第6話 爆音のギタリスト



 中庭に広がる異様な光景を横目に薄気味悪い廊下をしばらく進むと、どこからか聞きなれた音が聞こえてくる。規則正しく刻まれるそれは降機械化が進んだ商業都市に響き渡る機械音からインスピレーションを受けた音楽とも言われている。


 聞こえてくるそれも、本来は美しい音色を奏でるサウンドにも関わらず、敢えてそれを『歪ませる』事によって独特のサウンドを構築する。クラシックとは似て非なる音楽。そう、所謂『ロック』と呼ばれる部類の音楽である。



「やってるね〜」



 嬉しそうにそう述べる鮫島にとってはいつもの事なのだろうが、まだ部室に到着していないというのにこの音量である。一体、どれほどの大音量で演奏しているのだろうか。



「巧いな。誰が弾いてるんだ?」


「ふふ〜着いてからの、オ・タ・ノ・シ・ミ」



 俺の質問に鮫島は含みのある言い方でそう答えた。どうやらこれを弾いてるのは知り合いの様だ。




「着いたよ!」


「え、何て!?」



 鮫島は大声で俺に向かって何か言った様だったが、何を言ったか聞こえない。俺も大声で聞き直す。



「だから、音研の部室に着いたって!」



 先程から部室棟の廊下に響き渡っていた音の根源に到着した様で、ドアの向こうからは大声もかき消すほどの大音量でエレキギターの演奏が聞こえてくる。


 大音量過ぎて、空気そのものが振動しているのがわかる。寧ろ、これを浴び続ければ『音酔い』するんじゃないかと思う音量だ。



「おはようございます!」



 鮫島はドアノブに手を掛け、部室の扉を開いた。すると、先程よりも更に大きい音が俺たちを襲った。その瞬間、余りの音量に俺は後ずさりしてしまった。


 鮫島はと言うと、ズカズカと部室に入って行き、この騒音とも言える演奏の主の元へと歩み寄った。



「 ヒロ! おい、ヒロ!」


「……」


「ヒ・ロ!」


「……」



 鮫島は大声で目下の人物に声を掛けていたが一向に気がつく気配がない。



「……」



 ブチッ……



 諦めるのかと思いきや、鮫島は音を垂れ流すアンプの側へ行き、ギターから伸びるシールドを徐に引っこ抜いた。と同時に先程まで大音量で鳴らされていたアンプが途端に静かになった。



「ああ、サムか。おっす」


「どれだけ声掛けたと思ってるんだよ」


「悪い悪い」



 ヒロと呼ばれるギターを弾いていた青年はやっと鮫島に気がついた様子で、顔を上げた。



「それで何だ?」



 ヒロは座って居た椅子から立ち上がると、先程まで爆音を垂れ流していたアンプの前まで行き、再びシールドをアンプに差し込んだ。そして元いた椅子に戻り、ギターを抱え直す。



「サポ……との……」



 すると、再び爆音が部室内に響き渡り、要件を述べようとした鮫島の声は掻き消された。



「何!?」


「だから! サポートの……」


「え!?」


「……」



 再び鮫島はアンプの前に行き、アンプからシールドを抜く。



「だから、なんだよ?」



 すると、ヒロは再び立ち上がり、シールドをアンプに差し込み、椅子に座り直す。



「サポートの……」



 そして再び爆音が部室を支配するのかと思いきや、アンプは未だに沈黙している。



「……ベースを連れて来たんだ」



 驚くヒロに、勝ち誇った表情で鮫島はそう述べた。彼の手にはアンプのコンセントが握られている。



『へ〜。彼がそうなんだ』



 突然、隣から声が聞こえたので隣を振り向くと、部室のドアの側にベースを持ったマネキンの様なシルエットの男性が俺の事を物珍しそうに覗き込んでいた。



「「いたんですか。棒さん」」



 突然現れた、『棒』と呼ばれる先輩らしき人物に、鮫島とヒロは驚いていた。



「うん。坂田は先程からヒロとのセッションを楽しんでいた」



 そう述べる彼の手には、肩から掛かるストラップに吊るされたベースがあったのだが、ベースのジャックからはシールドが伸びていない。更に言うと部室を見回しても彼が使っていたベースアンプらしきものは無く、いくら爆音の中でも俺がベースの音を聞き逃す筈がない。



「それは申し訳ない事をしました。ちょっと此奴借りますね」


「お構いなく〜」



 棒と呼ばれる先輩はそう述べると、ベースを弾き始めた。……生音で。



「それで、其奴がサポートのベースか?」


「ああ、同回生の正文だ」



 鮫島に紹介されて、俺はヒロに会釈した。するとヒロは品定めするようにジーっと俺の事を見つめてきた。



『ベーシストにしたら、君は少し線が太いね』


「はい?」



 ベースを弾いていた棒と呼ばれる先輩は再び俺に話しかけてきた。



「かもしれないですが、腕は折り紙付きです」


「ほう、ほう」



 俺の代わりに鮫島が答えると、彼は俺の体をベタベタと触り始めた。



「誰がベースでも俺は構わなぜ。どうせ、ベースなんて誰がやっても一緒だ」



 ふんっとヒロは憎まれ口を叩くと我関せずと生音でギターを弾き始めた。



「んな事言うなよ。ベースだってバンドにとっては大事なパートなんだぜ」



 そうそう、バンドってのはベース・ドラムのリズム隊がしっかりしてこそ、上物のボーカルやギターが輝けるのだ。



 俺は鮫島の話にうんうんと頷いた。


 兎も角、次のライブまで彼と一緒に演奏しないといけないわけだから、取り敢えずは仲良くしないといけない。


 その前に、少し気になっている事があった。



「あの……先輩?」


「何?」


「何してるんですか?」


「お構い無く〜」



 お構いなくって……身体中触られてお構い無く出来る筈がないでしょ!


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