探偵対忍者

シャル青井

山の向こうに忍者あり

『山の向こうには忍者がいるのか?』

 しがない県庁所在地のしがない探偵である私に回ってきた依頼は、そんなシンプルかつ無茶なものだった。

 この『山の向こう』とは忍者の里として知られる伊賀市のことであり、忍者といえばこの街が浮かぶ人も多いだろう。

 忍者。

 その響きに、その特異性に、そしてその神秘さに、心惹かれる者は多い。

 歴史の闇を暗躍するスパイ組織。

 奇妙な術を使う妖術師。

 あるいは、手裏剣や苦無などテクニカルな武器を用いる戦士。

 どれもが様々な時代のフィクションの影響を色濃く受けており、今となっては本当の姿は不明瞭だ。

 こんな依頼を引き受けたのは、私自身も、そのような忍者の真実に迫りたいと思ったからかもしれない。


 忍者が現役であった江戸時代は苦労して峠を超えたものだろうが、今は文明社会。自動車専用道路である国道25号線を使い、およそ一時間で四方を山に囲まれた伊賀上野の町へと到着する。

 その町並みは、現代に残る城下町らしい独特の違和感がある。

 歴史を観光資源としている街に見られる、江戸時代を模造した建物や街灯。

 古き良き、過ぎ去った昭和の薫りを今なお残す木造の住宅や店舗。

 そしていかにも現代らしいビルやコンビニなどの無機質な建築物。

 それらが入り混じり、今の奇妙な町並みを作っている。

 こんな場所に、まだ忍者はいるのだろうか?

 

 だが街を散策し調査を進めていると、さらに別の違和感が刺さり始める。

 誰かが、自分を見張っている視線を感じる。

 そもそも、今回の依頼はその最初の段階からしておかしなものだった。

『山の向こうには忍者がいるのか?』

 そんな胡乱な話、普通に考えれば探偵に依頼するようなものではない。

 あの依頼人自体、誰か他の人物の依頼を受けて私のところへ来たのだろう。

 つまり、姿を見せず、本当の目的を隠したまま、探偵をコントロールしようと目論む者がいるのである。

 何のために?

 おそらく、プロフェッショナルな存在に調ためだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが私というわけである。

 だが、それがわかっていても、私はあえての依頼に乗った。

 理由は先にも言った好奇心と、まあカネである。こんな依頼の割に、いやこんな依頼だからこそ、その報酬は破格だったのだ。

 後ろの顔が透けて見えるようではないか。

 それに応えるべく『本当の依頼人』へのサービスも兼ねて、こちらも事前準備も含めそれなりに派手に動いたのだ。

 その結果がこの視線であり、本当の依頼人の狙いだったはずだ。

 あとは帰って報告すれば、約束通りの報酬を貰えることだろう。

 彼も、私も、なにも知らない。ただそれだけで関係は終わる。

 しかし、そんな報告だけではこちらとしては面白くない。

 なにしろ

 このまま終わっては沽券に関わるし、なにより、のである。

 となればやはり、本当の依頼人の顔くらいは拝んでおきたいところだろう。

 そこで私は、一つの策を弄することにしたのである。


「いや、流石ですね。これは想像以上でした」

 私がそう微笑みかけると、私の落とした財布を持ってきた壮年の男性は、油断なき顔に苦笑いを浮かべてみせた。

「よくもまあ言えたものですなあ。受け渡しの場所まで指定しておいて」

 彼は、私の財布から一枚の紙片を取り出す。

 それはまさに私の名刺だ。しかし、実際には本来使っているものとはいくつか異なる点がある。

「電話をかけなかったのは本当に素晴らしいですよ。その番号は、あなたもよく知っている番号ですからね。それを番号を見ただけで見抜いたってことでしょう?」

 その一つが、私の番号として書かれている電話番号である。

 これは実際には依頼人の番号であり、彼には事前に、もし何かしらの電話がかかってきたらこちらに連絡してほしいと伝えておいたのである。

 だが電話はかけられることもなく、もう一つの変更点である裏面のQRコードによって指定された伊賀上野城の石垣にて、私たちは今まさに向かい合っている。

「これ、私が見つけなかったらどうするつもりだったのですかな」

「まあ、、そこは心配していませんでしたよ」

「……なるほど。やはりお見通しというわけですか」

 並んで石垣の淵から町を見下ろす。

 中学校や高校の校舎とグラウンド、さらにその先のいかにも地方都市な屋根の並ぶ街並み。

 昔はここからどんな風景が見えていたのだろうか。

 例えば、もっと忍者が堂々と忍び、走り回っていた頃は。

「こう人も建物も増えると、色々とやりづらくなっているでしょうね」

 遠くを見たままそうつぶやく。

「まあ、便利で平和な世界ならなによりじゃないですかな」

 返ってきた言葉はあくまで平坦だ。

 あえて表情を見ることはなかったが、その言葉はどこか乾いた空気を纏っていた。

「こういうことはよくやっているのですか?」

「そう多くはありませぬ。年に一、二回ほどですな。皆、各々の仕事や生活もありますので……。一種のレクレーションみたいなものです」

 レクレーション。

 それがなにか許せず、私は振り返って静かに、しかしハッキリと力を込めてこう答えた。

「なるほど。では彼にはこう伝えておきますよ。、と」

 それを聞くと、隣の男は驚いた顔で私を見る。

 私はそれ以上はなにも言わず、ただ微笑み返すだけだ。

 忍者とは、なんなのだろうか。

 私はその答えを知らない。

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