遠く離れた視線を持つと、かつてそこにあったものの貴重さというのがわかります。故郷というのは、まさにそういうもので、何もないと思っていたところが、離れてみるととたんに色鮮やかに思い出される。何気ない日常ですら、そこにしかない時間というものを感じさせる。人の心も何気ない積み重ねによって形作られていく。どこにでも在るような些細な日常を切り取った心が和むストーリーでした。
それがどんなに美しくても、大好きでも、それが当たり前であるうちは、なかなか気付けない。と言ってしまえば陳腐になるけれど、実際、時間と空間の隔たりを経ないと、わからないもので。化け物みたいな鯉のいる故郷の美しさとか、大嫌いな女の子へのほんとの気持ちとか。文章のテンポや呼吸が私と近いのか、作品が肌に合って、読みやすい。「あなたの街の物語」コンテストへの投稿作全部をキッチリ2000字に揃えるコダワリもまた、すごく好き。