今日の良き日に

NES

若い二人の門出を祝して

 あなたが最初に私の所に訪れたのは、春なのに日差しが強くて、汗ばむような陽気の日でした。

 お母さんに抱かれて、すやすやと眠って。目を覚ましたと思ったら、興味ありげにあちこちを見回して。くりくりと動く大きな目が印象的でした。ひょっとして、私のことが見えていたのかもしれませんね。ふふふ、不思議です。


 そういえば、大声で泣いたりはしませんでしたね。強い子に育ちますようにってお願いでしたが、もう十分に強い子でした。手足もしっかりとしていて、ぷくぷくして。いいんですよ、赤ちゃんなんて、太っているぐらいが可愛いんですから。


 お父さんが、慣れないビデオカメラで、あなたの姿を撮影していました。カメラの電源を切り忘れて、カバンの中からずっと空を写してしまっていて。白い雲を背景に、楽しそうな話し声が、いっぱい残されていました。


 みんな、あなたがここにいてくれることを喜んでいましたよ。ええ、もちろん、私もです。



 七五三の時は、綺麗な晴れ着姿でした。あなたの名前にちなんだ、素敵な緑色。あまり無い色ということで、ご両親が探すのに苦労されたそうですよ。それでも、あなたを喜ばせたくて一生懸命でした。


 私の所に来る前に、写真館で記念撮影をしてきたのですよね。その時、撮影のために一人でいるのに我慢できなくなって、涙ぐんでしまいました。泣き顔になってしまったら大変と、口の中に飴玉を押し込まれて。泣き止んだのは良いけれど、写真のほっぺがぷっくりと膨らんでいました。でも、素敵な笑顔でしたよ。


 祝詞の間は静かにしていられましたね。私の所に来ると、あなたはいつも不思議そうな顔をする。やっぱり、見えているんですかね? 私は、ずっとあなたのことを見守っていましたよ。



 夏祭りの度に、あなたは縁日に訪れてくれました。沢山の屋台が並んで、賑やかな祭囃子が鳴り響いて。私も、お祭りは大好きです。


 あなたが特に好きだったのは、チョコバナナでしたよね。いつも真剣な顔で、どれが良いのかなって選んでいる。一番大きくて、一番きれいな一本を見つけて、嬉しそうに笑う。


 お母さんが好きなのが、鮎の塩焼き。あなたもお魚、好きでしたよね。苦かったり、小骨があったりするのに。お母さんと奪いあいながら食べていましたね。とても仲の良い親子でした。


 そういえば、お化け屋敷は、外から見るだけで中には一度も入りませんでしたよね。一度、試してみればよかったのに。それもいい経験になったと思いますよ。大丈夫、私が見守っているんですから、怖いことなんて何もありません。



 お正月には、欠かさず私の所に来てくれました。家族そろって参道の長い列に並んで、寒い寒いって言いながら。


 いか焼きを買って、食べながらということもありました。お母さんだけを列に残して、出店を見て回って。お母さん、ちょっと怒っていましたよ。お父さんももっとしっかりしてくれないと。


 お賽銭を投げて、熱心に願うあなた。いつも穏やかで、優しい願いばかりでした。もっとわがままでもいいんですよ?


 毎年おみくじを引いて、喜んでくれましたよね。ほとんど大吉だったと記憶しています。私は何もしていませんよ。あなた自身の運勢です。すごいですね。私もとてもうれしいです。



 しばらくの間、あなたが訪れない時期がありました。それでも、私はここにいます。ここで、色々な人たちを見ています。


 お神輿を担ぐ人たち、神楽を舞う人たち。絵馬を書く人たち、願をかける人たち。

 色んな人たちが、私の所を訪れます。


 私は一人のためにいるのではありません。ここを訪れる、沢山の人たちのために、ここにいます。

 それでも、私はあなたのことを忘れたことはありません。訪れてくれるみなさん、一人一人が、私にとってかけがえのない、大切な人たちなのです。



 そして、今日。


 久しぶりに、あなたは私の所を訪れてくれました。幸せそうな笑顔で、とても安心しました。あなたと一緒にいる人が、きっとあなたにその笑顔をくれたのですね。

 希望に満ちたあなたの姿を見て、私はほっとしました。よかった。もしあなたに何かがあったなら、あなたが悲しんでいたなら。私はとてもつらかったことでしょう。


 あなたが、あなたの未来を創る場所として、私の所を選んでくれたことを。

 私は、とても感謝しています。



 あなたは、私の所で夫婦の契りを結びました。あなたと、あなたの伴侶に、幸多からんことを。どうか、お幸せに。



 もしあなたに子供ができたなら、また、私の所に連れてきてくれますか? あなたの子供を、私は見てみたい。きっと、あなたと同じように強い子なのだろうと思います。


 是非、この街に帰ってきてください。私のいる、この街へ。

 あなたと、あなたの家族を、どうか、私に見守らせてください。


 私はここにいます。ずっと、ここに。

 あなたの思い出とともに、ずっと。

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