Code
皆さんは突然0と1の数字の羅列が手紙で送られてきたらどう思うのだろうか。もちろん、驚くだろう。私も当然驚いた。この0と1の数字が何なのか、それは知っていた。2進数というもののはずだ。しかし、この送られてきた数字は意味が分からない。南に聞いてもダメだった。そこで、こういうのが得意そうな葛君に相談してみた。
「それは文字コードっていうやつだよ」
葛君はどや顔をして言った。
「文字コード?」
「そう。文字コード。コンピューターに用いられる表現だよ。その手紙持ってる?」
「いいえ、気味が悪いから捨てたわ」
「ダメじゃないか!それじゃあ、解読できないよ!」
「大丈夫よ。覚えているから。えーっと、10111011111――」
「ちょっと待って!まさか、全部覚えてる?」
「当たり前じゃない!」
「……そんなの覚えてるなんて気味が悪いよ。分かった。あとで変換するから、放課後に社会科準備室に来てね」
「葛君こそ、ちゃんと来なさいよ。あなた、昨日来なかったでしょ」
「ああ、スミマセン」
「それじゃあ、放課後ね」
「はい。それじゃあ」
というように、朝、早めに学校へ来て葛君との約束を交わした。この暗号が解読されるのは良しとしてどこから来たのか分からない。手紙には切手が無かったので直接、郵便受けに入れただろうと南は言っていた。
「どーしたの?暗い顔して?」
私が頭の中で犯人は誰なのかと考えていると、目の前には霙ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。
ああ、肌が雪のように白い。溶けてしまいそう。舐めてみたい。甘いかな?
「亜理紗ちゃん?」
「おっと、何でもないわ」
思わず、幻想の世界へ入り込んでしまった。
「いいえ、何でもなくはないの!」
私は今朝の出来事を話すと霙ちゃんは目を細める。
「それは大変ね。明日もそれが続いたら警察に相談した方がいいわよ」
「ええ、そうしてみるわ」
私は霙の意見に賛同するすると、南が珍しく反論した。
「いいえ、ダメです」
「どうしたの南ちゃん。警察に相談すれば安心じゃない?」
「私の方が警察より有能です。私は世界の様々な武術を心得ています。そこらへんの警察より、私を頼っていただけた方が安全です」
「そ、そうなのね。無理はしないでね」
「心遣い、感謝いたします」
⁂
放課後、私たちは社会科準備室へ向かった。
「そういえば、霙ちゃんは今日も学校に来れたのね」
「あ、そうだった。言うの忘れてたけど、今週は学校に通えるの」
「そうだったのね」
社会科準備室に入ると珍しく先客がいた。
「やあ、待っていましたよ。おや、霙さんも一緒でしたか。……東藤さん、いいんですか?」
今朝の件を霙ちゃんがいるけど話していいのかということだろう。私は頷く。葛君はルールとか約束を守ったり、人が何を思っているのかきちんと理解できる素晴らしい人だ。どことなく、私の持つ"正義感"と似ている。
葛君は鞄からノートパソコンを取り出した。
「葛君、いつもノートパソコン持ち歩いてるの?」
「ええ。何かあった時のために。まぁ、今日が初めて役に立った日なんですけどね……」
葛君はノートパソコンにカタカタと文字を打ち込んで、何かのサイトを開いた。
「東藤さん、今朝の文字コード、覚えてますか?」
「10111011111001001010010011001111101100101111100―――」
「あわわわ!いいです!言わなくていいですから!ここです!ここにその数字を打ち込んでくれればいいんです!」
「あ、そうなのね。分かったわ」
私は文字を打ち込んでいく。しかし、こうして実際に打ってみる分には長い。言葉をしゃべるという進化を成し遂げた人類の素晴らしさ噛み締めた。
「やあ、子猫ちゃんたち、今日もご機嫌――何してんの?」
「南、そいつを外に引っ張りだしといて」
「はい。それでは西村様、失礼します」
「え、ちょっと、嘘っ――うわああ!!!」
南が西村の腕を掴むと、一瞬で西村が地面に倒れ込んでいた。そして、南は倒れた西村を引っ張って扉へ向かっていく。
「ちょっと、南ちゃん!怪力すぎでしょ!うわああ!助けてよー!ちょっと、東藤、南ちゃ――」
西村の声は扉が閉まると同時に聞こえなくなってしまった。
「できた!」
私は嬉しさのあまりに拳を突き上げた。
「はやっ!おーけー、それじゃあ下にある『変換』ってボタンを押して」
「これかな?」
私が『変換』というボタンをクリックすると一瞬の間があって文字が表示された。
『私は怪盗ルパンというものです。私はあなたに大変興味を持ちました。あなたの立ち振る舞いといい、とても素晴らしい。そして、あなたの過去は正義という海底から湧き上がる泡のようにはかなく散るもの同様でした。そしてあなたは記憶を闇に閉ざした。悲しい。ああ、なんて悲しいことでしょう。私はあなたを救いたい。いえ、盗みたいのです。
怪盗ルパンより』
「ねえ、東藤さん。どういう意味?」
「……全く分からないわ。何のつまりなのかしら、怪盗ルパンって。霙ちゃんは分かる?」
私の後ろから霙ちゃんと、いつの間にか戻ってきた南も覗き込む。
「んー、亜理紗ちゃんの心を盗みに来たんじゃないかしら?新手の告白?南ちゃんはどう思うの?」
南は画面をまじまじと見つめて、何もしゃべらない。
「どうした、南?」
「――ください」
「え?」
「今すぐ消してください!」
「どうした南」
南はマウスを操作してブラウザを閉じてしまった。
「南!」
「っ…‥すみません」
重い沈黙が流れる。
⁂
「南、どうして消さなくちゃいけなかったの?」
「申し訳ありませんでした」
「南、謝って欲しいわけじゃないのよ。どうして無理やりにでも消そうとしたの?」
「申し訳ありませんでした」
「――はぁー」
帰宅途中、何度も今日の出来事について問いただすが、南は謝罪するばかりで話は進展しなかった。
「分かったわよ。もう問うことはしないわ。でもまた明日文字コード?ってやつの手紙が来たらどうするつもりなの。私に見るなって言うの?」
「はい」
「はぁー、分かったわ。明日も来てたら私に言わずに、煮るなり焼くなり好きにしなさい」
「ありがとうございます」
⁂
目が覚める。まだ暗い。時計を見る。2時。夜中だ。
ベッドから這い出ると、ある異変に気付く。窓が開いて、カーテンがひらりひらりと舞っている。寝る前に窓を開けた記憶はない。―――泥棒?そんな悪い予感が頭を過る。
おそるおそる、窓に近づく。窓の外を見るが誰もいない。窓を閉めようとすると何かが床に落ちた。床に落ちたものは白い封筒だった。手紙だろうか。鋏を机の引き出しから取り出し、封筒を開ける。心臓がバクバクとなっている。中身は手紙だった。予想通り、2進数だった。
「1010010010110011101001001――」
うん。分からない。
しかし、あのサイトのURLは覚えておいた。これをスマホで入力すれば……よしゃ!出てきた。
私は0と1の羅列を入力していく。
――できた!
変換のボタンをタップする。2、3秒の間があって数字は文字に変換された。
「こんばんわ。今朝の手紙は読んでくれましたか?
私はルパン、怪盗ルパンと呼ばれています。さて、私はあなたのことを大変気に入っています。
理由は単純です。あなたの過去です。あなたは正義という鎖にもちかい牢獄で苦しんでいる。しかし、あなたはそれを自覚していない。
なぜか。
それは記憶がないから。いいえ、記憶を消したから。あなたは記憶を都合良く消してしまった。さて、それではあなたがどんな記憶を消してしまったのか知りたくはありませんか?もし、知りたいのであれば三日月駅のホームで待っています。いつでも構いません。
私は待っています。
怪盗ルパンより」
これは一体どういう意味だ。私の過去についてルパンが何かを知っているということだろうか。
「あー、分んない!」
今は夜中だ。眠くて頭が回らない。細かいことは明日、というか今日、起きたら考えよう。結論は三日月駅に行けばいいってことだ。三日月駅は電車に乗って行けばそう遠くはない。
手紙を机に置いて、私は布団に入る。
あー、三日月かー。懐かしいなー。
私は眠気に誘われて、意識は暗闇の中へ迷い込んでしまった。
⁂
私は手紙を手に取った。彼女はこの手紙に続きがあることに気づかなかったようだ。
「10100100101000101010010――」
この文字コードを頭の中で解読する。
「あなたが記憶を取り戻そうとするのを阻止しようとする、優しい人々があなたの前に立ち塞がるでしょう。しかし、あなたならそれを振り切っていけることでしょう。――あなたの正義という概念で、私を楽しませてくださいね」
私は手紙をポケットに入れて悪態を吐いた。
「――殺してやる」
ゲーテの色奪 四志・零御・フォーファウンド @lalvandad123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます