長良川鉄道郡上八幡駅

 夕闇の中、郡上八幡駅の上り線車内で、俺は長良川鉄道の発車を待っていた。

 旧友はもういない。20年前に死んだ。

 地元の悪友と大酒を飲んで、冗談半分に学校橋から飛び込んだらしい。

 夕べのツイートは、こいつの名前でそのときのツレが書き込んだ追悼文だった。


 旧町役場に自転車を返して学校橋に戻ってみると、じりじりと灼ける西の空に長良川沿いの山脈が影となって連なっていた。

 夏の名残のヒグラシが鳴くのに交じって、旧友は耳元で囁いた。

「やっぱできんかよ」

「中学生のとき先生に言われたやろ、知らん川に飛び込むなって」

 小駄良川でしか泳いだことがなかった俺を、旧友は鼻で笑った。

 あのときのように。

「あの子の身体、父親につけられた傷があった……意味分かるな?」

 俺が答えずにいると、種明かしは続いた。

「あれが最後の夜やった……借金かさんどったんやと」

 確かバブルが崩壊した頃だったはずだ。

 そんな20年も前のことなど考えたくなかった俺は、言ってやった。

「お盆すぎて飛び込むたあけがおるか」

 橋の下には、吉田川の黒滔滔たる淵が渦巻いている……。


 高校3年の徹夜踊りの夜だった。

 宗祇水の坂を憔悴しきった表情で登ってきた彼女の泣き出しそうな顔に、俺は声をかけることもできなかった。

 その直後に河原で出くわした旧友は、耳元で囁いた。

「とろくせえ」

 その嘲笑が気になって、教わった家に次の日行ってみた。

 誰も住んでいなかった。


 ……踊り納めも、昨日終わっている。

 今から帰れば、明日の朝には出勤できるだろう。

 そう思った時、発車のベルが鳴った。

 ごとんごとんと動き出すディーゼル車の音に混じって、耳元で囁く声がある。

「次は、いつ来るんや」

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