……」

「お前と一緒にすんな!」

「事実、あんまり変わんないじゃない!」


 屋上の反対側から静かな怒りに満ちた声が地を這うように響いてきた。

「お前たち……ちゃんと仕事しろよ?」


 呪いでもかけられてしまいそうな繭香の眼差しに小さく息をのんで、私と諒は体は後片付けのために忙しく動かしながら、その後の会話は小声で続けることにした。


「俺だっていつもいつもこんなややこしいこと考えてるわけじゃないよ……智史に関してだけだよ……!」

「だから!その智史君にこだわってる理由がわからないのよ……ねえなんで?」


 はああっと今度は本当に、諒は大きな大きなため息をついた。

「お前さ……いくらなんでも、貴人が『王子』って呼ばれてんのぐらいは知ってるだろ? じゃあ俺と智史はなんて言われてると思う?」

「えっ? 諒と智史君にも呼び名があるの? 知らないよ! なに? 教えて!」

 がぜん興味を持った私の顔から、諒は目を逸らした。


「…………やっぱやめた」

 私が「えええっ?」と非難の声を上げると同時に、背後から静かな声がかかった。


「『姫』だよ?『白姫』と『黒姫』。どっちがどっちだか説明しようか?」

 いつの間に私の後ろに来ていたんだか、智史君にニッコリと微笑まれて、なぜか背筋がゾクッとした。


 普段は天使のように見えるその微笑が、少しの毒を含んで小悪魔のように見えたのはなぜだろう。

 ひょっとしたら私の隣で敢然と智史君を睨み返した諒のせいかもしれない。


「……だから、こいつのこういうところが理解不能なんだ。『姫』なんて呼ばれて、普通男が喜ぶか? そこは力の限りに抵抗するところだろ? なのにこいつは……」

「だって、別に嫌じゃないし……みんな面白がってるだけでしょ?」

「こうなんだ! ぜんっぜん平気なんだ! わかんないよ! 俺には絶対わからない!」


 こぶしを握り締めて絶叫した諒には悪いが、私はもう笑い出さずにはいられなかった。

「ハハハッ、確かに『白』と『黒』なんて言って二人をセットにして、並び賞したい気持ちはよくわかったわ。面白すぎるっ!」


「なんだと!?」

 今だって力の限りに非難の声を上げた諒と、クスリと笑った智史君ではまるで反応が間逆なのだ。

 ――そう、まさしく『白』と『黒』のように。


 外見から言うと、色白で髪の色も目の色も薄い智史君が『白姫』で、黒髪に大きな黒い目をした諒が『黒姫』にまちがいないんだろうが、本当に一番最初に言い出したのは誰なんだろう。

 どちらかと言えば、可愛らしい美少年系の二人が『姫』とは、あまりにピッタリ過ぎる。


「だいたい……可愛いって言われて嬉しいか? 俺は嬉しくないぞ! 断じて嬉しくない!」

「そう? 別にいいじゃない。褒められてることには変わりないんだし」

「……嬉しくもないのに笑えるはずがない……! 笑顔の大安売りなんて俺には理解不能だ!」

「相手に喜んでもらえるんなら、僕はそれぐらいお安い御用だけどね……」


 確かに諒があらかじめ予想していたとおり、二人の会話はあまりに不毛だ。

 考え方からやり方まであまりに違いすぎて、もう笑い話にしかなりはしない。

 聞いているこちらは面白い限りだが、さぞや諒はストレスがたまることだろう。

 あっけらかんと笑ってる智史君とは裏腹に――。


(諒には悪いけど……二人のやり取りって面白すぎる……!)

 そう感じているのは私だけではなかったようだ。

 もうとっくに帰路につき始めていたはずの生徒たちが、いつの間にかちらほらと私たちを遠巻きに取り囲みつつある。


「珍しく『姫』が一緒にいる……」

 なんて囁きが漏れ聞こえて来るところをみると、諒と智史君が揃っているだけで、希少価値があがるようだ。


(そっか! いつも智史君の隣に必ずいるうららがいないだけでも、これって珍しい光景なんだよね……?)

 あちらこちらでスマホのフラッシュが光り始める気配を感じて、私はそっと二人の傍から後退りで逃げ始めた。


(『邪魔なのよ近藤!』って叫びが聞こえて来る前に、ここは逃げさせてもらうわよ)

 人垣の輪を抜けた途端、脱兎の如く逃げ出そうとした私の腕を、誰かがガシッとつかんだ。

 繭香だった。


「どこに行くんだ、琴美」

「ど、どこって……みなさんの観賞の邪魔にならない位置まで下がろうかなーなんて……」

 へへへと笑ってみせる私に、繭香も笑った。

 それはあの、唇の両端を吊り上げるような、繭香独特の笑い方だった。


「『星空観察会』に参加したおかげで、綺麗な星空ばかりか、いつもは見れない『姫』二人のやり取りが見れた……これって生徒会の催しにこれからも参加したいって思わせるいいネタなんじゃないか? 気がついていない連中も、まだたくさんいるだろう……行って呼びこんで来い! それが今夜の琴美の真の仕事だ!」


「えええええっ!」

 叫ぶ私に、繭香はいよいよニタリと笑いかける。

「急げ! 琴美の頑張りに、第二回以降の催しの集客率アップがかかってる! ……って……これは会長からの伝言だ……!」


(貴人の!)

 最後の一言を耳にするや否や、勝手に私の足は走り出していた。


「わかった! 出来るだけ頑張る!」

「頼んだぞ!」

 大きく手を振って見送ってくれている繭香の笑顔が、いつもよりはじけているような気がするが、そんなこと気にしている時間はない。


(貴人!)

 自分もいつかああなりたいと、敬愛してやまない我が会長のため、私は全力で走り続けた。



 結局、初日の『星空観察会』が終了したのは、予定の時間を大幅に過ぎた午後十時近くだった。

 学校側への屋上使用許可の申請書に、あらかじめ放課後から午後十時までと書きこんでいた貴人は、まさかこうなることを見越していたんだろうか。

 だとしたら凄すぎる。


 繭香にそう耳打ちしたら、ズバッと一刀両断にされた。

「そんなはずはない。『姫』の揃い踏みをみんなに宣伝して来いって貴人が言ったなんて……そんなの私のでっち上げだからな」

「……はい?」

「琴美の力を最大限に引き出すために、一番役に立つと思う嘘をついてみた。これがいわゆる『嘘も方便』って奴だ。悪く思うな」


「わ、悪く思うなって……」

 息を切らして走り回って、こっちはあの後しばらく動けないくらいだったのに――!


「繭香……」

 恨みをこめて、その日本人形のようによく整った顔を軽く睨んだ瞬間、私はハッとした。


(そうか! 諒と智史君の関係って、なんだか私と繭香の関係と似てるんだ……!)

 一見正反対の二人。

 片方は余裕たっぷりで、反対側の私たちばかりが損をしているような気さえする。


 でも私は、一度繭香ととことん向き合ったからこそ、自分たちがとても似ている所も持っているということを知っている。

 だから考え方が違っても、やり方が違っても、少なくとも私は繭香に反発心を感じたりはしない。

 大切にしたいこと。

 どうしてもゆずれないもの。

 それが私たちは一緒だって知っているから。


(ああ……やっぱり諒……一度智史君ととことん話してみたほうがいいよ……)

 経験者としてしみじみとそう思い、腕組みしながら頷いた私に、繭香も同意した。


「まあ確かにいい機会だから、腹を割って話してみたらいいだろうな……もっとも……白と見せかけておいて中身は限りなく黒に近い『姫』のほうが、簡単に自分を曝け出すとも思えないが……」


 お願いだから、表情だけで私の考えていることを読むのは、いいかげんやめてくれないだろうか。

 このままではおちおち秘密の悩みで悩むこともできはしない。

 ――もっとも私にそんなものなんてないけれど。


 ブツブツと考え続ける私の隣に来て、思いがけず繭香が私の手を取った。

「まったく損をしてるよな……こうしたら勇気が二倍にも三倍にもなるのにな……そうだろ?」

 それは以前、私が繭香と手を繋ぎながら言った言葉だった。


「覚えてたんだ……!」

「当たり前だ」

 ぎゅっと手を繋ぎあって、私たちはまた自分たちが同士だという事を確認しあった。

 だから願わくば――諒と智史君もそんな関係になれたらいいのにと思う。


「絶対! 絶対! お前の考えてることだけは理解できない!」

「そうかな……? 僕には諒がよくわかる気がするんだけど……」


 遠くでまだまだ続いている不毛な戦いを横目に見ながら、私と繭香は顔を見合わせてちょっと笑った。

 諒たちよりほんの少し先輩として、小さく胸を張って笑った。

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