じゃけぇ、『風』はつかんけぇ!
お好み焼きには広島風と関西風がある。
似たようなものとしてもんじゃ焼きがある。
で。
今日も今日とていつもの焼き鳥屋にいつものメンバー、上司、先輩、後輩、僕の四人が集って……相も変わらずお好み焼きの話をしている。
「やっぱりお好み焼きっていやぁ広島のお好み焼きが一番じゃと思うんじゃが……わしゃ、どうも広島風っていう言い方が好かん」
上司が豚バラ串を頬張りながらそう言ったのが始まりだった。
「昔はそがぁな言い方しとらんかったのに、最近やたらと広島風って
「違いますよ。ほら、徳川とか広島でも関西風のお店って結構あるじゃないですか。だから、ウチは広島のお好み焼きですよって分かりやすくしてるんじゃないですか? 主に観光客向けとかに」
先輩がやや面倒そうにそう答えた。
ちなみに徳川というのは広島で一番有名なと言っても過言ではない、関西風のお好み焼きのチェーン店だ。
僕は三十秒バージョンのCM曲さえ歌える。
「そういえばぁ、関西風ってモダン焼きとも言いますよね? そもそもお好み焼きともまたちょっと違うんですかぁ?」
後輩のその一言に上司の顔が綻ぶ。
「ほうじゃの! ええとこに気がついたっ! やっぱりお好み焼きっちゅーたら広島で、関西のはモダン焼きじゃけぇ、全くの別物……」
言いかけて上司は「ん?」と何かを思いついたような表情で固まった。
「どうしました?」
先輩が問うと、そういやぁ……と上司は思い出すように視線を上に向ける。
「とうかさんの屋台なんかでリング焼きがあるじゃろ? あれもモダン焼きなんじゃろうか?」
とうかさん、というのは漢字で書くと『稲荷さん』で広島で有名な夏祭りの一つだ。
毎年六月の初め頃に開催され、浴衣初めとしても知られている。
市内の中心部に屋台が並び、賑やかで楽しい祭りだ。
「屋台で思い出しましたけど、はし巻もお好み焼きの仲間ですよね?」
「はし巻は広島のお好み焼きの屋台バージョンみたいなもんじゃろ? リング焼きはモダン焼きの屋台バージョンなんかのぅ?」
「あー、そうかもぉ!」
頷いた後輩がさらに「あ!」と声を上げる。
「もんじゃ焼きの屋台バージョンってあるんですかねぇ?」
もんじゃ。
その一言に全員がハッ! とした表情を見せた。
そういえば、もんじゃ焼きの屋台は見たことがない。
それに広島でもんじゃ焼きはあまり見ない。
「……そもそも広島にもんじゃ焼きの店がないだろ」
先輩の言葉にすかさず僕が「ありますよ!」と答えた。
「市内にもありますし、郊外にもあります!」
「……なんかえらくもんじゃ焼きに食いつくな」
先輩が若干引いている。
「僕、大学は東京でしたからもんじゃはよく食べてたんです」
「え! 東大なんですかぁ?」
後輩の言葉に僕はしまった、と心の中で叫んだ。
「い、いや。東京の大学に行ってたってだけで……」
『の』を強調せねばならないのが残念だ。
「ま、東大出てたらウチの会社には就職しとらんだろ」
「ですよねぇ!」
先輩の口元に浮かぶニヤニヤ笑いと後輩の納得した笑いに僕は引きつった笑みを浮かべたが、心の中では号泣している。
「もんじゃは駄菓子じゃろ?」
そんな中、唐突に上司がそう切り出した。
その目は真剣だ。
「関西風はモダンだろうがリングだろうがおかずじゃろ? メインじゃないじゃろ?」
まぁ、そんな話は聞いたことがある。
「お好み焼きは主食じゃろ?」
「ですね……」
上司の迫力に全員が頷いた。
それをゆっくりと見回して、満足そうに笑むとジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。
空になったジョッキをテーブルにタンッと置くと、
「やっぱりお好み焼きは広島のがお好み焼きじゃけぇ、広島風の風はいらんっ」
まだそこにこだわっていたのか。
正直、先輩も後輩も、そして僕も『風』がつこうがどうしようがどうでもいいと思っている。
単純にお好み焼きには広島と関西で大きく異なるため、見分けがつくように『広島風』と呼ぶことがある、という程度の認識で、どっちが真のお好み焼きかなんて実にどうでもいいことだ。
だって関西風っていう言い方もあるんだし。
それにどっちが良いかは個人の好みの問題だし。
広島県民だからって広島のお好み焼きが嫌いな人はいる。
「じゃ、じゃあ! たこ焼きはぁ普通のと明石焼き、どっち派ですかぁ?」
後輩ッ!
今、そんな話をブッ込むかぁ?
「じゃあ! 焼きそばは塩とソース、どっち派ですかぁ?」
先輩が後輩の口真似をしておどける。
こ、この流れは僕も何か言わねばならないのか?
「じゃあ!」
言ってみたものの思いついたのは。
「焼き鳥は塩とたれ、どっち派……」
言いかけてテーブルを見る。
そういえば、いつもの店だし全員の好みはお互いよく知っている。
「……全員塩派だよ」
ぽつり、先輩が突っ込んでくれた後、頬杖をつきながら後輩が上目遣いに僕を見上げて、
「私ぃ、焼き鳥は塩派ですけどぉ、他はソースかかってる方が好きなんですよね。っていうかぁ、たこ焼きも焼きそばもお好み焼きも、広島風だろうと関西風だろうともんじゃだろうと、結局はソースだと思うんですよねぇ」
「いやいやいや……」
否定しようと首と手を振ってみたが。
「あのソースが鉄板の上でじゅわぁって焼けて焦げた香りとかぁ、コクがあって甘みもあってぇ、コロッケやハンバーグとか何にでも合うあの味!」
ゴクリ。
思わず想像して唾を飲む。
「もう広島だの関西だの関係なく、オタフク派です、私!」
オタフクとは広島で有名なお好みソースの一つだ。
焼きそば用だのたこ焼き用だの、スパイシーだったり小さい子供も食べれるように配慮されたソースもあったりして、とにかく種類が豊富なのも特徴だ。
「……それ言われたら、わしもオタフク派じゃのう」
「だったら俺、カープ派! お前は?」
全員が手を挙げて僕を見ている。
「え……オ、タフク……?」
おずおず手を挙げると、上司と後輩が一緒になって挙げていた手を下ろし、代わりに先輩を指さして笑った。
「で、でもっ。お前、この前ソース気にしてないって言ってたじゃん!」
先輩が少しムキになって後輩に詰め寄る。
「え? ああ! あれから家に常備してるソース見たらオタフクだったのでぇ」
えへへっと笑う後輩に裏切ったな、と訳の分からない因縁をつける先輩を上司がまぁまぁ、となだめる。
「カープ女子はカープソースじゃないのかよっ」
ぽつり、席に座りなおす先輩が呟いたが、後輩はスポーツ関係全くの無知だ。
優勝した時だけはしゃいでいたが、選手の名前どころか顔も監督の名前も知らない。
ブームのカープ女子はここにはいないどころか、広島県民か? と疑いたくなる。
よくそれで今まで生きてこられたな、と。
ちなみに僕はバリバリのカープファンだ。
が、ソースはオタフク派だ。
そこは譲れない。
「お待たせしましたぁ。ご注文伺います」
さっき全員で手を挙げたせいで店員さんが来てしまったようだ。
が、テーブルを見れば全員飲み物が空だし、焼き鳥も残り少ない。
「生三つとカシオレ一つと盛り合わせ一つ」
注文すると、上司がすかさず、
「お兄さんお兄さん、お好み焼きと言やぁ広島? 関西?」
まだこだわるか。
「すみません、オレ、ちょぼ焼き派なんスよ」
店員さんの聞き慣れぬ単語に全員の頭に『?』が浮かんだ。
「熊本出身なんで、お好み焼きって言えばちょぼ焼きッスね。あと大阪に一年いたんでネギ焼きも好きッス。こっち来てまだ二ヶ月なんスけど、広島も奥が深いんでいろいろ食べ歩いてるところッスね。ちょぼ焼きに似てるから親しみやすいっちゃやすいですね!」
「ちょぼ焼きってこれですかぁ?」
店員さんが話してる間にスマホで検索した後輩が画面を見せる。
「や、それは京都とかのですね。熊本のは福田流って入れたら出て来ると……あ、それッス!」
「わぁ、ホント、お好み焼きっぽい!」
「美味いッスよ! お好み焼きって言ったら広島か関西かってよく言いますけど、他にも実は意外とあるンですけどねぇ。あ、ドリンク、すぐお持ちしますね!」
店員さんが去った後、全員で顔を見合わせ、
「……広島風でもええね」
ぽつり、上司が反省するような口調で言った。
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