第2話 自宅療養の闇と光
「うーん.......」
ピンポンの音で目が覚めた。反射的に時計を見ると夜の9時だ。もう生活リズムなんて言えるものは持ち合わせていない。言うなれば混沌生活だ。起きる時間も寝る時間も無茶苦茶だ。本当はいけないことだと分かってはいるが、どうしてもリズミカルに生活できない。もう朝起きて夜寝ることは諦めた。
同僚の堀井ちゃんという女性が訪ねてきてくれたおかげでぎりぎり日付変更線前に起きることができたわけだ。。
彼女は私と同じ人事部で働いている人で、年齢も私と同じ30歳。性別も歳も同じなので、同期ではないが、会社では物凄く親しくしている。いやここは「親しくしていた」というべきか。
「加奈ちゃん本当に元気無さそうだね、心配だったので、家庭訪問にきましたよー」
いつもの快活ながらもおっとりした調子で堀井ちゃんが玄関に立っていた。彼女の明るくゆったりした性格には何度、助けられたかわからない。正直、今こうして堀井ちゃんが自宅まで来てくれたことが嬉しくて仕方がない。なんなら、うれし泣きしても構わないくらいだ。
「堀井ちゃんは相変わらず元気そうだね」
私はいかにも弱ったかすれ声で、堀井ちゃんを出迎えた。寝起きなので、髪はボサボサだし、頭もボーっとしている。でも堀井ちゃんの輝きだけはハッキリと見てとることができる。彼女はいつもキラキラしているのだ。
「私だって少しは疲れてるよー、超元気ってこともないよー、まあまあエネルギッシュですけどね!そんなことより加奈ちゃんが心配だよー。先生なんて言ってた?」
堀井ちゃんはどう見ても超元気だ。まあまあエネルギッシュというのはどう考えても謙遜だろう。とはいえ、疲れ切っている彼女なら毎年見ている。それは新卒採用の時期だ。人事の新卒採用担当は、ある期間、必ず鬼のような業務量に忙殺される。社内では「面接ラッシュ」と呼ばれている。私も堀井ちゃんも新卒採用を担当していたので、忙しすぎる新卒採用シーズンを毎年乗り切っている「戦友」というわけだ。
「うん、なんか先生が言うには、重度のうつ状態なんだって、それで薬飲んで、自宅で十分な休養をとって下さいって言われて、大量に薬出された。薬漬けで胃がもたれるよー、要は働くことのドクターストップがかかちゃった感じ」
私は先週、病院であったことをありのままに話した。
「なるほどねー、それは大変だったねー、でも私が来たからだいじょうぶ!とりあえずキムチ鍋パーティーをしよう、そうすれば少しは楽になるよ!」
なんと堀井ちゃんは「うつは体を温めるといい」という情報を鵜呑みにして、キムチの辛さを利用して、私を治療しようとしているようだ。堀井ちゃんらしい率直な気遣いだと言える。まさか寝起きから親友とキムチ鍋を囲むことになろうとは夢にも思わなかった。あまり空腹は感じないが、せっかくの堀井ちゃんの心遣いだし、無下にもできない。私はちょっとずつ、少しずつ鍋をつまんだ。
「ねー、温まって、元気でてくるでしょ?私なんて疲れが吹き飛んだよー!もっとキムチ入れよう、キムチ!きっと大量にキムチをぶっこめば、もっと効果出るよー!」
元気になっているのは、きっと堀井ちゃんの方だ。私も少しは元気になった気がするけど、それは大盛のキムチを入れた鍋のせいではなく、堀井ちゃんの優しさによるものだろう。
ワンルームの箱の中で静かに佇んでいることは、なかなか休まるものではない。寝ては起き、起きてはボーっとテレビを見て、眠くなったらまた寝る。たまにコンビニに行くくらいしか外出もしない。
でもこうして堀井ちゃんが家に来てくれるとなんだか休んでいるっていう実感が持てる。親友というのは本当に貴重なものだ。特に自分が弱っているときにはなおさらだ。
私「うつ病」とやらになりまして @mikan-pafe
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