トーキョー

NAAA

第1話

「すいません、道を教えて頂けませんか? この辺に来るのは初めてでして……」


 よく通るハキハキとした声が背後から聞こえてきた。

  私はよく道を聞かれたり、町でアンケートを取られることが多い。以前友人にその事を話したら「あなたは話しかけやすい雰囲気を持ってるのよ。人が良さそうっていうことね」と、こんなことを言われた。

 きっとそれは私の長所であるはずだ。誰かに頼られた時には、できるだけ親切にしようと心がけている。


「ええ、いいですよ。私もこの辺りにはあまり詳しくないのでお力になれるか分かりませんが」


 そう言って振り替える。彼女の姿を見て、私は僅かに目を見開いて驚いてしまった。


「ありがとうございます! えっと、この場所に行きたいのですが……」


  彼女はそう言って手にしていた地図のある一点を示す。私は緊張気味にその地図を見ると、どうやら私が行こうとしている場所のすぐ近くのようだ。ほっと胸を撫で下ろし、笑顔で応えることができた。


「ああ、この場所なら私が今から行こうとしている所のすぐ近くです。もしよろしかったら一緒に行きませんか?」

「えっ! 本当ですか! ありがとうございます!」


 ペコリと頭を下げる彼女を見て、緊張していたことが馬鹿らしくなった。とても礼儀正しいいい子じゃないか。


「じゃあ行きましょうか。歩いて十分程で着くと思います」

「はい! よろしくお願いしますします!」


 お互いニコリと微笑みを交わし、私達は歩きだした。


「あなたはまだ学生かしら? 今日は観光でもしに来たの?」


  私より二、三歳若く見える彼女を見て聞いてみる。


「はい。こちらの大学で勉強をしています。今日は友人と遊びに行こうという話になったのですが、道に迷ってしまって」


  少し恥ずかしそうにそう言う彼女は、同性である私の目から見てもとても可愛らしかった。


「じゃあ今は一人で暮らしているの?」

「そうです。でも、学校の寮に入っているので全然寂しくはないですよ」


 それならいいのだけれど。今日みたいに道が分からなかったりしたらこんな大都会で一人というのは大変ではないかしら。それに……


「ここら辺の人達は少し冷たいとは思わない? いつも急いでる気がするし……そんな中で暮らしていくのは大変ではない?」


  私が育った故郷に比べ、どうしてもそう思ってしまう。田舎だということもあるのだろうが、ご近所付き合いが盛んで道を歩いていると何回も声をかけられたものだ。


「えっ、そんなことないですよ!」


  彼女はキョトンとした顔をしてから、手をブンブンと左右に振って私の言葉を否定する。


「皆さん、私にとてもよくしてくれます」

「そう、あなたの友達にはいい人達がいっぱいいるのね」


 この子は周りからもとても愛されているらしい。彼女を支えてくれる存在がいる。そう思うと何だか私まで誇らしくなってくる。


「いえ、友達だけではなく……」


 うん? 友達でなくては誰のことを言っているのだろう? 不思議に思って彼女の顔を覗いみると、私を見て朗らかに笑って言った。


「あなたのように、見ず知らずの私を助けてくれる人達がいます」


 その言葉に何だか胸がジーンとしてしまう。彼女にはそう見えているんだ……。


「それに、美しいじゃないですか」

「えっ、美しい? ここが?」

「はい、とても」


 私の故郷のように緑は少なく、埃っぽいこの場所のどこが美しいというのだろうか?


「どの辺が美しいと思うの?」

「いろいろあります。ゴミ一つない道路。交通の便もいいですし、一時間に何本も電車がきます。そしてその電車が遅れることもありません。高層ビルの窓はよく磨かれていて、太陽の光を反射させてキラキラ光っています。日が沈めば夜景が綺麗です」

「そうね……。確かによく整えられているのかもね」

「はい! 美しいです!」


 彼女は元気よくそう答えた。彼女に言われるまであまり意識したことはなかったが、確かに「美しい」と言えるところもたくさんある。つい悪い事ばかりに目がいってしまいがちだが、良いものは良いと素直に認めるべきだろう。


「そんな風に思ってくれてありがとう。なんだか私も嬉しくなっちゃったわ」


 はにかみながら私がそう言うと、彼女はさも当然のことを言ったとばかりに少し胸を反らした。


「いえいえ! 私が好きなものを好きだと言っただけですから!」

「ええ、そうね。私もここが好きよ」


 自分でそう言ったにも関わらず、私は少し驚いてしまった。ああ、私って案外この場所が好きなんだな、と。


「そう思えたのはあなたのおかげだわ。ありがとう」

「そんな! お礼を言うのは私のほうです。わざわざ送って頂いて……あっ、あそこですよね?」


 どうやら彼女の目的地が視界に入ったらしい。


「ええ、間違いないわ。じゃあここまでで大丈夫かしら?」

「はい! 本当にありがとうございました」


 そう言って彼女は頭を下げる。そして彼女との別れ際


「とても流暢な日本語を話すのね。話しかけられてあなたの姿を見たとき、とてもビックリしたわ」


 私が微笑みながらそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「はい! 私、日本が大好きでいっぱい勉強しましたから! いつかここに……トーキョーに住むのが夢だったんです!」


 とてもきれいな日本語を話す彼女だが、私に誉められて嬉しかったのかその声は上ずっていた。


 その中で「トーキョー」と言う言葉だけが日本語を習い始めて間もない時のようなカタコトの日本語に聞こえた。

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