第35話 猫の手が欲しい。ホントに猫が来ても困るけど。

 とにかく村で何かが起こったらしい。事情は走りながらでも聞けるので、すぐさま村へと向かうことにした。

 さしあたっての問題はオレがまだ走れるほどに回復していないことだが、こんな時にオレの修行にこだわっている場合ではない。

 ジンはオレを担ぎ上げると即座に出発した。


「それでトワ、何があった?」

「それが、今日の昼間フォレストウルフが村に入りこんだみたいなの」


 村には害獣が容易に入って来ないよう柵などが備えてある。しかし、当然ながらそれで全てを防ぐことなど出来はしない。

 今までにもそういうことはあった。


「ちっ、やっぱジローまでいないのがタイミングが悪かったな。それで、被害が出たのか?何匹くらい入り込んだ?」


 ユルグの村には戦える人間はそう多くない。周囲に危険な生き物が少ないことも関係してるが、戦えるのはジンとトワを除けば、ジローと魔法の素養のあるマリーさん、あとは戦闘経験などほとんどない大人ぐらいのものだ。入り込んだ数によっては怪我人も出るかもしれない。


「……それが、20匹はいたんじゃないかって……」

「なんだと!?」


 多すぎる。

 怪我人どころか下手をすれば死人も出かねない。


「みんなは?」

「マリーさんもいたから誰も死んだりはしてないけど、それでもやっぱり怪我をした人が何人もいるって……」


 確かにマリーさんは魔法を使える。だが、マリーさんが得意なのは人を癒す回復魔法や守るための結界魔法だ。攻撃のための魔法はそれほどでもない。

 それでもフォレストウルフの一匹や二匹なら問題ないが、20匹ともなればマリーさん一人ではどうにもならなかっただろう。死者が出なかったことが奇跡に近い。


「とにかく、村へ急ぐぞ」

「うん」


 そして二人は走る速度を上げた。




 その後、オレが走るよりも何倍も速く村へと辿り着くとジン達はすぐさま村長のもとへ向かった。

 途中村の様子を見たが、思っていたよりも被害は少ないようで安心した。多少畑が荒らされたり家畜が襲われたくらいのようだ。


「村長!」

「おお、ジン!よく戻ってきてくれた。感謝する」

「そんなのはいい。簡単な事情はトワから聞いた。詳しい被害を知りたい」

「わかった。ワシの家へ行こう。そこで説明する」


 挨拶もそこそこに、二人はそのまま村長宅へと向かおうとする。だが、


「ジン、ちょっと待て!」

「!?どうした。何かあったのか?」


 オレは声を荒げて二人を止める。このまま行かせる訳にはいかない。何故なら、


「いいかげん、降ろしてくれ」


 ずっと荷物扱いされてるのを見られて恥ずかしいからだ。




「じゃあ重傷者もいないんだな?」


 村長のその報告にオレ達は安堵の息を漏らす。


「ああ、不幸中の幸いだな。怪我を負った者はおるが後遺症などの心配はない。マリーもおったしの」


 マリーさんはトワの回復魔法の先生なだけあり、その腕前は一級品だ。若かりし頃は(今も十分若いが)修道女だったらしく、修行時代には奉仕の旅をして行く先々で回復魔法での治療を行っていたそうだ。その旅の途中にジローと出会い恋に落ちたらしいが、他人の恋話コイバナなんか聞いてもうんざりするだけなのでその辺りは割愛する。

 とにかく、マリーさんのおかげで死者どころか大きな傷を残す者も出さずにすんだようだ。ジンもトワもほっとしていた。

 そうなると焦点は次に移る。フォレストウルフをどうするか、だ。正直この件はこれで終わりとは思えなかった。


「なあジン。これってもしかして、ギルドでエルさんが言ってたやつじゃ?」

「まあ、その可能性は高いな」

「なんの話だ?ギルドで何か聞いたのか?」


 事情を知らない村長に説明する。


「むぅ、そのようなことになっておったとは。しかし、フォレストウルフがそうも人里に下りるとは考えづらいのぅ……」


 そう。実はフォレストウルフはそこまで凶暴な生き物ではない。むしろ臆病ですらある。それは常に複数で動くことからも窺える。

 だからこそ彼らは迂闊に別の生き物の縄張りへ踏み行ったりしない。狩りをしても狙うのは主に兎や鳥などの小動物ばかりで、進んで人間を襲うことなどほとんどなかった。


「ギルドでは何かしら原因は特定出来ておらんかったのか?」

「調査地域が広すぎて進んでないんだろう。だからこそ俺たちも頼まれた訳だからな」

「では……」

「ああ、早速明日調査に行ってみようと思う」

「……すまんの。いつもお前たちにばかり負担を強いてしまって」


 突然、村長がそう言って頭を下げた。本来ならば村民皆で協力して事に当たるべきなのに、と。

 今回の襲撃で村の男の大半は怪我を負ってしまった。魔法で怪我は癒せても消耗した体力までは戻らない。そもそもこの世界の回復魔法は体内の魔素を活性化させて回復力を高めるというものだ。術者がMPを使ってポンとお手軽に回復するようなゲームとは違う。即座に完治とはいかないのである。

 つまり、今回調査するべき森は広大であり、手伝ってくれるならば猫の手も借りたいところだが、その猫の手が全くないのが現状ということだ。


「気にしないでくれ村長。もともとのんびり調べる予定だったのがちょっと急ぎに変わっただけだ。村を守るためにも人手はいるし、こっちは俺たちだけで大丈夫だから」


 だが、ジンは何でもないと言うようにそう返した。事実、こんなのはタイミングが悪かっただけで、誰かが罪悪感を感じることでもない。幸い取り返しのつかない状況には至ってないのだから尚更だ。

 さて、それとは別にちょっと気になったことがあった。


「なあジン。"俺たち"ってのは?」

「決まってるだろう。俺とお前だ」


 そう言って自分とオレの顔を交互に指差す。

 ……マジかよ。


「え?二人?……トワは?」

「トワは村の守りで残ってもらう。狼たちもまた来るかもしれないからな。当然だろ」

「さ、さすがに二人であの広大な森を調べるのはキツくないか?」

「他に人員がいないんだからしょうがないだろう。なんならイチが村に残るか?三十匹くらい来ても余裕だってんなら喜んで任せるぞ?」


 無理です。


「大丈夫だって。元々お前一人に任せる予定だったんだから。むしろ俺が手伝うことになってラッキーじゃねぇか喜べよ」

「え、待って、何それ聞いてない」

「言ってねぇから」

「……」


 元々は急ぎの依頼ではなかったので、訓練も兼ねてオレ一人に全てやらせようとしてたということか。

 何で言わねぇの?嫌がらせ?そりゃ受けたのはオレだけど、これってパーティーに対する依頼じゃねえの?

 トワに目を向けるとさっと目を逸らされた。あ、これ知ってたやつだ。ダメなサプライズ予定だったやつだわ。

 経験上こうなるとオレに拒否権はない。だがここで諦める訳にはいかない。あんな広い森を二人で、しかも短時間で調べるなんて無理ゲーだって。せめてもう少し人手が欲しい!足掻け!ゴネろ!みっともなくていい!妥協点を引き出すんだ!


「オ、オレまだ回復しきってないから、明日すぐってのはちょっと……」

「……はぁ、わかった。そこまで言うなら調査は俺の方でなんとかしよう」

「え!?」


 マジで?いいの?やった!言ってみるもんだな。


「そのかわり」

「ん?」

「帰ってきたら一度組手してみようか。どうにもお前はすぐに弱音を吐く癖があるみたいだからな。本気でその根性を叩き直したくなった。なあに、マリーさんやトワがいるんだ。首が落ちたりでもしない限り致命的にはならないから安心しろって」

「すんません!生意気ナマ言いました!明日の調査同行致します!いえ、どうか連 れ て 行 っ て 下 さ い !!」


 命の危機を感じとったオレはその場に土下座を決めていた。華麗なる手のひら返し。それしかオレに生き残る術はなかった。

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Doubt!《ダウト》 けすんけ @kensuke0712

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