正しい顔
愛してる、大好き、溶けたい。
どれだけ心を込めても、叫んでも、声を作っても、この感情が丸ごとあなたに届くことはない。
私はきっと重い女で、心が弱くて、あなたに縋りたくなってしまう本当の心を、あなたに見せられない。
顔色も変えずお酒を飲んだり、何考えてるのか分からない表情で遠くを見たり、無機質にただあなたを見つめていたり。
そうやって、年相応の落ち着いた社会人でいるのに、いつの間にか上手になっていた手料理でもてなしたりもするのに、ふと我に返った夜中の暗い部屋にパソコンのモニターだけがぼんやり灯っている前で、わたしは少しお酒を飲み、懐かしい曲なんか聞きながら、どうしようもなく泣くのだ。
三十台も後半にさしかかった。
少しの人生経験と、まあまあのお金と、時間だけがゆっくりと降り積もっていく。
あなたといると、苦しい。
十代や二十代のような心と心がぶつかり合う恋ではなく、ゆっくりと人間として共にあるようなこの恋が。
喧嘩もできない、あなたは大人だから。
文句も言えない、そんな隙もないから。
わたしはただどうしようもなく、本当はただ、子どものようにすべて許されたかったのだ。
それをあなたの正しさは、許さないだろうけど。
感情を抑え込むのにも慣れた。
嫌いな人に笑顔を見せられる。
あなたの前で、あなたが望む女にだってなれる。
でも深夜を過ぎ、ぼんやり明るいパソコンの前で、わたしは昔の恋人たちを思ってただ泣いている。
アラカルト 鈴江さち @sachisuzue81
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