じゃけぇ、『通』じゃけん!

 今日も今日とていつものメンバーで焼き鳥屋にいる。

 奥に上司と先輩が、手前に僕と後輩が座りビール片手に焼き鳥を頬張る。


 本日の話題は仕事の話から始まり、カープの話に逸れ、食べ物の話になり、そしてお好み焼きの話になった。


 いつものパターンである。


 今回は食べ方について議論が始まったのだが。


「皿に箸は邪道じゃろ。やっぱ『通』は鉄板にテコじゃろ」


 上司がそう言うと、え? と後輩が食いついた。


「ヘラじゃないんですかぁ?」


 食いつく場所が違った。


「は? コテじゃろ。『こてじゅう』ってお好み焼きの店があるし」

 先輩も食いついた。


 僕は一人、心の中で起し金が正式名称なんだけどね、とニヤリ笑った。

 が、正直呼び名なんてどうでもいいし。

 猫舌な僕は皿に箸派だ。


「ヘラもコテも関西や関東での呼び方じゃろ? 広島はテコじゃ」

「えー。私テコって聞いたことないですぅ。友達もヘラって言ってましたもん」

「あー、確かにヘラって言う人もいたかなぁ? でも俺が小さい頃からコテって言ってましたよ。テコは聞いたことないですね」


 先輩が後輩にやや同意し、上司を完全否定したので、上司は顔をしかめた。

 その顔が僕へ向く。

 味方を探しているのだ。


「……僕もコテ、ですかね?」

 正式名称を知ってはいるが、それを口にしたことはない。

 正式名称で呼んでいる人を見たこともない。

 ので、普段の呼び方を答えた。


 味方がいないと分かった上司は口をへの字に曲げ、後輩を指さす。


「なぁ、ソレで調べてみてぇや。絶対広島はテコじゃけぇ」


 納得がいかないようで、後輩にスマホで調べさせるつもりらしい。

 はいはい、と後輩がそれに応じる。

 器用に両手で操作し、すぐに検索結果を読み上げる。


「えっとぉ、金物屋さんでは起し金と呼ばれててぇ」

 だろ? と心の中で得意顔になる。

「お店ではテコ、かえしと呼ぶことが多いみたいですぅ」

 その言葉にすかさず、ほれ見てみぃ、と上司が得意顔になった。


 が。


「あー……大阪はテコ、東京はコテ、広島はヘラって書いてあるのがありましたぁ」

「はぁ?」

 上司の得意顔が歪む。

「大阪がコテじゃろ。コテコテって言葉もあるんじゃけぇ」

「これによるとですねぇ、大阪のお好み焼きは分厚くてふんわりしてるからテコの原理でひっくり返すのでテコ、東京はもんじゃだから薄く塗り広げるようにするのでコテ、広島のお好み焼きは薄い生地を切るのでヘラ、だそうですよ?」

「説得力ある解説だなぁ」

 後輩の説明に先輩が感嘆の声を漏らした。

 僕もなるほど、と頷く。


 だが、ただ一人、上司は両腕を組んで納得いかないという表情を浮かべて唸った。


「確かに説得力はあるが……わしゃ、ヘラなんぞ聞いたことないけぇ」


 憮然とする上司をまあまあ、と先輩がなだめる。


「ヘラだろうとコテだろうとアレで食べるのがやっぱりお好み焼きって感じですし、箸で食べるより美味いことには変わりませんから」

 先輩の言葉に僕と後輩が力強く頷く。

 本当は箸派だが、ここは同意しておかねば上司の機嫌が直らないと思ったからだ。

 案の定、上司はまぁ、呼び方より食べ方の方が大事じゃけぇの、と顔が綻んだ。


 が、ホッとしたのも束の間。


「ですよねぇ。私、ヘラで綺麗に切って食べるの得意なんですぅ」

 後輩のその言葉に不穏な空気を感じた。


「綺麗に切るのって意外と難しいんだよなぁ。まず十文字に切るだろ? そこまではいいんだけど、そっから細かく一口大に切るのがなぁ……」

 先輩の意見に上司はまだまだだな、と笑い、それに後輩がふふっと笑った。

 その笑った口から出た言葉がまずかった。


「ピザみたいに切ると食べやすいですよぉ」

 

 その一言に上司の顔が再び歪む。


「ピザぁ? 四角く一口大にするんが普通じゃろ? ピザみたいに切ってしもうたら食べにくいが。同じ丸でもお好み焼きじゃけぇ。ピザじゃないんじゃけぇ」

「ピザみたいに切り分けてぇ、そこからまた小さく切っていくと食べやすいですよぉ?」

 カシスオレンジの入ったグラスを両手で包み、少し前のめりになって後輩が主張した。


 それを上司は顔の前で片手と頭を横に振り、いやいやいや、と完全に否定する。


「四角く切るのが食べやすいけぇ。それが『通』の食べ方じゃけん。のぉ?」

 そう言って同意を求めるように先輩と僕に笑顔を向けられたが、僕はそもそも皿に箸派だ。

 ヘラだかコテだかテコだかは使わない。

 箸で端っこからちまちま食べるスタイルだし、箸で四角くもピザのようにも切り分けにくい。


 ので、へらへらと愛想笑いを浮かべて逃げた。


 先輩はというと、ですよね、と大きく同意し、上司はほぉじゃろほぉじゃろ、と満面の笑みで頷いた。


 と、そこへ店員がやって来て、すみません、ラストオーダーのお時間なんですが、と注文を聞きに来た。


 すかさず先輩が生三つとウーロン茶一つ、と頼み、いつもの〆の鶏だし茶漬けを四つ頼んだ。

 注文を繰り返して立ち去ろうとする店員に上司がちょっとちょっと、と引き留める。


「お好み焼き食べる時に使うアレ、何て呼んどる? テコじゃいのぉ?」


 まだ言ってる。

 上司は結構しつこいタイプだ。


「テコとも言いますけど……ヘラとも言いますね。あれ? どっちが正解ですか?」


「それを今議論しとったんよ。テコ派が少ないけぇ、お兄さんがテコってうてくれたら良かったんじゃけど……」

「ググってみたらどうですかね?」

「調べてみたんですけど、納得してくれないんですぅ」

 店員さんのごもっともな意見に後輩が困った風に答えると、店員さんも困った風に笑った。


「ちなみにどっちが正解だったんですか?」

「広島はヘラが正解だったんですぅ」

「あー、地域によって呼び名が変わる系ですか。なら、広島の中でも変わるんじゃないですか? ほら、ぶち、ばり、ぶりってあるじゃないですか」

 店員さんの言葉に全員がああ、と頷いて納得した。


 すごい、とかめっちゃ、とか強調する言葉を広島弁では『ぶち』と言う。

 でも地域によって『ばり』と言うところもあれば『ぶり』と言うところもある。

 テコもヘラもコテも広島の中でいろいろ呼び名があっても不思議じゃない。


「ま、それならこの中で呼び方が分かれても不思議じゃないのぉ」

 上司も納得した。


 今は全員広島市内に住んでいるが、後輩は幼い頃尾道に住んでいたことがあるらしいし、上司は転勤で他県にいたこともあるが、県内もいろいろと回っている。

 先輩は異動もなく引っ越したこともないらしい。

 僕も大学は東京に行ったが、それ以外はずっと実家暮らしだ。

 ちなみに先輩は西区、僕は安佐南区、職場は中区だ。


「で、お兄さんはお好み焼きはどがにぃ食う?」


 そこも諦めていないのか。


「鉄板にヘラ、と言いたいとこですが、ヘラで切って箸で食べてます」

「ああ、最近はそうやって食べてる人、よく見ますね」

 先輩が頷くと後輩も確かにぃ、と同意した。

「ヘラでどがにぃ切るん?」

 まだ食いつくか。

「どうって……?」

「四角く切ります? それともピザみたいに切ります?」

 質問の意図に困惑する店員さんに後輩が補足する。

「ああ。四角くですかね? 十字に切って端から縦に切るので短冊みたいになりますけど。お好み焼きの食べ方ってマナーみたいなものがあるんですか?」

「マナーっていうか……『通』の食べ方? みたいな?」

 先輩がそう答えると、店員さんは笑った。


「食べ方にこだわりを持ってる人はいらっしゃいますけど、個人的には楽しく美味しく食べられればそれでいいんじゃないかなと思いますけどねぇ」

「ほいじゃが『通』の食べ方ってのは美味しく食べられる食べ方でもあるわけじゃけぇ……」

「猫舌なんでヘラより箸の方がいいって人もいるんで」

 そう自分を指さしながら店員さんは笑って戻って行った。


 確かに鉄板にヘラは最後まで熱々のお好み焼きを堪能できるという利点がある。

 でも僕や店員さんのような猫舌な人にはちょっとキツイ。

『通』だとされる食べ方が全ての人にとって常に利点となる訳ではない。


「……そういえばぁ、お寿司屋さんでは箸より手で食べる方が『通』って言われてますけどぉ、衛生的に考えたら手はちょっとって思いますし、女子はちょっと恥ずかしいかも」


 ふと後輩が空になったグラスを名残惜しそうに覗きながら呟いた。


「じゃがまぁ、『通』な食べ方ってのは美味しく食べるっちゅうのもあるが、作り手への敬意とか感謝とかそういったのもあるけぇね。わしゃ、やっぱ鉄板にヘラで四角く切るスタイルがえぇと思う」


 うん、と頷いて上司は底に少しだけ残っていたビールを飲み干し、タンッとテーブルにジョッキを置いた。


 そこへ先程の店員さんともう一人別の店員さんがそれぞれドリンクとお茶漬けを乗せた盆を持ってやって来た。


「お待たせしましたぁ。生三つにウーロン茶一つ、あと鶏だし茶漬けですね」


 手際よく配膳し、空になったグラスや皿を片付けて去ろうとした店員さんがふと足を止めて振り返った。


「ちなみに焼き鳥の『通』な食べ方、ご存じですか?」


「串から外さず食べる!」

 先輩が後輩を見ながら言うと、後輩もすかさず手を挙げて、タレじゃなくて塩! と叫んだ。

 僕も何か言わねば、と焦るが焼き鳥で『通』って……と考え込んでしまう。

 ちら、と上司を見ると、上司も腕組みをしたまま唸っていた。


「串から外さず、というのは正解です。塩よりもタレの方が店の味が分かるのでタレの方が『通』ですね。さらに補足すると寿司と一緒で味が薄いものから頼むのと、一口目は何もつけず、二口目から七味やワサビなど調味料をつけます。でも、食べたいものから頼みたくないですか? 串から外してシェアしたりしたくないですか?」


 笑顔でそう言って、軽く会釈をして店員さんはカウンターへと戻って行った。

 残された僕達はというと。


「……お好み焼きじゃけぇ、好みで食べてもえぇね」


 少し泡の減ったビールを飲みながらぽつり、上司が零した言葉に全員が頷いて鶏だし茶漬けを啜る音が響いた。

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じゃけぇ。 紬 蒼 @notitle_sou

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