女子力大学院7

綿貫むじな

第7話 トータルフィットネス倶楽部部長、岸部翠 

 数多の女子力刺客との闘いをくぐり抜けた坪居佳奈。しかし戦いはまだ終わりを見せようとしない。本当の試験会場は大学の中央にある講堂で行われると知ったが、数々の妨害にあったおかげでもうすぐ受付の時間が締め切られようとしていた。

 果たして間に合うのか、坪居佳奈!


「もうあと一時間しかないわ。この学校無駄に広いんだからもう!」


 田舎暮らしに馴染み、野山の自然に触れていた佳奈にとって歩き、走る事自体は苦ではなかったが、それでも広すぎる大学には辟易していた。

 走り続けて20分、ようやく講堂が佳奈の目の前に姿を露わにする。女子力博士号受験者は他にもいるのか佳奈と同じように小走りする女子の姿が目につき始める。

 走る姿にも女子力は要求される。けして全力で般若の如き形相で走るべからず。常に小走りで余裕を持ち、可愛らしさと愛らしさを失わぬ走り方をすべし。女子力大学院に来るもので有れば誰しもが身に着ける常識でありマナーでもある。

 だが佳奈は今は間に合う事を優先し、まるで陸上マラソンランナーの様にスピードを上げて走り続ける。女子力雰囲気は辛うじて保っているが通りすがる誰もが佳奈のその姿に怪訝な視線を送っていた。

 講堂が近づくにつれて、道端で力尽きている女子達の姿が目に付くようになる。距離を縮める度にその数は増え、坪居佳奈が講堂の目前にまで辿り着いた時、彼女は目を見開かずにはいられなかった。


「何、これ……受験生たちなの?」


 それは倒れ伏した受験生たちの骸の山。誰もが疲れ果てているか、或いは打撃によって悶絶し気絶しているかのどちらかであった。

 佳奈が刺すような強い女子力さっきを感じ取り、講堂の方へ目を向けると、そこには一人の大学生が仁王立ちしていた。彼女の瞳には門の中に誰一人として入れさせぬという強い意志を感じる。

 

「ようこそ坪居佳奈さん、だったかしら。私はトータルフィットネス倶楽部の部長、岸部翠きしべみどりですわ。以後お見知りおきを」


 岸部翠は、丁寧なお辞儀をした。佳奈もそれに合わせてお辞儀を返す。お辞儀の角度は45度以上。それが女子力。

 フィットネス倶楽部の部長と言うだけあり、彼女の肢体は健康的でしなやか。服装はシンプル極まりなく、Tシャツとハーフパンツとスニーカーという、一見すればただのトレーニングウェアでしかないものだが、体の内からあふれ出る女子力オーラは凄まじく、女子力が低いものが相対すればその女子力オーラだけで倒れてしまうであろう。

 しかし佳奈も、内なる女子力は今までの戦いが見せたようにけして低いものではない。翠の女子力に真正面から対抗していた。


「貴方が……この人たちすべてをやったんですか?」


 問われて、鼻をふふんと鳴らして答える翠。


「あら、それは誤解よ。そこら中に倒れてるのは右往左往して体力を失って倒れてるだけ。女子力とはまず体力を養う事にあり。この程度の事で倒れるようでは受験生としての資格はありませんわ。ここまで来て倒れなかった受験生たちは私が直々にお相手してあげたわけですが……私にやられるようではまだまだ、ダメね」

「貴方は、女子力認定試験の試験官ですか?」

「いいえ、違うわ」

「なら何故こんなことをするんです。試験官でもないのに。私達はただ、女子力認定試験に合格して女子力博士号を取りたいだけなんです!!」


 佳奈の一言に、岸部翠は額に血管を浮き出させて顔を紅潮させ、鋭い目つきを佳奈へと向ける。


「それが甘っちょろいって言ってるんだ、この芋娘!!」

「甘っちょろい……!? 芋……!?」

「ええ、もうまるでスイートポテトの如き甘さに反吐が出そう。女子力博士号って言うのはね、通信教育で貴方も簡単に資格が取れる! って謳うような代物じゃないのよ。何年もの厳しい授業や実技を経てようやく授与される、名誉ある学位なの。それを貴方、一発受験で取ろうだなんて虫が良すぎるわ。だから試験官の手を煩わせる事が無いように、私が露払いをしてあげているのよ」


 高笑いをひとしきり上げた後、翠は佳奈に対して人差し指をビシっと指す。


「さて貴方も、私の女子力じょしちからに耐えきる事が出来るかしら?」

「どのみち貴方を倒さなければ通れないんですよね。答えは一つしかありません」

「なら始めましょうか。私達の戦いを」


 二人の体から、今まで抑えていた女子力が溢れだし講堂周辺を覆う。鳥たちは異様な力を感じ取り避けるように空に飛び立ち、動物達は我先にと逃げ出し、女子力の圧を受けた草木たちはざわめき出す。

 二人の女子力がぶつかり合った瞬間、空間がぐにゃりと曲がったように見えた。

 いや、実際に空間が歪んでいる。佳奈と翠の女子力がぶつかり力場を生み、それが空間のひずみをもたらしているのだ。

 岸部翠はおもむろにヨガのポーズである瞑想の構えを取る。

 いつの間にか翠の足元にはヨガマットが用意され、彼女はそこに座っていたのだがヨガの力によるものか、女子力なのかはわからないが宙に浮きだした。


「それも女子力なの……?」


 佳奈が困惑している中、翠はまたも得意げに話す。


「我がトータルフィットネス倶楽部では様々な運動や体操を学部生の皆さんに教えているが、中でもヨーガは女子力を高めるには一番なのよ。私はヨガインストラクターの資格も持っているし、ヨーガの本場インドにも赴いて師事したこともあるわ。貴方みたいな田舎のスイートポテト娘なんかに負ける筈がない。こんな風にね!」


 翠が叫び声を上げた瞬間、彼女の姿が消えた。

 だが佳奈はうろたえる事なく、『気づき』の女子力をもって翠が何処にいるのかを探る。視覚で追うのではない。むしろ視覚は邪魔になる。彼女の女子力を気取るには肌で感じる必要がある。風のざわめきを、音を、最大限にまで感じるのだ。

 佳奈は目を瞑り、丹田に両手を置き、深呼吸をする。

 すると確かに感じられる。目前から消えた翠の辿る女子力の軌跡を。それはゆるりと円軌道を描いて佳奈の背後に回ろうとしていた。


「彼女は消えているのではない……。女子力を利用して高速で動き、人々の盲点を突いて視認できないようにしているに過ぎない!」


 佳奈が背後を振り向くと、すでに翠が手刀を佳奈の喉に繰り出そうと振りかぶっている最中だった。また翠の爪は煌びやかなピンク色のマニキュアが塗られているが、それは見かけだけの可愛らしさ。彼女の爪には全て神経毒が仕込んであり、少しでも触れれば麻痺して動けなくなる。


「しゃあっ!」

「しいっ!」


 二人の声と動作が交錯する。

 フィットネス倶楽部の部長であるだけに体術にも長けているのか、佳奈は翠の爪によるひっかき攻撃をかわすので精一杯に見える。爪だけならず、鋭い蹴りも繰り出してくる。スニーカーの先端にも仕込みナイフがあり、そこにも恐らく毒が塗ってある。防御はあまり得策ではない。

 だが佳奈はそれらの攻撃を必要最低限の動きで躱し、捌いている。父親の坪居道三郎から仕込まれたちょい悪オヤジ道家体術による動き。いざ表に出たら女子にも7人の敵がいると思え、という思想の元に生まれたという体術。佳奈は無理やり会得させられたこれを嫌悪していたが、今ばかりはこの体術を会得した事に感謝していた。

 

「ほらほらどうしたの? 私に一撃でも加える事すらできない?」


 顔。胴体。腕。肩口。首。太腿。

 あらゆる角度からの、あらゆる動作からの攻撃は並の女子力の人々では視認する事すらかなわず、倒れ伏すだろう。実際講堂の脇に倒れていた受験生たちもこうやって爪の餌食になったに違いない。

 だが佳奈は、この時全く違う事を考えていた。


「ねえ、翠先輩。貴方のフィットネス倶楽部とやら、部員何人いるの?」

「……!」

「貴方と戦う前に私は別のサークルの人々とも戦ったけど、その時はサークルのリーダーのみならずメンバーとも戦った。でも貴方の周囲には誰もいない。これは何を意味しているのかしら。貴方は学部生にフィットネスを教えていると言っていたけど、それは何時まで出来ていた事かしら?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

「ふふふ、そうやって怒っちゃダメですよ先輩。女子力が下がっちゃう」


 言われ、翠は気づいた。

 拮抗していた筈の女子力フォースフィールドによるひずみが弱まり、いつの間にか佳奈の女子力フィールドが翠を呑み込まんとしている事に。

 

「し、しまった!」

「もう遅いわ先輩」


 狼狽えた瞬間を佳奈は見逃さない。

 鳩尾への正確な掌底を翠に叩き込み、翠は呼吸が出来ずに膝から崩れ落ちる。


「怒りに我を忘れるなんて、女子力大学院学生失格ね……」


 そのまま翠は顔から倒れようとしたその時、翠の体は何かに支えられた。

 翠が顔を見上げると、佳奈が翠の体を抱きかかえていた。


「どうして……?」


 敵の事を思いやる様な行為を何故するのか、翠には理解が出来なかった。

 佳奈は微笑みをたたえて翠に言う。


「勝負はもう着きました。私にはこれ以上貴方の女子力を貶める理由はありません」

「……どうやら最初から私は貴方に負けていたようね。坪居佳奈さん」


 翠は佳奈の肩に手をかけて立ち上がり、佳奈に一枚のチケットらしき紙を渡した。


「これが私を倒したという証明書よ。これがないと受付すらできないわ」

「証明書……」

「トータルフィットネス倶楽部、本当は私以外部員なんて誰もいなかったの。今年で廃部になるはずだったけど、でも受験生の露払いをしたら今年の廃部だけは勘弁してあげるっていう条件にまんまとつられた。女子力大学生失格ね」

「先輩、そんなに自分を卑下しないでください。翠先輩の女子力は、私が今まで戦ってきたどの人々にも劣らない凄いモノでした」

「ふふっ、佳奈さんは優しいのね……。さあ、行きなさい。もうすぐ締め切り時間が迫っているのでしょう」


 佳奈が左腕に装着したアナログ腕時計の時刻を見ると、既に受付締め切り10分前となっていた。


「いけない、間に合わなくなっちゃう。じゃあ、私はこれで!」


 佳奈は深々と翠にお辞儀をし、ぱたぱたと小走りで講堂へと掛けていく。その姿はまさしく女子力に溢れる女子らしい姿であった。

 その後ろ姿を、翠は何かから解放された穏やかな表情で見つめている。


「スイートポテト……頑張りなさい……ぐっ」


 翠が呻いたその後、白目を剥いて地面に倒れ伏す。

 その背後には黒ずくめの衣装を身にまとった何者かが居た。黒ずくめの人物もまた、坪居佳奈の行方をじっと見つめている。


「やはりあの田舎娘が受験する事になったか……。上に報告せねば」


 そして黒ずくめの人物は、風の吹く音とともにすっと姿を消した。

 

 ついに本当の受験会場にたどり着いた坪居佳奈。

 果たして女子力博士号をその手につかみ取る事が出来るのだろうか。

 震えて待て!

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女子力大学院7 綿貫むじな @DRtanuki

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