―Side Toudo ♯1

Justice

私の名前は東藤亜理紗とうどうありさ。三日月中学卒業後、菫高校に入学。入試では1位の成績を取って入学式の新入生代表挨拶をした。

 私のモットーというか好きな言葉は"正義"。そうだね、私がどんな性格なのか詳しく知ってもらうにはこの話をしようか。

 これは三日月中の頃の話だ。



「おいおいー、ここはこうやってやるんだよ」


 当時、三日月中学校の英語教師であった別府べっぷカッコ先生カッコトジは女子生徒の手を握って、テストで間違った英単語を一緒に書くという"必要以上の接触"をしていた。これは生徒間は話題になっていて、女子生徒は英語のテストでミスをしないように頑張って勉強していた。しかし、ミスをしないということは人間には不可能だ。先生はテストの度にミスした女子生徒と一緒に英単語を書き続けた。

 そうだ。言い忘れていた。男子については間違った英単語1つにつき、3ページも練習しなくはいけないという課題が課せられていた。それはそれで"必要以上の接触"より大変かもしれない。

 もちろん、生徒の間では別府カッコ先生カッコトジの評価は最低に等しかった。一度、他の先生に相談した生徒がいたそうだが、『別府先生がそんなことするわけないだろう!』と言ってその相談は蹴られてしまった。

 私の性格上、これ以上の理不尽は許されない。いっそのこと、教育委員会にでも訴えようと考えていた。しかし、私のやり方はそうではないとも思っていた。自室で1時間もうーん、うーんと首を捻って考えた結果、私にとって最高にクールな方法で別府カッコ先生カッコトジを追い出すことに決めた。



 作戦はテスト中に行われた。正確には下準備だろうか。ともかく、私はテストの答案をミスするという作戦を実行した。このテストは中間テストなので成績に影響を受けてしまうことだろう。しかし、それでもやらなくはいけないこともあるのだ。

 テスト返しはすべてのテストが終わってから3日後に返された。


「哀川―――」


 出席番号順で返される。出席番号は50音順だ。


「城山―――」

「うぎゃああああ!!!」


 愛しの七彩ちゃんはテストを貰うと叫び声を上げて項垂うなだれた。相当点数が悪かったらしい。愛しの七彩ちゃんはさくら高を受験するという噂があるが、これで受かるのだろうか。心配で夜も寝れなくなりそうだ。ああ、七彩ちゃん!がんばってね!私に相談してくれてもいいんだよ!


「城山、後で一緒に単語練習しような」


 ゲヘヘと別府カッコ死ねカッコトジが笑った。


「うぅ……はい。分かりました」


 愛しの七彩ちゃんはコクリと頷く。愛しの七彩ちゃんは心が綺麗だから、純粋に英単語を覚えなきゃ!という意味の分かりました、のはず!


「さて、次は……東藤―――」


 来た。私は席を立つ。一歩踏み出すたびに心臓の音が大きく聞こえる。私はそれを自覚して思った。私は"興奮している"のだと。


「おいおい、どうしたんだ東藤?いつもなら満点だけど、今日はミスがあったぞぉ?」


 今すぐにぶん殴ってやりたい。けれど、愛しの七彩ちゃんが見ているからそんなハシタナイ真似はできない!私はその気持ちをぐっと心の内に閉じ込めて、手渡されたテストの答案を受取る。


「間違った単語は練習しないとな。今回は100点取れなくて残念だったなぁー」


 そう言って別府カッコ死ねカッコトジは私の肩に手を置こうとした。そこで私はスッと避けた。なぜ気軽に触ろうとするのか。セクハラだ!


「おいおい、なんで避けるんだよ。先生と東藤の仲じゃあないか」


 男はニヤニヤとして言った。


「言っておきますが、先生。あなたの行為はセクハラに近いモノ……いえ、セクハラです」

「……あ?」


 私の態度に、男は態度を変えた。しかし、その顔は未だにニヤついている。


「先生は単語の練習をさせるとき、女子生徒の手を握って一緒に教えてますよね?あれ、セクハラですよ?」

「あ、何のことだ?俺はそんなことやってねえぞ?」

「すでに噂は学校中に広まっていますよ。まあ、他の先生方はあなたがセクハラをしていないと思っているみたいですが」

「……東藤、てめえは誰に口を聞いてやがるんだ?」


 さすがに東藤のにこやかな表情は無くなり、目つきが鋭くなっている。


「あなたは教師ではありません。ただのセクハラ男です」

「んだと、ゴラアッ!!!」

「そうやって叫ぶだけで反論はできないのですか?」

「反論だとぉ?……そうだ、証拠はあるのかよ!証拠をさっさと出せよ!」


 まったく、醜い男だ。教室は静まり返ってる。さっさと終らせないといけないわね。ああ、愛しの七彩ちゃん、そんな不安そうな目で見つめないで!あらやだ、かわいい!今すぐにでも抱き付きたい!今すぐこの茶番を終わらせるから待っててね!


「証拠はありません。……ですが、そのような行為が今後も続くのであれば、教育委員会に訴えますから」


 愛しの七彩ちゃんが何かつぶやいた気がする。何かな?カッコイイとか呟いてるのかな?それとも愛してるとか?んー!!!キャ!キャ!あー、もう、かわいすぎ!


「教育委員会だぁ?はっ!そんなとろに訴えたって証拠がなきゃ、取り合っちゃくれねえさ!」

「さあ、どうでしょうね?まあ、せいぜい怯えて待っててくださいね」


 私はここまで言ってから、この男にしか聞こえない声で最後の一押しをする。

 

「―――この"豚野郎"」


 たぶん、この一言で、豚野郎の頭の中で噴火が起こったのでしょう。豚野郎は私の襟を掴んで持ち上げました。


「この野郎!俺が大人しく戯言を聞いてだけでいい気になりやがって!ぶっ殺してやるからな!」


 ああ、これです。これでいいのです。あー、愛しの七彩ちゃん、そんな血の気の引いた顔で見ないでください。せっかくの可愛い顔が台無しですよ。

 さて、これ最後です。私は精一杯の力で腕を上げて後ろのロッカーを指差します。クラスのみんなが後ろのロッカーに注目します。

 そして、フィナーレです。


「……録画しておきました」


 一瞬、豚野郎の顔は固まる。そして、意味を理解した時、文字通りに青ざめた。


「うあああわあああああああああああ!!!!!」


 豚野郎はロッカーに向かって走りだした。生徒達は驚いて教室の端に逃げ回る。豚野郎は途中の机や椅子にぶつかって転びながらもロッカーへ向かう。

 そこで私はあるミスを起こしていたことに気づいた。まずい!豚野郎が愛しの七彩ちゃんにぶるかる!しかし、寸前に黒い影が七彩にぶつかった。そのおかげで七彩ちゃんは豚野郎と衝突せずに済んだ。

 ナイスよ、みなみ

 ああ!私としたことが!なんというミス!愛しの七彩ちゃんに何かあったらどうすれば良かったのよ!


「うあああああわああああ!止めろ!!!録画するなよ!!!てめえ!いや、おまえでもいい!早く止めてくれ!!!」


 もちろん、生徒は誰一人として動かない。這いつくばりながら豚野郎はロッカーに辿り着く。


「どこだっ!カメラはどこだあああっ!!!」

「そこにはありませんよ!」


 私は喚き散らす豚野郎にそう言い放った。


「おい、てめえ!どういうことだ!」

、って言ったんですよ」


 その挑発に豚野郎は再び暴れ出すと思ったが、そうはならなかった。ガラガラと、勢いよく扉を開く音がした。その音の方へ首を回すと、3人の先生が立っていた。数学の先生と理科の先生と教頭先生だった。この騒ぎを不審に思った先生たちがやってきたようだ。

 先生たちは机と椅子が散乱する殺伐とした空間に驚いて声も出なかったようだが、ようやく教頭先生が口を開いた。


「いっ、……いったい何があったんですか―――別府先生」

「……あ、あの、せっ、生徒―――と、東藤が、あいつがカメラ、いや、そのまえにテスト……ぅあ……っ」


 豚野郎はおずおずと話し始めた。しかし、だんだんと声が小さくなっていき、最後には何を言っているか分からなくなった。

 それを見た3人の先生は豚野郎の肩を持って教室を出ようとした。教頭先生は私たちに


「机と椅子を片付けておくように」


 と言って、その指示通りに私たちは片づけを始めた。

 ―――ああっ!!!やっと終わった!心の奥底から湧き上がる達成感!素晴らしい!素晴らしいわ!

 私はしばらく快感の余韻に浸っていたが、肩を触れられて我に返る。振り返ると、数人の女子たちが今にも泣きだしそうな顔で立っていた。


「東藤さん!大丈夫だった!?」


 学級委員長の子が私の手を握って尋ねた。ああ、女の子に手を握られてる。ああ、幸せ……。


「ええ、大丈夫だったわ。あなた達こそ怪我は無かった?」

「うん。大丈夫だった。……東藤さん、あなたはあの先生に立ち向かった勇敢な方です!本当に感謝しています!」


 学級委員長は私に顔を近づける。触ったらお肌すべすべだろうなー。触りたいなー。


「お前スゲエよ!よくやったな!」


 学級委員長に賛同するように男子も騒ぎはじめた。なんか照れ臭くなってきたので、椅子を戻そうとしたら、


「東藤さんは休んでてね。私たちが片づけをしとくから」


 と学級委員長が言うもんだから、私は暇になった。

 窓を開けて、ぴょんと飛び上がってそこに座る。目を閉じると、心地よい風が吹き込んでくるのが体で感じ取れた。

 ふと、人の気配を感じて目を開ける。目の中心点の位置は足もとだった。生足だったので、女子生徒だと分かる。ゆっくりと視線をあげていくと、私の背筋に稲妻が走る。


「すごかったよ、亜理紗ちゃん!」


 うはっ!愛しの七彩ちゃんだ!可愛いよぉ!


「そ、そう?ありがとう」

「それにカッコよかった!クールだよ、クール!」

「かっこよかったかな?」

「うん!……あっそうだ、結局カメラってどこにあるの?」

「ああ、それのことね。―――みなみ!」

「はい。お呼びでしょうか亜理紗様」


 私に呼ばれた生徒、南は七彩ちゃんの後ろからひょこっと出てきた。


「南、カメラを貸しなさい」

「どうぞ」


 南はカメラを私に渡した。


「え、鳥端とりばたさん!?」

「どうかなされましたか、愛しのな、うぎぎゅぐぐぐぅ―――」


 私は南の口を大慌てで止めた。南が"愛しの七彩ちゃん"って言ったら私の七彩ちゃんに対する"愛の気持ち"がバレてしまう可能性があるからだ。


「どうかしたの?」

「んん、何でもないわ」

 

 南が暴れ出し始めたので手を離す。南はぷはーと言って深呼吸をした。


「それじゃあ、鳥端さんが録画してたってことなの?」

「ええ、そういうことよ。私がぶ……先生からテストを返してもらうところから、先生が退場するところまでね」

「へぇー、すごいや!さすがは東藤さんね」

「でへへ……コホン、褒められることはしてないわ。私は私自身の"正義"のためにやっただけよ」

「"正義"?」


 七彩ちゃんは首を傾げる。その仕草可愛すぎ!写真に収めたい!


「ええ、そうよ"正義"よ。私は世の中の正義のためなら戦うわ。それがどんな結末でもね」

「……」


 さすがにカッコつけすぎたかな?七彩ちゃんは無言で私を見つめている。お人形になっちゃたのかな?私は七彩ちゃんに触れようとすると


「かっこいいよ!!!」

「うお、うん」


 顔が近い!キスしてもいいかな!?

 私がキスをしようと顔を近づけると七彩ちゃんは後ろに振り返ってしまった。どうやら七彩ちゃんが呼ばれたようだ。惜しかった!

 七彩ちゃんは「それじゃあ」と言って去ってしまった。


「亜理紗様、先程の写真をご覧になりますか?」

「先程の写真って何かしら?」

「これです」


 南はデジカメを私に渡した。写真のデータを見ると七彩ちゃんが首を傾げている写真を発見した。


「……南」

「何でございましょうか?」

「……最高」



 というわけで、私がどういう人物なのか理解できたかしら?そうよ、私は"正義"を愛し、"正義"に生きる者なのよ。え?どうして首を振るのかしら南?なんでもない?あら、そう。

 あ、そうそう。その後の豚野郎の話が聞きたい?あの豚野郎は呑気に学校に来やがったわ。全く、凝りない奴よね。授業もちゃっかりやるくせに、私を鬼の形相……豚の形相で睨めつけるのよ。仕方が無いからアイツに色々とシたわ。そうよ。シたのよ。細かいことは言わないでおくわ。そのおかげであの豚野郎は先生という職を止めたわ。当然の結果ね。あ、そのことは聞きたくなかった?もしかして、七彩ちゃんの写真の方が気になった?どうなってるか知りたい?


 ――秘密よ。

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