第34話 行きはよいよい帰りは辛い

「はあっ、はあっ、はあっ……」

「どうした~?もうへばったか~?そんなんじゃ日が暮れちまうぞ~」

「イチ大丈夫?少し休憩する?その間はわたしがおんぶするし」

「トワやめろ。お前はイチに甘すぎる。それだと訓練にならんだろうが」

「だけど……」

「はあっ、はあっ……ぅぇ」


 街道から外れた森の中、懸命に走るオレとその少し先を余裕で駆ける兄妹がいた。

 アインは頭の上で器用にへばりついて眠っている。こいつ、頭に乗るのがどんどんうまくなってるな。

 街を出てからおよそ二時間。かれこれ走りっぱなしなのだが、何故こんなことになったのか。




「……すまん。もう一回言ってくれ」

「だから、帰りは馬車を使わない。走って帰るぞ」


 ……ざけんな。

 馬車で3、4日かかる道程を走って帰る?どうしてそんなことをするのかわからない。


「走った方が速いからだ」

「……」


 うん、ちょっと待とうか。

 いや、言いたいことはわからんでもない。オレもいろんなマンガを読んできて、こいつら飛行機に乗るよりも自分で飛んで移動した方が絶対速いよな。そう思ったことは何度もある。つまりはそういうことだろう。


 だが、あれはマンガだ。いくらこの世界がファンタジーだとしても全てが同じようにいくはずがない。

 確かに強化すれば馬よりも速く走れるだろう。オレですらその自信がある。しかしそんなのは短距離の話だ。人間と馬ではスタミナに差がある。多少先行できたとしても結局は馬に追い抜かれるのがオチだろう。

 つまり、この話は無理だ。QED証明完了


 だからねトワさんや、先ほどから視界の端でそんなやる気満々に準備運動するのはやめてください。

 この子はおとなしそうな顔をしてるくせに、なんだってこんなにも体を動かすのが好きなのだろうか。

 ……あんな重そうなの二つもぶら下げてるのに。


「イチ、今すぐその目を潰されるのと何も聞かずに走るの……どっちがいい?」

「さあ行くぞ!いや~、ちょうど体を動かしたいと思ってたんだよな~。あっはっは!」

「……お前って時々アホになるよな」

「……」


 脅しといてそれは酷くないっすかねぇ!?それに時々じゃなくて、いつもこんなもんですよオレは。


 そうして走りだしたわけだが、そこですぐに『走った方が速いから』の理由わけがわかった。

 ユルグの村から来るとき、オレ達は馬車に乗り街道を進んで街へと到着した。だが街道というのは多くの人が通る、言ってしまえば整備された道だ。その多くは安全を考えてひらかれている。

 つまり、ではなく、帰ろうと、ジンはそう言っていたのだ。




「ぜえっ、ぜえっ……」


 そして冒頭へと続く。

 一応はオレの速さとスタミナを考えたペースで走ってくれているようなのだが、普段は人の通らない獣道、いや道ですらないような道を走るのは本当に辛い。せめて平坦であればまだしも、比喩ではなく山あり谷あり獣あり。アイアンマンレースと呼ばれるトライアスロンでさえここまでキツくはないのではと思える。


 山?村に着くまでにあと三つは越えるんじゃないですかね。ちくしょう。

 谷?20メートル超の命懸けの幅跳びとかやったことあります?……オレはあるよ。

 獣?これはトワが全部(襲ってきたやつだけ)気絶させた。申し訳ない。縄張りに入ったのはこちらだろうに。


 そして地味にキツいのが崖である。

 登りはまだいい。道具なし、命綱なしのフリーソロをやるだけだ。強化してれば何とかなる。

 問題は降りだ。いや、あれは降りなんて優しいものじゃない。身投げだ。

 先ほども一度、



「おっと、ここはイチじゃまだ危ないな」

「はっ、はっ……へっ?」


 そう言うとジンはまるで荷物のようにオレを小脇に抱え、そのまま空中へと踊り出た。


「のわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「気をつけろよ~。あんまり口開けてると着地の時に舌噛むぞ」

「~~~~~~~~~!!」



 なんてことがあった。

 オレもこの世界に来て強化を使えるようになってから随分と無茶も出来るようになったが、あんな高さから飛んだことは流石にない。死ぬかと思った。平気な顔で飛べるあの兄妹がおかしい。絶対に。間違いない。





 日も傾き辺りを赤く染め始めた頃、本日何度目かの休憩に入った。

 現在地としてはもうユルグの村から目と鼻の先、体調が万全であればあと一時間とかからずにたどり着ける距離だ。


「――ッ、――、――……」


 万全であれば、な。

 途中何度か休憩したが、流石に走りづめでは体力も限界だった。呼吸もままならないし、足は勝手につって痛いし、全身の筋肉も悲鳴をあげている。

 正直ここまで疲労を感じたのは『先手必勝』の反動以来だ。隣でアインが心配そうにこちらを見ていた。


「お~い、イチ大丈夫か?」

「――、――!」

「いい、わかった。無理にしゃべるな。とにかく呼吸を整えてろ」


 お言葉に甘えて体を休めることに専念する。

 数分か、数十分か。ようやく体が落ち着き始めた頃に、ジンがお椀を差し出してきた。見れば中には緑色のスープが注がれている。


「これは?」

「ヒール草を煮出したものだ。味はお察しだが、回復を早めてくれる」


 そう言って渡されたスープに口をつける。確かに苦い。が、飲めないほどでもなかった。


「意外と普通だな」

「そりゃ、ちゃんと調理したからな。そのままじゃ泥臭くて飲めたもんじゃない」

「……」

「どうした?」

「いや、お前、料理もできたんだな」


 素直に驚いた。今までジンが料理している姿など見たことがなかったからだ。


「はっ。こんなもん料理と言うほど高尚なものじゃない。煮込んで味を調えるくらい誰でも出来る」


 ジンはそう言って鼻で笑うが、それでもやはりすごいと思った。少なくとも自分には自信がない。そもそも料理など経験がないし、味を調えるにも、甘ければ塩を、辛ければ砂糖と単純に考えてしまう。何が正解かは知らないが、多分それは違うだろうことだけはわかる。


「それでも、すげぇよ」


 だから、素直にそう言った。


「そんなに褒めてもおかわりしか出ないぞ」


 口ではああ言っていたが、嬉しくないわけではないのだろう。ジンが照れ隠しのようにそう言う。が、


「いや、おかわりはいいや」

「おい!?」


 それでも苦いものは苦い。おかわりは遠慮しておいた。


「そういやトワは?」

「マイペースだな。トワなら一足先に村に向かってもらった。村長たちに帰ってきたことを伝えなきゃならんし、夕飯の準備もしといてもらおうと思ってな。お前もこんなのを夕食にしたくはないだろ?」


 そう説明するジン。おかわりを断ったのが気に障ったのか "こんなの" を強調していたが、下手に触れば藪蛇なのでそこはスルーする。

 先ほどまではまだ赤かった空も今はもう暗い。どうやら逢魔が刻も通りすぎたようだ。ところでこちらにも逢魔が刻のような言葉はあるのだろうか?ファンタジーの世界であれば当然のようにあるような気もするし、逆にそれが普通だからとそんな言葉は存在しないかもしれない。

 どうでもいいかと鼻で笑う。


「急に笑うなよ、気持ち悪ぃ」

「すまんすまん。拗ねてるジンがおかしくてな」


 嘘じゃない。


「ああそうかい。たく、俺も料理でも習おうかね。いつかお前の舌を唸らせてやるよ」

「そいつは楽しみだな」

「そん時にはおかわりは出さねぇがな」

「ひどい!?」

「自業自得だろが!」


 そんな無駄話で笑いあう。

 冗談めかして言っていたが、ジンなら料理もすぐに覚えるだろう。奴の多才っぷりは半端じゃないからな。本人は器用貧乏などと言っているが、どんなことでも高水準でこなせるようになるは間違っても貧乏などではない。


 天才、と言うのだ。


 本人は絶対に認めないだろう。だが、オレの中の基準ではジンという男は間違いなく天才と呼ぶにふさわしい人間であった。


(一応は文月も天才なんだけどなぁ)


 そんな形容詞を思ったからか、つられるように身近にいた天才美少女を思い出したが、同時に彼女の場合頭に"残念"が付くことも思い出し、やっぱりなんとなく残念な気分になった。

 樹雷も含め、今頃どこでどうしてることやら。まさか死んだりはしてないだろうが。


 そんなことを考えていた時だった。


「兄さん!!」

「ん?どうしたトワ。村で待ってるはずじゃ――」

「村が!!」


 突如戻ってきたトワが珍しく息を弾ませ、普段聞かない切羽つまった声音で異常を伝えてきたのだった。

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