じゃけぇ。

紬 蒼

じゃけぇ、好みで焼くけん。

 広島のソウルフードの代表格と言えば。


 そう、お好み焼きだ。


 小麦粉の生地の上にキャベツ、もやし、そば、豚バラ肉、卵と重ねて焼いた、肉玉そばが基本だ。

 が、実は地域によって変わる。


 例えば。

 庄原しょうばら焼きは麺の代わりにご飯が入る。

 白いご飯の場合もあるが、なんとキムチ炒飯というパターンもある。

 ちなみにポン酢でさっぱりが基本というかなり攻めたお好み焼き、という印象がある。


 府中ふちゅう焼きは豚バラの代わりにミンチを使う。


 尾道おのみち焼きはイカ天と砂ズリ(砂肝)を使う。


 三原みはら焼きは尾道焼きに似て砂ズリやモツを使う。


 竹原たけはら焼きはマッサンで有名な酒処らしく、日本酒を生地に練り込んでいるのが特徴だ。


 辛いのが好きなら、三次みよし唐麺焼きだろう。

 名前からもお察しの通り、麺に唐辛子が練り込まれている。


 変り種なら、世羅せらの恵み焼き。

 世羅の野菜を使ったお好み焼きで、特産のトマトが使われており、女性に人気の洋風お好み焼きだ。


 見た目が特徴的なのは、くれ焼きだろう。

 お好み焼きを半分に折って半月型になっている。

 細うどんが使用されているので、そば派には敬遠されがちかもしれない。


 ざっくり挙げただけでこれだけの種類がある。


 というのを踏まえて。


「じゃけぇ、それって全部邪道じゃろ?」

 居酒屋で焼き鳥を食べながら、オジサン上司が言う。

 話題はお好み焼きの種類についてだ。


「いや、でも世羅の恵み焼きはチーズも入ってて洋風もアリかなって」

 新入社員のかわいい後輩が焼き鳥を串から丁寧に外しながら言う。

「でもそれってもうお好み焼きって感じじゃないじゃん? お好み焼きって言やぁやっぱ八昌はっしょうでしょ」


 八昌とは広島で有名なお好み焼き屋だ。

 先輩はぐいっとビールを飲み干して、ちょうど通りかかった店員に「生二つ」と注文した。

 見ると上司のグラスが空きそうだ。

 さすが。


「お好み焼きって言や、みっちゃんじゃろ」

 上司はすかさず先輩に反論した。

 店舗数も多く観光客がよく行くイメージだ。

 老舗だし。


「八昌ってお好み村にも入ってますから」

 お好み村というのは二階から四階全てにお好み焼き屋が入ったビルのことだ。

 市内の中心部にあるため、観光客が多く、英語が話せる店員もいたりする。

薬研堀やげんぼり幟町のぼりまち、あと五日市いつかいちにある店舗以外は無関係じゃろ」

「えっ? じゃあお好み村のって……」

「違うな。ついでに言やぁ昼間やっとるのは幟町だけじゃけぇの」

 八昌を否定した上司が詳しく、推した先輩は意外と知らなかったようだ。


「ザ・お好み焼きっていうのもいいですけど、たまには変わったのも食べたくなりません?」

 後輩が同意を求めるが、ならん、と上司と先輩にあっさり否定されて、えー、と頬を膨らませた。

「で、さっきから黙っとるけど、お前は何派なん?」

 急に振られてドキリとした。


 お好み焼きについては熱く語りたい。

 けれど、学生の頃頻繁に通ってたのは徳川で、家でも作るのは徳川系が多い。

 ちなみに、徳川というのは関西風のお好み焼き屋のチェーン店の名前だ。

 混ぜて焼くだけという手軽さから、家では関西風を作るという広島県民も意外といる。

 が、この流れでそれを持ち出すのもアレなので。


「……僕も肉玉そば派ですねぇ。たまにセンナリソースとかミツワソースとかも気になりますけど、オタフクが一番ですかねぇ」

 その無難な答えに三人の視線が僕に集中する。

「センナリとかミツワって初めて聞きましたぁ」

 後輩がきょとん、とした表情で言った。

 確かにメジャーではない。


「ソースはオタフクじゃろ」

「いや、カープでしょ」

 ソース論争が始まるのか。


「ソースは特に気にしたことなかったですぅ。でもマヨネーズは絶対かけます!」

 後輩のその一言がソース論争を防いだ。

 上司と先輩の顔が後輩に向けられる。


「マヨネーズはかけん」

「ケチャップでしょ」


 邪道がいた。

 先輩がまさかのケチャップ。


「え、ケチャップ、ですか?」

 これにはさすがの後輩も引いていた。

 上司もマヨは百歩譲ってもええが、ケチャップはいけん、と引いている。


「じゃ、じゃあトッピングって何入れます?」

 二人の様子に先輩は話題を変えた。


「強いて挙げるなら餅かのぉ? あ、海鮮もええね。エビ、イカ、牡蠣とか」

「私はチーズ! あとは明太子かなぁ?」

「お前は?」

 そして再び僕に振られる。

「んー、そうですねぇ。ウインナーかな?」

「豚バラ入るのにさらに肉入れるんですかぁ?」

「ありえん」

 後輩が驚いた声を出し、上司が呆れた。

 メニューにあるとこもあるんだよ、と心の中で反論する。


「じゃあ自分好みのお好み焼きを作るとしたら、どんなの作ります?」

 じゃあ、どんなのが理想のお好み焼きなんだよ、という気持ちで訊いてみた。

 三人とも少し考え込んで。


「私は肉玉そばにチーズと明太子トッピングでマヨたっぷりかけたやつ、かなぁ?」

 後輩はさっき言ってた通りの答え。

「俺も肉玉そば。で、ガーリックとキャベツたっぷりだったら嬉しいね」

「ケチャップはつけないんですか?」

 僕が訊くと、少しはぶてた表情で、

「ケチャップ置いてる店って滅多にないからなぁ。ま、あればかけるし、なくても別にって感じだからな」

 と答えた。


 最後に上司に視線を移すと、んー、と唸りながら残ってたビールを一気に飲み干し、たんっとテーブルにジョッキを置くと。

「肉玉そばに餅入りがベストじゃが、たまにうどんも食いたくなるのぉ」

 三人とも結局オーソドックスな広島焼きがベースだ。

 長く食べ慣れたものに愛着が湧くのだろう。


「で、お前は?」

 やっぱり訊かれるか。


「尾道焼きですかねぇ」

 そう言って僕は砂ズリを頬張った。

 実は砂ズリが大好物なのだが、尾道焼きは食べたことがない。

 だから、理想を言うなら食べてみたい、と思っただけだ。


 ふと、お好み焼きの食べ比べにドライブするのもいいな、と思った。


 好きなものを焼く。

 それがお好み焼きなら、人の数だけ種類があってもいい。

 熱く語れるだけ愛されてる証拠だ。


「好みで焼くけぇ、お好み焼きじゃけぇの」

 ぽつり、上司が呟いた。

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