7^4ランデブー

夢霧もろは

7^4ランデブー

 ガン細胞の創発的増殖による巨大症。いわゆる怪獣化。

 特撮みたいな話でうんざりするけれど、社会現象とあっては仕方ない。

 三年前だったか。青木ヶ原樹海に、小さな隕石が落ちた。以来、人間が怪獣になってしまう怪事件が、日本各地で多発するようになってしまった。彼らは、みな社会に恨みを抱いており、好き勝手に街を破壊してまわった。その被害は計りしれない。


 ただ、思わぬ副産物もあった。

 人は追いつめると怪獣と化してしまうのだ、という認識が広まった結果。いじめ、パワハラ、村八分、といった社会問題が急速に減りつつあった。誰しも怪獣に復讐されたくはない、というわけだ。

 そんなわけで怪獣の発生は、ここ半年ほど減少の一途を辿っている。さいわい私は、知り合いが怪獣化する事態は免れていた。そう、社運を賭けたプレゼン中に、自衛隊のお迎えが来るまでは――



「……といった事態でして、紫藤しどうりつさん。幼馴染みの貴女にご協力いただきたいのです」

「怪獣化するとは堕ちたものね。バカフミ」

「心中お察しします。それで目標は……。はた文也ふみや氏は、新潟から国道十七号線を通って南下中。明日の早朝には、東京へ到着する予定です」

「今、フミはどのくらいの大きさなの?」

「貴女の会社が入っているビルと同じくらいと目されています」

「はぁ。社会人になって会わないうちに、ずいぶんと成長したわね。中年太りかしら」

「……ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね。畑氏とは幼馴染みと伺っていますが」

「会社経営していると、色々あるものなのよ。それこそ怪獣化した商売敵に踏みつぶされるくらいは覚悟していたわ」

「なるほど……」

「それで、畑氏は」

「目標でいいわよ。どうせ倒すしかないんでしょ」

「……すでに二居ダム付近で作戦を展開しましたが、失敗しました。目標は、広帯域の電磁波を発しており、無線通信やミサイル誘導などに支障があった模様です」

「なにそれ。怪獣って、そういうのもアリなの?」

「怪獣化する直前、脊髄に無線チップを埋めこむ闇手術を受けていたとの情報があります」

「アマチュア無線の趣味も過ぎたものね、バカフミ」

「正直に申しまして我々は、目標を駆除する有効な立案ができておりません。ただこのまま東京への進攻を許すわけには」

「一つ素人考えなのだけれど、電波発してるってことは、受けとることもできるのかしら?」

「……可能性は否めません」

「今すぐ調べて頂戴。どうせ電波妨害で携帯通じないでしょうし、進攻ルート付近の携帯基地局でも徴収して実験してみたら?」



「さすが今をときめく女性経営者ですね。携帯基地局から強度のビームフォーミングを当てれば、数バイトの情報を通すことは可能だそうです。それを目標が解釈できるかどうかは不明ですが」

「いいわよ、それに賭けましょ」

「問題は、何のメッセージを送るか、です。『まあ待て。話せばわかる』程度でも、情報量が多すぎるとのことで」

「『0833』と送ってみて」

「……暗号でしょうか」

「そうよ。貴方みたいな若い子は知らないでしょうね」



「紫藤さん。目標が活動停止しました。なお電波は発しつづけています」

「やっぱりね。深夜だし、そろそろ眠いんじゃないかと思ったわ。バカフミ」

「種明かしをしていただいてもいいでしょうか……」

「ポケベルって知ってる? 昔はね、短い数列を送れるだけの端末が、大流行してたの。さっきのは『0833』って読むの」

「……あ、なるほど」

「今のうちに総攻撃を仕掛ければ、さすがに倒せるでしょ。もう職場に帰っていいかしら」

「それが、活動停止したのは、高崎市中心でして。近隣住人の避難を進めていますが、深夜のため間に合わない見通しです」

「ふぅん。貴方たち、もしかして街を一つ潰すくらいの爆弾でも落とす気?」

「…………」

「要するに、どこか別の場所で足止めしなきゃいけないってこと。そんなメッセージさすがに……、あるわよ。東京になるけど、そのくらいは諦めて頂戴」

「確実に誘導できるなら、構いません。事前に分かっていれば、避難も間に合うでしょう」

「『889512401』と送りなさい。私たち思い出のメッセージよ」

「もう少しだけ削れないでしょうか」

「『512401』で」

「五バイトであれば、確実に電波通るとのことです」

「さすがに、これ以上短くするのは、……できるわよ。中学校で累乗を学んだ時の大発見が、こんなところで使えるとは人生分からないものね。バイト単位ってことは、数字だけじゃなくて記号もいけるんでしょ」

「はい」

「『517^4』それで完璧に伝わるはずよ」



 東京都品川区は西大井7^4 = 2401

 私と文也が生まれ育って、文也は高校卒業とともに去り、いまだ私が住まう街。

 近隣住民の避難は完了したとのことで、無人の街をスティンガーミサイル持ったおばさんが闊歩する、そんな夕暮れ時。


 西大井は、あまり特筆するべきことのない街だ。

 閑静な住宅街で、ぽつぽつと寂れた個人商店の横を、時おり子供たちが賑やかに駆けていく。

 隣の大井町や武蔵小杉の再開発にも縁がなく、西大井駅前にこぢんまりと飲食店やスーパーが固まっていて、あとは伊藤博文の墓所があるくらい。

 西大井駅には湘南新宿ラインが通っているとはいえ、数少ない快速の通過駅のため、新宿から直帰する時などはうっかり快速に乗ってしまい、武蔵小杉駅前の華やかさを見せつけられることになる。

 それでも、私はこの街が大好きなのだと思う。できればこの先も、ずっと住んでいたかった。


 学生時代と変わらず。文也は、私より少しだけ遅れて、待ち合わせにやってくる。

 なにがそんなに怪獣化するほど辛いことがあったのかは知らないが。とりあえず出会い頭に一発、頬あたりビンタかましておこうと思う。

 二居ダムの作戦では、自衛隊の撃ったミサイルは尻尾で叩き落とされたっていう話だけど。私が撃つスティンガーなら、素直に受けてくれるんじゃないかな。

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