Re/start


「はい。お疲れさまでした」

「さて、これを送り付ける準備は整ったわね。編集頼んだわよ、南」

「はい。承りました」


 ここまで撮っていたビデオは、ある人物に送り付ける予定だ。


「それじゃあ、学校に行くわよ」

「はい」


 私、東藤亜理紗は菫高校に通う高校1年生だ。そして、隣にいる小さいのが鳥端南。南は東藤家につかえる"忍者"だ。

 そう、"忍者"だ。

 もう一度言う。"忍者"だ!

 これについて説明するのには、東藤家について説明しなくてはならない。

 東藤家は古くから続く家系で、最古の記録は飛鳥時代にまで遡るという。東藤家は数々の戦禍を乗り越え、時に政治家、科学者、成金、医者。様々な役職をこなしていた。

 さて、話は戦国時代。東藤苗代なえしろという大名に従えていたのが、忍の一族である鳥端家だった。東藤家は鳥端家と協力し、数々の大名たちを倒していった。そのうち、徳川家と同盟を結び、あの戦国の世で勝利を収めた。

 戦は終わり、東藤家と鳥端家の協力関係は終わってしまったのだが、その後も交流は続き、激動の時代に耐え、主人とメイドのような関係になっている。


「亜理紗様」

「何かしら?」

「本当にビデオを送るんですか?」

「ええ、もちろんよ!」

「そうですか」

「何か不満な訳?」

「いいえ」

「そ」


 たまに南には驚かされることがある。突然どこかへ消えたり、いつの間にか隣にいることもある。さすがは忍者だなと思うことも多い。しかし、いまの発言は府に落ちない。いつもなら私の行動に疑問を持たない"忠実な忍者"だからだ。主人の言うことに逆らうことは滅多にない。

 だがどうせ、問いただしたところで何も言わないだろう。それも"忍者"だ。


「南、今日の予定を教えなさい」

「はい。今日は―――」


 私は今日の予定を頭の中にインプットさせていく。そして、本当にこの予定でいいのか調整を加えて完璧な今日の予定を組み上げる。


「南、お父様はいつ帰って来るの?」

「……まだ連絡は来ておりません」

「そう。お父様も大変なのね。せめて、電話をくれればいいのに」

「……そうですね」


 お父様は1年以上、海外に出張へ行っている。お父様はとある大企業の幹部で、海外へ出張して仕事を頑張っているのだ。お母様は私が小学生の時に離婚してから会ってはいない。お父様は再婚する気はないと言っていた。きっとこのまま、家族は2人だけなのだろう。


「亜理紗様、この時間ですとバスに乗り遅れるかと」

「はあ!?何言ってんのよ!早く言いなさいよ!ほら、走るわよ!」


 私は全速力でバス停までダッシュする。しばらくすると、こちらに走って来るバスが見えた。良かった。バス停は目と鼻の先だ。どうにか間に合った。しかし、後ろを振り返っても南がいない。

 ああ、南。私はおまえを置いてきてしまったか……。しかし、おまえを待っている時間は無いのだ。さらばだ、南。


「うえぇ!」


 私は思わず声を上げた。バスに乗り込むと南がちゃっかりと椅子に座っていたのだ。


「亜理紗様、お席を確保しておきました。どうぞ、お座りください」

「さ、流石ね南。見直したわ」


 南のことを褒めると満更でもなく「忍者ですから」と小さく呟いた。

 ともかく、学校に遅刻せずに着けそうだ。



「ハロー、亜理紗ちゃん」


 校門を抜けたところで声を掛けられる。この声は……。


「ハロー、みぞれちゃん」

「おはようございます。霙様」


 目がパッチリと開き、鼻が高くて、整った顔立ち。髪はサラサラ!これはもう芸能人だ!っていうぐらいの美人の女子高校生が私の目の前に立っている。いや、というより彼女は本物の芸能人だ。高校生ながら実力派女優で知られる蘇芳すおう霙ちゃん!


「南ちゃん。様なんてつけなくていいって言ってるでしょ」

「いえ、私は様をつけるように教育されましたので」

「いいのよ、霙ちゃん。こいつは東藤家に仕えるメイドなの。これが仕事なのよ」


 私は南の頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫でてやった。


「はい。仕事、です」

「仕事ねぇ」


 ふと、周囲を見渡すよ男子共が「あれ、霙さんじゃん」「うわ、俺初めて見たよ。ラッキー!」「ああ、霙様に踏まれたい……」などと騒ぎ始めていた。むしろ踏まれたいのはこの私なんだけど。


「霙ちゃん、行こ」

「そうね。行きましょうか」


 のんびりと歩いていたらギャラリーが出来てしまう。私たちは早歩きで昇降口まで行き、教室へ急いだ。

 霙ちゃんは女優として活躍しているので高校に来ることが少ない。しかし、授業にもついてこれているし、テストの結果も上位に食い込むほど勉強ができる。


「霙ちゃん、新しいCMみたよ!あのドレス凄い可愛かったわ!」


 新しいCMというのは、結婚式場を紹介するものだ。霙ちゃんは新婦姿になって『この式場を選んで良かった』と微笑む。そんな内容のCMだ。この霙ちゃんについて『女神が降臨した』と話題になっているらしい。世間の言う通り。本物を見ている私が断言しよう。女神だ!


「ほんと?ありがとう!実はあのドレス、私のお母さんが結婚式に着たのと同じなの!運が良かったんだよ」

「そうだったんだ。それじゃあ、本当に結婚式をやるときもそのドレス着ないといけないわね」

「そうね。――結婚相手がいたら」

 

 霙ちゃんは可愛くウインクをした。私の心臓狙い撃ち!ズキューン!

 そんな話をしているうちに、1年3組の教室に辿り着いた。

 教室に入って霙ちゃんだと分かっても、騒ぎにはならない。入学式から1か月が過ぎ、同じクラスの芸能人に慣れたみたいだ。


「あ、そうだ。今日の2時間目、数学の小テストだから勉強しておいたほうがいいわよ」

「そうだったのね。分かった。勉強しておく。教えてくれてありがと」

「お礼なら、南に言って。南の情報だから」

「いえ、私にお礼など―――ふぎゅ」


 霙ちゃんは南の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ありがとう、南ちゃん」

「……忍びですから」



 そうだ、この話をしていなかった。私はこう見えて、部活というものに入っている。社会研究部という部活だ。この混沌とした世の中に社会的な呼びかけを――なんてことはしていない。むしろ何もしていない。いや、私は何もしていないのであって、部長はしっかりと活動している。

 活動内容?社会の研究をしてるんだと思う。どうして入ったのかというと、部長に頭を下げられたからだ。


『お願いします!この部に籍を置くだけでいいんです!』

 

 と言われたからね。これも"正義"のためだ!南は私が入るから自動的に入ってきて、霙ちゃんは私と仲良くなってから入った。と言っても、霙ちゃんはドラマの撮影とか、芸能人として活動しているわけであまり部活には顔を出せない。

 というわけで、放課後、部室である社会科準備室にやってきた。社会科準備室は校舎の端にある部屋だ。霙ちゃんがこのこの部活に入っていることを隠すには好都合な場所だ。なぜ霙ちゃんが部活に入っているのを隠しているのかというと、霙ちゃん目当ての人達が入ってこないようにするためだ。


「一週間ぶりかな、ここに来るの」

「そうだね。南、お茶だして」

「はい。すぐに準備いたします」


 南は棚の奥からカセットコンロとヤカンを取り出すと、ヤカンに水を入れて沸かし始めた。実は元々水道の蛇口は無かったのだが、葛北斎かつらほくさいという男が水が出るように水道管を引っ張て来たのだ。そんなこと簡単にできるのかと彼に聞いたところ、『魔法を使ったんだよ』と言っていた。もちろん、冗談だろうが、これを1日でやってしまったので魔法としか言えないだろう。


「こんにちわ……」


 雀がちゅんちゅんと鳴くような、小さい声であいさつをしたのは黒葛原蕾つづらはらつぼみちゃんだ。蕾ちゃんは南より身長は短くないが、短い部類に入るだろう。いつの間に入ってきていたのだろうか。と疑問に思っていると彼女の後ろにも人が近づいていることに気づいた。


「やあ、子猫ちゃんたち。久しぶりだね」


 この変態は西村英人にしむらひでとと言う。こいつは見かける度に女子たちに囲まれている。『万人受けするイケメンよ!』と同じクラスの女子が言っていた気がするが、私には受けつけない顔だ。今すぐにでもその気持ち悪い笑顔に右ストレートをぶち込んでやりたい気分だ。


「なぁーにが、子猫よ」

「ああ、すまない。一匹ライオンが混じっていたようだね」

「死ね!」

「マタタビ不足かな?」

「南!」


 私が呼びつけると、南はすぐにやって来た。


「お待たせしました。どうぞ、お茶です」

「ありがとう。……って違う!」

「緑茶ではなく、紅茶でしたか?」

「そうね。私は紅茶の方が好きね。違うの、そうじゃないわ」


 こんなやり取りをしていると、


「今日も騒がしいですね」


 と会話に入ってきたのは部長である深瀬奈緒ふかせなおさんだ。


「深瀬様、緑茶と紅茶どちらにしましょうか?」

「緑茶でお願い」

「はい。すぐに準備いたします」


 部長は鞄を机に置いて座ると、南が緑茶を運んできた。


「ありがとう」

「いえ」


 部長がお茶を一口飲んだところで、私は西村の文句を垂れる。


「部長、西村が―――」



これは私が新しいスタートを切る話。

あの男を破滅させ、七彩ちゃんを取り戻すお話。

魔法を解くお話。


――これは私の復讐の物語だ。

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