つまりしょーゆーこと。

Hetero (へてろ)

冬の晴れた日のこの町で 嗅覚に訴える文章で

 冬の晴れた日には市内全域に香ばしい独特な匂いが溢れる。

 正確に説明するとそれは醤油の製造過程で醤油もろみが発酵する際に出る気体の匂いなのですが、多くの人に解るよう簡単に説明するとそれは醤油の香りです。

 日本人はどうやら本能的にそれが良い香りだと判断するようで、

 さんざっぱら三十年近くもこの町に暮らしているのに、

 この香りが嫌だと思ったことは今まで一度だってありません。

 それが漂うのが千葉県野田市というぼくのこの町です。


 事実、この市にある醤油会社だけで世界の醤油のシェアの50%以上を掌握していると言うのだから単純に〝誇れる〟などというレベルでは無いのかもしれないけれど、今回は企業や文化、歴史やその奥深い味の話はずばっと端折ろう。それではこの我が町をどう紹介しようか――。嗅覚に文字から訴えるのはどうだろう。難しいかも知れないけれど、挑戦してみたのが今回の企画への文の起こしとなります。


 この町に住んでいる以上避けて通れない事情がある。

 それは老いも若きも出逢いも別れもこの匂いに包まれてしまうと言うことです。


 以下は決して誇大表現ではないことは先に言い添えておきます。


 学校の卒業式。

 生徒達の涙の周りをサクラの花びらとほんのりとサクラの香りが包みますが、

 それに混じって醤油の香りも一緒になって優しく包んで祝福してくれます。


 高校生のカップルが逢瀬をして野田市駅で仲良く手を繋いで帰ってゆく。

 駅前には醤油工場の配送ターミナルがあるので、

 そんな甘い雰囲気の二人の間にもみたらし団子のような香ばしい香りが。


 お葬式の後の食事。

 喪服で食べる静かな儀式的な食事。

 全国的な慣習では生ものが饗されることは少ないそうだけれど、市内では少しの量だがきちんとお刺身が出ることが多く、もちろんしずしずとした空気の中で、皆がそれを少量つけて頂きます。お別れの際もこの香りは見守ってくれています。


 お祝いの席で。

 一等高級品ともなれば流石の野田市民でもこういう場面でしか目にしない物が多く、中には天皇家に納めるために作られるなんていうものもあったりして。むろん特別な香りがすることは疑いなし。


 と、この様に、冠婚葬祭何でもござれ。

 和食の万能調味料とはよく言った物で、確かにその通りなようです。

 生活の場ではどこでも醤油の香りが漂います。


 その香りが包んでくれるのはそう言った市民生活だけかといったらそれだけではすまされないという話も紹介しましょう。

 ナウシカのお話を皆さんはご存知ですね?

 菌類の森が人類を食べると言うお話。

 どうして突然ジブリだよ。しかもざっくり説明。と、なるわけですが。


 それがリアルタイムで進行しているのもこの野田市です。

 もちろん微生物単位のレベルなので人間の目からは見えない、と思ったら大間違いで目に見えて進行してるところが面白いのですが。


 その香りを生んでくれている〝醤油もろみが発酵する〟と言うことは、

 爆発的に中の菌が増えているということで、

 その菌の正体はといったら〝麹菌〟という微生物です。

 そしてその香りが市内全域でしているということはその菌が市内全域にばらまかれているということでもあります。

 むろんナウシカのそれとは違って、麹菌達はながいこと日本人と良好な付き合いをしてきた生き物で人間を取って食ったりはしないのですが、

 ですが、この町にある建造物はどんなに綺麗な新しい建物でも数年経つと緑の苔のようなものが出てきます。材質を問わず。

 年を経るとその緑は徐々に濃くなっていくのです。

 それが実は彼らの仕業です。

 彼らが壁に付いて繁殖し、その死骸が良質な土となって苗床となり、その上に苔などの植物が繁殖する。生き物の好循環。

 麹菌達が人間の文明を人間の目を盗んで密かに少しずつ少しずつ自然に帰そうと頑張っている姿。それが市内のあちこちで見られる緑色の壁の正体です。

 

 彼らは勿論壁に付くだけは無くて田畑にも落ちて成長して死んでいきます。

 結果市内は良質な土が多く、肥沃な農地も多いです。

 おかげで米や枝豆、梨といった農産物の収穫量もかなりのものになりその恩恵に市民は預かっています。無限に肥料が供給されるわけですから好循環といえますね。

 その香りは市内の生き物たちも包んでくれているようです。

 それに乗っかってかどうか知りませんが、最近ではコウノトリの繁殖地に市内をしようという運動まで起こっています。より自然に近い農地が多いからなのでしょう。

 一時姿を消していたホタルなんかも増えているようですし。いいこと尽くめです。


 さて、これからまた寒い季節がやってきて、冬の晴れた日が訪れると、

 朝から市内では香ばしくかぐわしく、食欲もそそる醤油の香りが漂うことでしょう。

 もし何かの機会でこの時期に千葉県野田市を訪れることがありましたら、

 息を吸って深呼吸してください。

 あなたも『空気中に漂うもの、それは愛ではない何か』を感じて頂けるのでは無いでしょうか?


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