第12話 出発と闘い

 王宮のとある広間。集められた精鋭たちの前に私は立っていた。

 慌ただしくなった城内。先の地震のときに既に伝達部隊は王の帰還を求めて国を出た。曰く、今日もしくは明朝までには帰国できるそうだ。

 私は精鋭たちに鼓舞を贈るために一歩前に出る。

 私の考えが形になったんだから最後まで責任をもって遂行しなければならない。

 手に汗がにじみ出る。

「あなたたちはこの国で最も能力の高い兵士です。これから向かう場所はかつての冒険王が踏破した地下迷宮の最奥、私達にとっては未知の場所です。既に知っていると思いますが、任務はそこにあるダンジョンコアの制御することです。これは一国の運命を左右するとても大事なことです。是非とも皆さんの力をお貸しください。この国を助けてください」


 私はつい頭を下げてしまう。

 兵士たちは驚いて、私に気を使った言葉を投げ掛けてくれる。

 私は生まれた瞬間から王女だ。国でトップの位置にいる。捨てることができない地位。

 いや、覚悟さえ持てば簡単に捨てられたかも知れない。

 でも私にはそんな覚悟はないのだ。この年齢になるまで権力に酔いしれて甘い汁を吸い続けた。

 こんな私の言葉になんの力があると言うのだ。

 だから重さなんて全くないこの頭だけでも下げさせて。

 私は兵士たちの言葉を無視して頭を下げ続けた。

 そして下唇を噛み締めて顔を上げる。

 私は驚きの余り、目を丸くする。

 兵士たちは皆一様に、この国の最高敬礼である直立不動で胸に右手を当てるという姿を私に向けていた。

 私は感動のあまり、どうしていいのかわからず、兵士たちと同様の仕草をする。

 これが正解かどうかわからない。

 でも、私の言葉は兵士たちに届いてくれたに違いない。ただそれだけで良い。

 

 鼓舞も終わり、地下迷宮に続いているであろう階段の場所に行く。

 改めて部隊の編成を確認しよう。

 ダンジョンコアを制御するのはこの国最高峰の魔法使い五名。そして彼らを護衛する騎士団二十名。という計二十五名である。

 通路はそこまで広くないので、ダンジョンの奥地も狭い可能性があった。故に人数は考えた末に二十五人となった。

 魔法科学省の大臣が満を持して推薦した魔法使いたち。私は魔法の知識が乏しいので、彼らの能力の高さについてわからない。

 つまり私もこの国の底力を信じるしかない。

 第二更衣室には既に規制線が張られ、関係者しか立ち入れないようになっていた。

 私達一同は中に入り、階段の前で整列する。

 点呼をとり、この部隊のリーダーで、護衛の一人であるマルクスという四十代の男に連絡石を渡す。

 この石は魔力を込めると、同じ魔力が込められた石と繋がろうとする。そして、繋がった石同士であれば振動を共有することができる。つまり、石を隔てて声を送りあえるわけだ。しかし、一定の距離以上石が離れると、繋がりは途切れてしまう。さらに、込められた魔力が尽きる、また同じ人間が魔力を込めないと力は発揮できない。

 マルクスは連絡石を受け取り、ペンダントの様にして首にかける。

 そして、各々が装備を確認していよいよ出発となった。

 部隊が階段を降りていく最中、近くで控えていたセリアが、私の顔色を見て声をかけてくれた。

「パーム様、あなたはよくやりました。あとは彼らの仕事です。信じて待ちましょう」


 私はそんなセリアに対し、精一杯の笑顔で頷いた。

 そう、私はもう何もできない。

 

  ×   ×   ×


 俺は巨大クモがいた巣から離れた密林の木陰に身を寄せていた。

 間近に接近した巨大クモに見つかることはなかった。

 闘いの準備ができていないあのときは、本当に生きた心地がしなかった。

 俺は冒険者であるが、探索をメインにしているため、実は戦闘は得意ではないのだ。だから闘うときは勝利を確実に掴むための対策を練る。生きるためにはどんな手でも使わせてもらう。相手が魔物だと後腐れがないから卑怯な手も使いやすい。

 そして俺は一つ考えが生まれた。

 まあシンプルで、十人いれば五人くらいは同じ考えを持つだろう。

 ちなみに、あの巨大クモの目を盗んで階段に行くことは難しい。五十メートルの道中、細かく張り巡らされた糸をかわさなければならいし。

 さて、俺は今作戦の実行のために必要な素材を待っている。

 木陰の向こうには先程仕留めたウサギを目に留まりやすい位置に置いている。

 あとは待つだけ。

 俺は疲れた身体を休めながら獲物が現れるのを待った。

 少しして遠くでガサガサと草を掻き分ける音が聞こえてくる。

 見ると、俺が求めていたゴブリンだ。数は三匹。簡単に殺れる。

 俺は彼らを誘導するため、石を近くの木に当てる。

 コンと乾いた音が響き、ゴブリンたちが一斉にこちらを向く。そして、ギイギイと騒ぎ立てて俺の方に歩いてくる。

 俺はゴブリンたちから見えない所に身を寄せる。

 ゴブリンたちは、俺の目論見通りウサギの死体を発見する。そして、気持ちの悪い笑顔でウサギを拾い、仲間と顔を見合わせて喜びの声をあげている。

 俺はそっと、ナイフを投げる。

 ナイフは俺から一番ちかいゴブリンの首に突き刺さる。血を噴き出してそのまま絶命する。

 二匹のゴブリンは突然の出来事に呆然としている。

 俺はその隙にもう一本投げる。

 今度は胸に命中する。刺さったゴブリンは血を流し、胸を押さえながら倒れこむ。戦闘不能だ。

 残った一匹はようやく事態を把握できたのか、石斧を構えて俺の方を見つめている。

 俺は短剣を抜き出して、木陰から出る。そして、ゴブリンに走りより首を目掛けて横一閃に斬る。ゴブリンは抵抗しようと斧を振るが俺の方が速かった。

 首半ばまで斬られたゴブリンは仰向きに倒れる。

 正直、罠を仕掛けなくても倒せるレベルだった。

 俺は気を取り直し、三匹のゴブリンの亡骸を木陰に運んでいく。

 俺はリュックから拳大の玉を三つ、そして一回り小さい玉を一つ取りだし、魔力を込める。玉は淡い赤色の輝きを放つ。

 俺はそれを確認すると、拳大の方の玉をゴブリンの口から手を突っ込んで、胃の中に押し込む。そして他の二匹にも同じことをする。

 これで準備は整った。

 俺は既に下調べをしていた中心部ではない、幾つもあるクモの巣の一つにこの亡骸を持っていく。

 死体を並べ終わると、適当な木の枝を広い、クモの巣を縦に切り裂いた。

 クモの巣は思ったより粘り気が強く、途中で止まってしまった。

 完全に切り裂くことが目的ではないので、俺は直ぐに近くの木陰に身を隠す。

 暫くして、案の定小クモが五匹ほどやって来た。

 ここのクモたちは知能が低いらしく、不自然に並べられたゴブリンの亡骸になんら不思議に思うことなく、糸で丸めて中心部に向かって運んでいった。

 当然俺はその後をつけていく。

 

 中心部に着いて、俺は事の展開を見守ることしか出来ない。

 クモは餌の山に俺が仕込んだゴブリンの亡骸を積み上げた。

 問題は、いつそれをあの巨大クモが食らうのか。

 俺は赤く発光している小さい方の水晶玉を取り出す。目に魔力込めて見つめると、水晶玉から僅かな魔力線がゴブリンの死体と繋がっているのがわかる。

 閃光玉と同じように爆発玉という冒険者アイテムがある。

 爆発玉にも幾つか種類があって、魔力を込めて、数秒後に爆発するものや、遠隔で自由なタイミングで爆発させることができるものがある。

 今回はこの遠隔タイプを使っている。

 はっきり言ってかなり高価格で、冒険者生涯ほとんど使ったことがない。最後に使ったのは二年くらい前だ。そのときに補充した三つが全て。

 ゴブリンに仕掛けた爆発玉をあの巨大クモの腹の中で爆発させる。威力を考えれば少なくとも致命的な傷を負わせることはできるだろう。

 俺は滴る汗を感じながら待ち続けた。


 クモよりも早く空腹を感じ、携帯食を食べていると、一番上でじっとしていた巨大クモがムクッと動き出した。

 俺はすぐに身構え、動きを観察する。

 巨大クモはのしのしと糸の上を自由自在に動き、餌の山にやって来る。

 俺の中で期待が脹らみ、赤く光った水晶玉を取り出す。

 巨大クモはゴブリンの死体を食べているが、仕込みのゴブリンには触れない。

 すると、他の小さいクモが、餌の周りに集まってきた。

 どうやら、巨大クモが食事を摂ると、他のクモもようやく食べられるわけか。

 しかし、厄介だ。爆発玉が三つあるとは言え、小さい方のクモに食べられるとこの作戦が失敗に終わる。

 俺がそう考えていると、巨大クモが仕込みのゴブリンを食べようとした。しかし、横から小さいクモが現れてそれをかっさらった。

 膨らんだ期待が一気に萎む。

 かっさらったクモは美味しそうにゴブリンの足を食べている。

 すると、巨大クモが横取りされたことに腹を立てたのか、小さいクモの方を見る。そして、大きな鎌のような手でクモもろともゴブリンを掴みあげて、そのまま口に放り込んだ。

 共食い。

 思いがけない展開で、作戦が進んだことは嬉しいが、これは恐怖が煽られるな。背筋が凍るのが感じられる。

 さて、起爆しようか。

 今なら爆発玉の周辺にクモが集まっているから、一網打尽にできるかもしれない。

 俺は手に持った水晶玉に魔力を込める。

 光が強くなったことを確認してクモたちの方を見る。

 一呼吸。

 まず、餌の山にあった、ゴブリンの亡骸二つが大きな爆発を起こす。

 周辺にいた小さいクモたちが面白いように、吹き飛ばされる。

 その最中、地面にしがみついていた巨大クモの背中が膨れ上がり、そのまま背中から轟音とともに血肉を噴き上げた。

 巨大クモはそのまま、足を震わせて地面に崩れ落ちる。その周辺は血肉で赤く染められていた。

 俺は敵の戦力がなくなったことを確認して、階段の方に駆け出した。

 作戦は見事に成功した。

 冒険王はどのようにしてこの階層を攻略したのだろうか。技術の進歩はダンジョンにとっては全くもって迷惑なはなしだろう。

 階段に到達できるまであとわずか、そのとき俺は背中に薄い魔力を感じた。

 明らかに俺に向かっている。

 長年の経験から危機察知能力が養われていたおかげか、俺は無意識で地面にダイブした。

 空中で、頭の上に風を斬る音が通過する。精一杯の横目でクモの糸だとわかる。この太さ、あの巨大クモだ。

 地面に触れると同時に跳ねるように立ち上がり、巨大クモの方に向く。

 小さいクモたちは確実に全滅していた。

 だが、直接腹の中から爆発させた巨大クモは、背中にドでかい穴を空けられてもなお立ち上がっていた。

 生物の常識を覆すのが魔物だ。

 たしか爺さんがそう言ってたっけな。まあ大概の魔物があれで死ぬんだがな。

 俺は巨大クモを見る。

 奴は満身創痍。そして部下はこの場にはいない。この状況、勝てる。

 かといって油断はしない。俺の目標は後ろにある階段にいくことだ。巨大クモを殺す必要はない。

 階段まではあと五メートルほどか。

 途中にクモの糸が三本道を遮っていた。それを避けながら通らなければならない。

 瞬時にそれを行っても、またあの糸を吐き出されたら避ける自信がないな。

 ということは、今一度やつには地面にひれ伏してもらうしかあるまい。


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れられた地下迷宮 黒ラベル @nisanga6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ