第2話 ブギーマン
ガラクタ商はがちゃりがちゃりと音を立てて歩く。小さなネジから長いパイプまで何でも背負っているからだ。どれもこれも古そうなものばかりの癖に高値を吹っ掛けてくる。
サニーはぎゃんぎゃんと揉めながら、片手ですっぽり握れる程度の小瓶を購入した。それにさっき拾った石を入れてまたポケットに突っ込む。
「あのジジイふざけてる、小瓶1つで100eだ」
e、エクズ、つまりこの街の通貨。
100eもあればいいものが食える程度の金額だ。あのじいさん、今日はうまい昼飯にありつけるに違いない。
サニーは半ば喧嘩腰に交渉して、70eまで落としたようだ。
「王宮に提出して金でももらうのか」
「いやいや、あいつら私より上等な
「なるほど、いい趣味してる」
満足げに歩いている姿はやっぱり子供だった。
仕事場に着いたら、まず今日の印刷物のチェックをする。毎日質のいいものを作るために、抜け漏れや文字の書きっぷりなどくまなくチェック。それが終わると赤ペンで直した部分を反映し、印刷機を稼働させる。そしてその時間にコーヒーを飲みながら本を読む。大体毎日こうだ。そして印刷が終わる頃にサニーが来て、出来立ての新聞を渡す。
この日サニーは暇らしく、吐き出される新聞紙をずっと眺めていた。
「どうにか予測したいな」
「なんの」
「ブギーマン」
椅子に座りながら、足をぶらぶらさせてサニーは言った。
「無理だよ、何処に出るかもわからないのに」
「無条件ってわけでもない、ほら、貴族のとこに出たって話聞いたことない」
「……確かに」
「ふふ、闇雲に追いかけ回してないぞ。あいつらは貧民層と平民層に出現して、貧民層の方が目撃例が多い」
サニーは手帳をこちらに見せながら解説し始めた。簡単な手書き地図の上に書きなぐったような赤い丸が点在している。
そこを指差しながら僕に説明してくれた。出現時間はまだわからないが、出没場所の特定はもう少しでできそうだと胸を張っている。
僕は印刷の出来をチェックする合間に手帳を眺めた。確かに特定の層に多く目撃されている。貧民層が割かし多いようだ。
ブギーマン……そういえば、よく母親から聞かされた怖い話の主人公だった。そいつらは醜くて、人らしからぬ不定形で、寝坊助を食べると言われた。僕は子供の頃早起きが苦手だった。だから母親がそんな話を作ったのだろう。僕は可愛らしい幼心で、食べられたくなかったから早起きを心掛けたものだ。
そんなことをぼんやり考えているから、おやつに買っていたクッキーをぺろりと平らげられていたことに気付けなかった。
仕事終わりの帰り道、あのオンボロ用のパーツを買いにバイク屋へ向かった。ここの店主は、年に一度開催されるエアバイクレースで連続優勝してきた強者だ。彼の整備の腕は折り紙付きで、大会前には予約が絶えない。
「いらっしゃい」
「エンジンがかかりにくいんだ、修理しようと思って」
「ほお、スイッチは」
「入れてる。でも全然」
「プラグが死んでるかもな、新しいのにしても直らないなら高いエンジンオイル使え、それでも駄目なら持ってこい」
「ありがとう」
僕はバイクの品種を伝えると、新しいプラグを持ってきてくれた。随分古いなと言われたが、お気に入りなんだと答えた。
これは僕が移住する前、祖父がくれたものだ。祖父の車庫に眠っていたヴィンテージもので、小さい頃から欲しいとねだったほどだ。16歳の誕生日を迎えたと同時に、僕はスクールに駆け込んで急いで免許を取った。それから通学にも外出にも、片時も手離さなかった。
ポンコツすぎて最近は構ってやれてなかったから、今日は久し振りに乗ってみよう。無理矢理取り付けたエアロ機能じゃなく、車輪を回して。ぼんやり考えていると、懐かしい気分になってふと笑顔がこぼれた。
「ダムデン通りでブギーマンを確認。調査班を派遣しております」
パイプの中を空気が叩く音が鳴る。王宮の研究所でせわしなく動く解析期間が吐き出す連続用紙を見つめながら、長髪の男性は部下の報告を聞いていた。
片眼からかりかりと音が響いている。皮膚と違う冷たい金属パーツが鈍く光った。
「動物性タンパク質やカルシウム、鉄や水銀に植物繊維、なんだこのごちゃ混ぜは」
検査結果を見ながら男性は呻いた。
蒸気のハイゲート 夏野夜壱(なつのよいち) @kinoco_crow
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