母の歪んだ愛のカタチ

NAAA

第1話



「私のかわいい赤ちゃん。あなたはね、とってもパパに似てるわ」





「…………」





「でもパパはあなたが生まれる前に死んじゃったの」





「お母さん……その子は……もう…………」





「まるであの人が戻ってきたみたいだわ」





「お母さん……その子は……もう……亡くなっています…………」





「…………さい。…………るさい。…………うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!! あなたに何が分かるっていうの!? 私の赤ちゃんは生きてるわ!! 勝手に殺さないでっ!!」





「お、落ち着いてください! 気をしっかりもって…………」





「うるさいって言ってるでしょ!!」





 そういうと女はベットから起き上がり腕に抱いていた我が子――――――我が子だった物――――――を抱えて病室から飛び出だした。


 慌てて子供の治療に当たっていたのであろう医師が止めようとする。





「待ってください! お母さん! クソッ…………誰か彼女を止めるんだ!! 彼女はまだ安静にしてなければならない!!」





 女は出産して日が浅い。普通なら激しい運動をできる状態ではない。しかし彼女は鬼気迫る様子で制止を振り切り病院を飛び出した。


 誰も彼女を止められる者はいなかった。若い男の看護師ですら女に弾き飛ばされてしまう。





「私の赤ちゃんは死んでないわ…………たとえ死んじゃったとしても私が生き返らせてあげるんだから!」





 女はそう叫び病院を後にした。もちろん病院の関係者は彼女の捜索願いを出したが…………彼女が見つかることはなかった。永遠に。






 女は不幸だった。愛し合える人と出会い子をやどすまではよかったのだ。夫は自分の子供を見る前にこの世を去り、これからの生きる意味であった子供も生まれて間もなく死んだ。


 女は子供を生き返らせようとする。愛する夫の忘れ形見である愛おしい我が子のために、何より自分が生きるために。






 女が走り着いたのは廃ビルのようだった。意図してここを目指していたわけではない。ただ我が子とゆっくり会話したかっただけである。





「やっとゆっくりできまちゅねー。お腹空いちゃいまちたかー?」





 そう語りかけると女は妊娠により張った乳房をだし無理やり子供の口に含ませた。母乳は既に出るようになってはいたが…………死んでいるのだから飲むはずがない。母乳が子供の顔を濡らすだけだ。





「あれーお腹空いてないんでちゅかー? 泣きもしないしママ思いのいい子でちゅねー」





 この子に名前は付けられていない。女はあえて性別を聞くことをしないで自分で確認してから名前を付ける予定だった。あの人のように…………とわずかに期待していた通り男の子であったが、名前を付ける必要はなくなってしまった。


 はたして名前も付けられていない我が子だった物体とそれを世に産み落としただけの女の関係を親子と言えるだろうか? 母と子と言えるだろうか?





「ああ…………なんで泣きもしないのよ…………。どうして死んでしまったの…………。どうして私ばっかり…………」





 女は子供の死をだいぶ前から受け入れていた。普通の母と子のように話かけていれば子供が生き返る気がしたのだ。無駄だと分かっていても試さずにはいられなかった。





「ああ、そうだわ! 生き返らないんだったらもう一度同じ子供を産めばいいんじゃない!!」





 この当たりから女の思考は狂いはじめる。辛い現実から自分を守るために・・・。





「もう一度産むことができれば…………」





 しかしあの人はもういない。愛する人との子供はもう産むことはできないのだ。なにより女は兄弟がほしいのではない。死んでしまった子供本人を生き返らせたいのだ。





 少しの間女が考えて導きだした結論は常人ではとても思いつかない方法だった。





「そうよ…………。もう一度この子をお腹に戻してあげれば元気に生まれてくるはずよ…………」





 女が思いついたもう一度子供をお腹に戻す方法とは…………





――――――――――――死体を食べる――――――――――――





 人間は目的を変えていってしまうものだ。この女は子供を生き返すという目的(願い)が転じて死体を食べるという発想まで至ってしまった。その考えがどれだけおかしいかはもう判断できなくなっていた。





「全部、残さず、食べきれば…………」





 そう呟いて女は我が子の死体を食べ始めた。






女が最初に口にしたのはなんと性器からだった。まだ未熟な赤ん坊のそれを躊躇なく噛み千切り、咀嚼せず一飲みにした。





――――――――――ゴックン





 女が飲み干す音が聞こえる。なぜ数ある人間の部位から性器を選んだのかは到底理解できるものではない。男性の象徴と言えるものを最初の一口とすることに何か意味を見出したのか。ただ目についたものがそれだったのか。


 真実女は子供を愛していた。愛がゆえに食すのである。





「ああ…………」





 女はなぜかうっとりした様子であった。





「美味しいわ…………さすが、私の、赤……ちゃん…………」





 つわりにより食事を苦痛に感じていた女は美味しいと感じるのは久しぶりだった。我が子への愛が女にそう感じさせたのだろう。


 次に女が食べる場所に選んだのは右手だ。小指から親指へ順々に食べ進める。





「ウフフ、なんて小さい手なの。かわいい」





先ほどと違うのは骨まで噛み砕いていることだった。子供の骨はまだ噛み砕けるほどに柔らかかった、が





「痛い…………」





 噛み砕いたゆえに尖った骨の一部が女の口の中を切ったのだ。構わず女は食べ続ける。


 右手、左足、右足、左手の順に食べ進めていく。女の口は傷付き、血が流れている。食道も傷付いているかもしれない。ただ女はそれは自分の血の味なのか死体の肉の味なのかは分かっていない。





「美味しい…………美味しいわ…………」





 食べ進めるうちに死体の食べ方が身についた。一度女は食べるのを中断しおもむろに窓へと近寄りガラスを割ったのだ。その割れて鋭くなった窓ガラスを包丁のように使って肉を切り取る。骨は折ることによって硬く大きい部分は食べ、尖った部分は切り取った肉を先端にかぶせ飲み込みやすく、自分が傷付かないようにした。





 両手足を長い時間をかけて食べ終える。もう死体は人間の形をしていない。赤い芋虫のほうがまだ似ているといえるだろう。





「ハアハア…………次は…………」





 まるで激しい運動後であるように荒い息使いが聞こえる。


 女は胴体、いや、内臓を食べることにした。窓ガラスを死体の腹に突き刺し腹を開く。ご存知の通り内臓は一本の管だ。それを腸の部分から食堂にかけて食べていく。人間の臓器は伸縮性があるので非常に噛み切りずらい。窓ガラスで切りながら内臓一本を食べきった。その後肺や肝臓といったものを食べ終えると、そこはただの穴となった。薄暗い廃ビルの中ではあるがその穴はより黒く、暗かった。


 最後まで女が残していたのは心臓だった。他には何も入っていない腹の穴の中に生命の象徴とも言える心臓だけが残ってるのはとても奇妙に感じた。





「パパはここが悪かったの。あなたはちゃんと健康になって生まれ変わってね…………」





 女はまだ小さい心臓をよく味わうようにして食べる。なにか願いを込めるように。





 胴体を食べ終えると(背骨を食べきるのには苦労していたようだ)残るは頭部のみ。女は球状の血にまみれたそれを愛おしそうに抱いている。おでこの部分に優しくキスをした後、頭だけとなった死体に話しかけた。





「私の可愛い赤ちゃん…………あなたはとっても美味しかった。早く元気になって生まれてきて…………」





 そういうと目をくり抜き、食べる。脳を引きずりだし、食べる。頭蓋骨を叩き割り、食べる。





――――――――――こうして女は全てを食べ終えた。






 女はその場に横になった。長時間に渡って食べ続けていたので休むのはずいぶん久しぶりのことである。女の腹は食べ続けた結果大きく膨れていた。そう、まるでもう一度妊娠したかのように。お腹をさすりながら女は呟く。





「早く産まれてきてね…………ママ、一人じゃ寂しいわ」





――――――――――産まれる訳がない。


 女はしばらくの間自分の腹をさすっているといきなり驚いた様子で声を発した。





「今動いたわ…………」





 動くはずがない…………が





「ほら! もう一回!!」





 今度は見てわかるほど女の腹が動く。何かに内側から押されたように。


 生まれるはずのない物が産まれようとしていた。それを作り出したのはいったい何なのか。母の狂気、願い、愛、自分への憐憫、悲壮、嫌悪。そのうちのどれかであるかもしれないし、どれでもないのかもしれない。


 女は苦しみ出す。





「痛い!!…………産まれるの? 生まれるのね!?」





 女の腹が激しく動き出す。激痛のなか、女は笑った。





「アハハッ! 痛い!! 痛いわ!! 早く産まれてきてっ!!」











 そこから最初に現れたのは目玉だった。


 ”何か” が女の腹を突き破りでてきたのだ。そこに一つだけ目玉がついており辺りを見回すように動く。その目には輝きがあり、意思や知性まで感じられた。





「あ…………」





 女は声を出すことができなくなっていた。


 乳首から母乳が溢れ出している。子供が産まれると勘違いした脳がホルモン分泌を活発にさせたのだ。その母乳は白ではなく血が混じったゆえにピンク色をしていた。





 女の腹の中から咀嚼音が聞こえてくる。”何か” が女の内臓を食べているのだ。女はギリギリ意識を保っていたがついに絶命した。女が最後に感じたのは子供に対する愛のみ。顔は微笑んでいた。






 ”何か” が死体となった女の腹から出てきた。かろうじて人型を保っており右手と思われる部分に目玉がついている。目や耳や鼻などはついていないのになぜか口のような穴が頭部についていた。全身は肉を粘土のように使い人型にしたような姿で所々に白い骨が見えた。





 女の内臓を食べた”何か” は明らかに子供の死体より大きくなっていた。体格としては三歳児くらいだろうか。決して子供が生き返ったのではない。子供と女の肉によって形成されているが、子供と女本人ではない。”何か” はやはり”何か” だった。





 腹から抜け出した”何か” が女のそばに立つ。女の腹の中はほぼ空になっていた。






 女の死体を見下ろし”何か” が呟く。







「ママ。とっても美味しかったよ」

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