涙の理由

スティーブンジャック

涙の理由

 廊下を泣きながら歩いていたあの人の涙の理由を知りたかった。 


 最近は秋雨前線の影響で雨が続いている。今日も雨が降っていたため普段は自転車で二十分しかかからないところをバスと電車を乗り継いで二時間かけての登校となった。今日も教室では女子がどうでもいいような自慢話や余計に大人ぶったカフェでの話などをして優越感に浸っている。男子のほとんどは僕の周りに集まって他愛もない話を続けている。高校での唯一の楽しみは所属するバスケ部での活動だけだ。バスケをしているときだけは自分をさらけ出せる気がする。しかし今日は部活もオフ。天気は雨。最悪だ。図書室で読みかけだった本を読み終わらせ家に帰ろうと思い下駄箱に向かった。数学の宿題のプリントを忘れたことに気付き教室へ向かった。その時のことだ。同じクラスで美術部員の真島遥香さんと廊下ですれ違った。泣いていた。向こうも僕の存在に気付きすぐに顔を腕で覆うように隠したが確かに泣いていた。いつも明るくみんなに優しい彼女はみんなに好かれていた。そんな彼女があんなに悲しそうな顔をするなんて想像もつかなかった。なぜか僕まで悲しい気持ちになった。それと同時に彼女を悲しませるものから助けてあげたいと思った。気付いたら彼女を追いかけていた。

 下駄箱まで行くと雨が降る中、傘もささずに一人で歩いている彼女の姿が見えた。僕は傘を持って彼女のところへ向かった。雨のせいかそれとも涙のせいかは分からないが彼女の頬は濡れていた。「どうしたの?」そう聞いても彼女は何も答えずにバス停へ向かう。僕は彼女の歩幅に合わせ彼女が雨に当たらないように傘を差して歩いた。誰もいないバス停に着くと彼女がようやく口を開いた。「私が泣いてこと誰にも言わないでね。」彼女はわずかに微笑みながらそう言った。「言わないよ。ただ僕には何があったのか教えて。相談に乗るから。」バスケ以外の何事にも興味がない僕だがなぜか彼女の涙の理由を知りたいと強く思った。「みんな私のこと何も知らないくせに私に話しかけてくる。確かに私が明るく振る舞っているせいだけど、本当は最低なくず女だって知ったらすぐ離れていくに決まってる。いつかそんな日が必ず来る。そう思うとなんか怖くなっちゃって。」なぜ彼女が自分のことを最低なくず女と呼んでいるのか僕は知っている。高1の夏休み、僕が部活の帰りに美術室の前を通った時、偶然見てしまったのだ。彼女が美術室に飾られている美術部員が描いた絵画に次々とカッターで傷をつけている姿を。後日全校集会が開かれ犯人探しが始まったが結局彼女は自らの罪を言い出すことはなかった。僕は面倒くさくなるのが嫌だったという理由だけで彼女のやったことをチクらなかった。なぜ彼女があんなことをしたのか気になっていたが彼女の涙を見てそんなことはどうでもいいと思った。彼女が抱える悩みは僕なんかには到底理解できないくらい深いものなのだと。そう悟った。だからせめてバスが来るまでの間だけでも彼女の隣にいてあげようと思った。「僕はずっと味方だよ。みんなが真島さんから離れていっても。」無意識に口から出た。それから雨がますます強くなり、バスが来るまでの間、僕たちは一言も話さずただただ二人だけの空間を共有していた。何を話すわけでもないが雨が降りしきるその二人だけの空間は居心地が良かった。ずっとここにいたいと思った。

 翌日、彼女は去年の夏休みに犯した罪を担任の先生に打ち明けた。学校側は彼女が犯人だったということを公表することはなかったが生徒に知れ渡るのは時間の問題だ。みんな彼女から離れていくかもしれない。攻撃の対象になる可能性すらある。僕は心に誓った。僕が彼女を守ろうと。確かに学校はつまらない。バスケをしに来ていたようなものだった。しかし今、新たに僕が学校に来る理由が増えた。バスケと彼女を守ること、学校に来る理由はその二つで十分だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙の理由 スティーブンジャック @1281

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ