第7話 セッション



 先ほどまで爆音でギターを弾いていた青年は、鮫島の話を無視しながら生音で相変わらずギターを弾いている。彼が鮫島が所属するバンドのギタリスト『ヒロ』である。向こうが知っているかは知らないが、俺は元々、彼の事を知っている。


 元々高校時代、軽音部に所属していた俺は高三の時に高校生限定のグランプリに参加してそこで優勝した経験がある。その中で、ヒロは決勝大会まで勝ち進んできたバンドのギタリストだった。その当時から高校生とは思えないギターテクニックで、他のバンドのギタリストを寄せ付けなかったのだが、バンドとしての結果は決勝大会最下位だった。


 当時、高校二年生であったヒロは翌年のグランプリでは優勝は出来なかったものの、前年最下位から順位を上げて3位で入賞したらしい。らいいと言うのは、俺は大学受験に失敗して浪人生活を送っていて、グランプリの結果だけを後輩から教えて貰ったからだ。


 因みに、その大会では俺の後輩が優勝した。


 俺がヒロの演奏を見たのは二年振りだが、その演奏は相変わらず健在で、技巧派ギタリストと言っても過言でもない。まあ、爆音で演奏するのも相変わらずらしく、俺が優勝した年に彼のバンドが最下位になったのは彼の爆音の所為だと俺は思っている。寧ろ、あの爆音でよく翌年のグランプリで3位を取れたと今の彼を見て驚いている。



「言いたいことは、それだけか?」


「そうだよ」


「じゃあ帰ったらどうだ? 俺は練習したいんだ」


「そうしよう。鮫島行こうぜ」



 顔を上げて、如何にも邪魔だという表情でヒロは俺たちを睨んだ。ここで、遣り合っても仕方がないので、俺は撤退することを鮫島に提案した。



『折角だから、セッションしていくのはどうだい?』



 俺の体をベタベタと触っていた先輩が突然会話に割り込んできた。



「でも、俺楽器持ってきてないし……」


「坂田のベースを貸してあげるよ」



 ベースを持っていないことを理由に俺が帰ろうとすると、先輩は意気揚々と自分のベースを俺の前に差し出した。



「じゃあ折角なので、1曲だけ……」


「おっ! 正文やるきだな〜」



 先輩の好意を無下にすることも出来ず、俺は渋々ベースと受け取った。すると鮫島は嬉しそうに部室の奥にあるドラムセットに向かい、そこに座った。



「ヒロもいいだろ?」


「練習出来ないよりはマシだな」


「ははっ」


「で、曲はどうするんだ?」



 鮫島が尋ねるとヒロも渋々といった感じでセッションすることに同意した。嬉しそうにドラムセットに座る鮫島にヒロは曲をどうするか尋ねる



 俺は無視ですか……



 まるで俺は居ないかのように振る舞うヒロを横目に俺は部室に落ちてあるシールドを拾い上げ、ベースとアンプに繋げる。



「先輩。ストラップを短くしてもいいですか?」


「いいよ〜」



 先輩のベースはアイバニーズのSRというシリーズのベースだった。体にフィットするその独特なシルエットを好む愛好家も少なくなく、その使用者の殆どはストラップを長めに装着し腕を伸ばした状態で弾くのが定番化している。


 俺は基本に忠実に座って弾く状態と立って弾く状態が同じになるようにストラップを短くしている。ベースが変わっても弾く位置が変わらなければ、演奏自体には然程影響はない。



「正文、曲はどうする?」



 一通りの準備を終えると、鮫島がニコニコと満面の笑みで尋ねてきた。



「じゃあ『Have a nice day』で」



 俺がそう述べると、ヒロは此方を振り返り俺の事を凝視した。



「『Bon Jovi』のね。了解了解! ヒロも大丈夫?」


「ああ、昔弾いた事があるから大丈夫だ」



 それもそうだろう。俺が選曲した曲は俺が出場したグランプリでヒロたちのバンドが演奏した楽曲だ。



『それじゃあ、坂田はボーカルだね』



 誰もお願いしていないにも関わらず、先輩はボーカルをすると言い出したが、他の二人が流しているので俺も便乗して彼の話を流した。



「ワン、ツー、スリー、フォー!」



 鮫島がスティックを打ち合せ、カウントを出て曲が始まった。


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平凡な俺が変人たちに囲まれて大学生活を送った結果 藤沢正文 @Fujisawa

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