女子力大学院4

ボンゴレ☆ビガンゴ

フラワーガーデニング学部修士二年 花木 薫子

 女子力大学の花の庭。様々な園芸種が咲き乱れる花壇の前に美女が一人、移植ゴテ片手に立っていた。


「マリーゴールドが……枯れたのね」


フードアドバイザー学科博士課程二年、芹沢真梨香が敗れたその時、『思わず誰かに見せたくなるホームウェア』がコンセプトのrecette定番のフラワーストライプエプロンを上品に着こなした女がポツリとつぶやいた。


 フラワーガーデニング学部修士二年、花木薫子である。

 花壇にいるというのに泥一つ付いていない漆黒のエンジニアブーツの足元には黒くくすんだマリーゴールドの花骸。縦ロールのブロンドヘアをかきあげ、薫子はその朽ちた花の根元に移植ゴテを突き刺し、根ごと引き抜いた。


「綺麗な花もいつかは散る。散ればただのゴミ……。ゴミは捨てるのみ」


 そう呟き無造作にゴミ箱になげいれる。そして、トレーから傍から新たな花苗を手に取った。


「代わりはいくらでもあるの。この女子力大学はいつでも美しい花に彩られていなければならない……」


 風に掻き消される程の小さな囁き。


「次は何を植えようかしら。ペンタス?ペチュニア? カランコエなんてのも綺麗ね」


 唇の端を歪めて薫子は不気味に笑った。


「でも……」


 突然、その細い指先に握られた鉄製の移植ゴテが殺意を持って地に突き刺された。

 一瞬の出来事。

 移植ゴテが突き立てられた土の上に百足。

 身体を二つに分断された百足はやがて動かなくなった。


「この大学に紛れ込む、汚らわしい害虫は駆除しないとね……」


 ここは福岡県宗像市。

 2015年に宗像市都市再生プロジェクト専門家会議の提言によって設立された、日本で唯一の「女子力大学」を擁する、日本が誇る女子力の聖地である。

 女子力大学では、女子力を向上させる文化、教養、趣味、作法などに詳しい福岡や北九州の教育者や文化人を講師として招聘し、定期的に講座を開設するなどしており、学生たちは日々、自らの女子力の研鑽に勤しんでいる。

 講義を終了した生徒には宗像市が女子力の認定を行い、修了証書を授与するなどして付加価値を追加している。


 その女子力認定の最高峰こそがPh.J. ジョシリョク・オブ・フィロソファー。すなわち、女子力博士である。


 設立から十年、博士号認定試験じたいは毎年行われているものの、その最高の栄誉を受けた女子は、未だ三人に過ぎない。


 女子力大学は学校教育法に基づいて設置された正規の大学校である。従って、女子力博士の博士学位の授与もまた、学校教育法に定められた通り、課程修了後に成果の判定を受ける博士号を持って認定されるが、外部から飛び込みで成果の判定を受ける制度も、あるにはある。

 それが「女子力博士認定試験」だ。

 ただし、未だかつて、そのようなルートで女子力博士の認定を受けたものは誰ひとりとして存在していない。

 そもそも、厳しい課程を修了した女子たちの中でさえ、これまでにたった三人しか授与されたことのない、この世における女子力の最高の栄誉なのだ。

 そんな物見遊山ついでに記念にちょっと貰っておくか、というような観光地に置いてあるスタンプ台とはわけが違うのである。


 ☆★☆


「あれー、おっかしいな。8号館に試験会場があるって聞いたのになぁ。ここ、どう見ても校舎っていうより、温室なんだけどー」


 大きなリュックを背負った坪居佳奈は女子力とは程遠い黒いセルフレームのメガネに指をかけ辺りを見渡す。


 観葉植物が所狭しと並ぶ温室だ。観葉植物を一人暮らしの窓辺に置くのは女子力の現れだ。小鉢のパキラ、可愛いサボテン。

 凝れば凝るほど、女子力が上がれば上がるほど、女子は観葉植物を育てたくなる。だが、ここまでの部屋を作り出せる乙女が果たしているだろうか。

 熱帯地域のような湿度と温度。

 カーディガンonパーカーの佳奈には少し暑い。

 まるで東南アジアのジャングル。


 伸び放題の熱帯植物のとげとげとした葉に引っかからないように佳奈は身をよじり奥へと進む。


「グズマニアって、赤くて綺麗だけど、その部分って苞って言って、花じゃないのよ……」


「だ、だれ!?」


 突然聞こえる声に佳奈は辺りを見渡す。しかし、微風のような囁きは観葉植物の森に反響し、発生源がわからない。


「植物の大敵、カイガラムシって何千種類もいるのよ……。」


 再びの囁き声。虫なんてのは女子の敵だ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、女子力の基本だ。


「ど、どこから声がするの!?」


 だが、佳奈の問いには答えず、また独り言のような言葉が宙を舞う。


「冬場のマンションの風除けに使うなら、マッサンゲアナよりユッカエレファンティベスの方がいいわ……」


そう、観葉植物の多くは熱帯植物だ。日本の冬には適さない。寒気が流れ込む窓辺や、玄関先からは話して生育させるの吉だ。そんなプチ雑学を挟んでくるなんて、かなりの女子力を有しているのは火を見るよりも明らかだ。


「誰!?誰なの?」


 佳奈の真正面の生い茂る棕櫚竹の大鉢の陰から、女が現れた。


「……ようこそ、女子力大学へ。私はフラワーガーデニング学部修士一年。花木 薫子よ。何人かの認定員を倒したようだけど、あなたのような芋くさい子に私が倒せるかしら」


 緑のカーテンから現れた女は挑発的なことを言いながらも、ニコリと微笑んだ。男子であったなら、一発で恋に落ちてしまうかのような清楚で愛らしい笑顔。

 女子であったとしても、これだけの整った容姿の女に微笑まれたら、萎縮してしまうであろう程の、破壊的チャーミングさ。

 しかし、佳奈は薫子の笑顔になど何の感情も抱かなかったようだ。


「えっとー。すみませんけど、私は女子力博士認定試験を受けに来たのであってー、なんかよくわからないどっこい超人と戦いにきたんじゃないんですけどー」


 ポリポリと頬を掻きながら呆れ顔の佳奈。

 しかし、薫子は笑顔のまま応える。


「観葉植物ってね。幼木なのよ。原産地では何十メートルにもなるような大木。それをこんな鉢に閉じ込めて成長しないようにして売ってるの。何でだと思う?」


 全然、佳奈の話を聞いていない様子だ。自分のしたい話だけをする。都合の悪い話には耳を貸さない。だが、それこそ女子力だ。


「うわー! 私の話全然聞いてない。スルースキル高いな、さすが女子力大の生徒ー」


「大人の木なんて可愛くないもの。まるで私達みたいよね。女も観葉植物も若くなければ需要はないのよ」


 薫子は続けた。誰が相手であろうと同じ様に語りかけたであろう。なにせ、彼女は植物と共に生きるもの。森ガールなる言葉があるように植物を愛するものこそ女子力の高みに登れると信じてやまない、フラワーガーデニング学部のエースなのだ。

 佳奈は「なるほど」と手を打ち、屈託ない笑顔で薫子のその顔を指差した。


「だから貴女凄い暑化粧なのねー!」


 ピキ、と薫子の笑顔が固まった。


「なんかさっきからおかしいなーって思ってたんで! 貴女、多分三十路越してるでしょ?」


 ピキ、ピキ。擬音ではない。

 本当に音が聞こえた。


「な、何を言っているの? 私が? 三十路?」


 否定する薫子だが、明らかに口調が先ほどと違う。焦っているのが傍目にもわかる。それもそのはずだ。女ならば自分が老いていくことに対して誰しも恐怖を抱いている。老いという逃れられない恐怖から逃れる手は一つだけ。目を逸らすということだけだ。女という生き物は誰しも自分の老いに正面から向き合わない。無意識に見ないふりをするのだ。だが、それは敵対する相手の老いからも目を背けてしまうことになる。

 相手の老いを認めることはすなわち自分自身の老いすら認めることだからだ。

 だから、誰もが老いから目を背ける。薫子はその絶対的な女子力のために年齢という負荷要素を相殺していた。しかし、佳奈はその薫子の、いや女子全員に対する禁忌とも言える年齢に言及した。

 パンドラの匣を開け放ったのだ。

 確かに世には美魔女なる物の怪が跋扈する時代だ。女子力を備えた年増女などいくらでもいる。女子力は若い女の専売特許ではない。だが、だからこそ、若さは絶大な強さの象徴なのだ


「でも、気にしないでください。すごく女子力高いと思いますよー」


 佳奈の無邪気な一言は、薫子の膝を地に着かせるのに充分であった。

 がくりと頭を垂れる薫子。


「あなたのような芋娘に私が破れるとは……」


「いや、私何もしてないっすけど」


「……わかった。そうだったのね、ふふふ」


 膝をついたまま肩を震わせる薫子。


「かつて女子力博士認定試験をパスした者はたったの三人。しかし、そのうちの一人は男だった。多奈川承太郎。男の体を持ち、女の心を持つ稀代のPh.J. ジョシリョク・オブ・フィロソファー。私は一度だけ彼に会ったことがあるわ」


 ゆらりと立ち上がる薫子。屈辱にまみれ真っ赤に充血した瞳で佳奈を見つめる。


「女子力を宿すのが女だけなんて誰も言ってない。新宿二丁目のオカマの方がそんじょそこらの生娘なんかよりも女子力は高いわ。そして、あなたは多奈川承太郎と同じ匂いがする」


 そう告げられた佳奈は不敵に笑った。


「どういう意味か、わかりませんね」


「そう、でも私にはわかるわ。あなた——



——男でしょ」



続く。





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