第13話 泥臭い俺らの世界を

 王城と比べると見劣りはするが、学校の建物はかなり巨大だ。建物だけでなく、校庭も桁違いに土地を使っている。

 ユウトとしては運が悪く、一番初めの授業は決闘形式のものだった。


 担当する教員がランダムで生徒を選び、他の生徒のギャラリーの前で決闘をお披露目するらしい。ランダムなので、誰と当たるかも、いつ自分の出番なのかもわからない。


 ユウトとルチアを合わせて十人の生徒が校庭の真ん中にまばらに集まっている前で、教員が概要を説明していた。


「じゃあ早速二人選んでいきたいと思いまーす」


 担当の教員は大体の概要を説明し終わると、暢気な声でそう言う。声だけでなく、見た目も暢気な感じがする。

 きのこのように広がった黒い髪。大きくて丸い目。男にしてはかなり小さい背丈。個性的な見た目の教員である。


「思ったんだけど、この授業受けてる生徒少なくないか?」


 ユウトは周りの生徒たちを見て、ルチアにそう囁いた。


「まあね。この授業実践系が多いし、結構危ないことやるから受ける人あんまりいないの」


 ユウトの隣で、ルチアは涼しい顔で答えた。


「ますます緊張してきたんだけど。つーかなんであんたはこんな授業受けてんだよ。あぶねーんだろ」


「別に特に理由なんてないけど。人が少ないから受けただけ」


 人が少ないから受けたということは、大人数だと彼女にとってなにか都合が悪いのだろうか。ユウトは少し気になった。


「そもそもよぉ、全部大教室でやるって言ってたのに外じゃねぇかこれ」


「この授業は例外ってだけ。文句言わないで黙ってたら?」


 ルチアが横目で睨んできたので、ユウトは仕方なく口を閉じた。

 担当の、きのこのような教師が品定めをするかのような視線で十人の生徒を見ている。誰を選ぶのだろうか。


 ここで誰と当たるかはユウトにとってはかなり重要なことだった。ルチアでない生徒の対戦者に選ばれれば最後、死ぬ可能性すらある。対戦する生徒はまさか完全素人を相手にしているとは思わず、全力を出してくるかもしれないのだ。いや、確実にそうなると言っていい。


 ルチアと当たれば、死ぬ危険性はほぼないと言える。なぜなら、人質がこんなところで死んではまずいので手加減することは間違いないからだ。


 周りの生徒たちも緊迫した雰囲気を出している。ユウトほどではないが、かなり緊張しているのだろう。


「決まりました。あなたとあなた」


 そういいながら、きのこ頭は両手でそれぞれ生徒を指差した。

 ユウトは必死にきのこ頭の指す方向を目で追った。自分自身が指名されていないことは確実だが、安心はできないのだ。ルチアが選ばれてしまえば、その時点でユウトの人生は終わりなのだから。


「……ちょ、まじかよ……」


 ユウトは目の前で起こった最悪の事態に、つい声が漏れてしまった。いつもは独り言を故意に発しているが、今回に限っては無意識のうちに声が漏れてしまった。


 ルチアが選ばれてしまったのだ。しかも初戦から。

 ルチアと当たる可能性がなくなってしまったユウトにとっては、どの相手と対戦することになろうがもうそれほど違いはない。どのみち無事には終われないことだろう。


 ユウトは次の試合から、いつ自分が選ばれるのかと緊張しながら待つのだ。それも殆ど生きた心地のしないまま。


——もうだめだ。おれの十六年間の人生はここで幕をおろすかもしれねぇ。せめて最後に前世の運命の人の試合をしっかり見て終わろう。


 ルチアの模擬戦を見て人生を終える。それが幸いと言わずしてなんという。道端で犬死するよりは幾分かマシだ、とユウトは自分に言い聞かせた。

 決闘形式のこの授業においては、安全装置のようなものが発動しているとは言え、さきほどのきのこの話だと死ぬこともあり得そうな具合だった。魔法を操れない場合は死を覚悟しとくくらいが丁度いいと思えるほどの欠陥があるのだ。


 ルチアの対戦相手は、ブリアくらいの高身長で、痩せ型の男子生徒だ。青い長髪で片目が隠れている。どことなく暗い雰囲気を纏っている。


「では、二人は前に出てきてくださーい」


 きのこ頭がそう言うと、細長い男子生徒とルチアはギャラリーの前に出てきて、対峙する形になった。


「ではまず二人とも自己紹介してください。この授業は結構人減ったし、顔見知りが多いと思うんだけど、案外自己紹介し合ったりしたことないですからね」


——へぇ、こんだけしかいないのにみんなお互いの名前とかしらねぇのか。なんかよくわかんねぇな、学校て。


 どちらが先に自己紹介をするかと、ルチアと相手の男子生徒は目を合わせてお互いの様子を伺っていたが、痺れを切らしたのかルチアが先手で口を開いた。


「ルチア・ユーク・ルリアムです。お手合わせ願います」


 丁寧な言葉遣いに重々しい口調。ユウトと会話している時と比べると別人のようである。とはいえ、貴族らしい振る舞いの時の方は素の彼女ではなさそうだが。


 ルチアが名乗った途端、他の生徒達がざわつき始めた。名前を聞くまで彼女がルリアム国の姫だという確信が得られなかったのだろう。

 名乗るだけで周りがこんな反応をするのでは、毎日窮屈で仕方なさそうだ、とユウトは思った。

 このような反応が確実に返ってくるので、少人数の授業を進んで選ぶのだろう。大人数から大袈裟な反応を受けるよりはましであるという考えだ。


「ガロナ・ネル・ベデーナ」


 素っ気ない口調で男子生徒は名乗る。


「剣術を使ってもよし、魔術を使ってもよし。では、始めてください」


 剣は、授業用のものが用意されている。授業用と言っても真剣となんら変わらないのだが。

 授業用の剣は二人の足元に無造作に落ちている。それを拾うか拾わないかは個人の自由という事らしい。


 ルチアもガロナも、自らの足元に放られている剣を手に取った。双方とも剣術を駆使して戦いを展開するつもりらしい。

 両手で剣を握りしめる二人の睨み合いが、数秒続いた。こういう状況での数秒というのは、いつもに増して長く感じる。

 先にしびれを切らしたのは、先ほどと同じくやはりルチアの方だった。


 ルチアは軽い足取りですぐさまガロナとの間合いを詰める。剣一本分の間合いまで縮まった。


「はええ……」


 貴族というのはこんなにも武術を会得しているものなのか、とユウトは驚いていた。それに、ルチアは女の子なのにもかかわらず、強靭な脚力と見える。


 間合いを詰めたルチアだが、すぐに攻撃を打つわけではないようだ。ガロナの出方を伺っている。馬鹿正直に攻撃を放っても、反撃を食らってしまう事をわかっているのだろう。

 先に攻撃を仕掛けたのはガロナだった。


 ユウトのような完全素人目からだと、殆ど太刀筋が見えない。マセーヌにはさすがに及ばないが、それでもかなり早い。貴族の受けている教育の高度さがうかがえる。


 しかし、腹を目掛けたその中段斬りは、ルチアの剣捌きによってあっさりと受け流されてしまった。

 受け流すだけでなく、上に弾かれて、反動を食らったことにより隙だらけになったガロナを、ルチアは容赦なく斬った。

 斬られても、事前にきのこ頭が生徒全員に魔法の鎧を着せたので、直接的な害はないようだが。ちなみに鎧は透明なので不可視なようだ。


——でも、心配なんだよな……。


 ユウトが心配しているのは、まさにその魔法でできた鎧のことだった。この魔法の鎧という名の安全装置には欠陥と言わざるを得ない欠点がある。


 物理攻撃を受けてその鎧が破壊される事はないのとのことだが、魔法攻撃だとまれに破壊されてしまう事があるらしいのだ。破壊されてしまえば、攻撃をもろにくらうことになる。つまり、最悪の場合死に至るということだ。

 そうならないように、念のため魔法に対しての受け身を取る必要があるときのこ頭は言っていたが、ユウトはなんのことだかさっぱりわからなかった。


 魔法の受け身はみんな知ってるから大丈夫だと思う、などと言ってきのこ頭がその説明を端折ったので、もしユウトが魔法攻撃を受けることになればその瞬間人生の危機だ。必ず鎧が破壊されるわけではないとは言え、受け身が取れない場合は危険性が跳ね上がってしまうという。

 ユウトはすでに諦めに近い感情を抱き始めていた。


——まあ、そうなったらそうなったでもういいか……。王族に捕まってる時点で死んだようななもんだしな。いつ帰れるのかもわからねぇし。つーか、帰れねぇかもしれねぇし。


 鎧の加護により、ルチアの攻撃によるガロナへの外傷は全くないようだった。


「今の。実戦だったらかなり危ない傷になってますよ!!」


 きのこ頭が声を張り上げる。確かに今の攻撃をもろに食らえば、戦闘不能になりうる。


「あと一撃でも入ったらガロナくんの負けですよ!」


 この試合は実戦を想定した決闘形式のものなので、実戦であれば戦闘不能であろうと判断された時点で負けなのだ。そのさじ加減はきのこ頭にかかっている。


「皇族に負けるかよ……」


 ガロナがぼそりと呟くのがユウトの耳にも届いていた。なにか皇族に恨みでもあるのだろうか。いや、というよりは平民が貴族に抱く劣等感に似たものだろう。


「食らえ」


 ルチアの足元の土が突然高く舞い上がった。ルチアの身長よりも高く、そして粉々に舞い上がるものなので、視界が塞がってしまった。ガロナの魔法だ。

 すかさずガロナはルチアの後ろに回り込み、剣を振るった。


——魔法ってあんな使い方もあるのか。


 ユウトは感心した。戦いというのは頭を使うものなのだと実感した瞬間だった。


 ガロナの攻撃はルチアの背中を切り裂く事なくぴたりと止まった。自らその手を止めたわけではあるまい。なにが起きたというのか。


「くそ……。対象を視界に捉えなくても止めれんのかよ……。くそ皇女が……」


「ルチアさんすごいです!! 後ろを振り向かずに止めるなんて!!」


 きのこ頭が大絶賛しているが、ユウトにはどういうことなのかわからなかった。


 動きを止める魔法は、対象を目視していなければ発動しないと思い込んでいたが、そうではなかっということなのだろうか。というよりは、視界に対象が入っていないままその魔法を発動することは高度な技術であるため、出来ないとガロナは踏んだが、ルチアにはそれが出来てしまったというところだろう。


 ここにいるのは洗練された生徒達だ。もし魔法が発動するとわかっていたらなにかしらの対処は出来ていたはずだ。それが魔法の受け身というやつなのだろう。しかし、逆を言えば察知していなかった魔法に対しては受け身が取れないのだ。


「くそ……。受け身を取ってれば動きを封じられることなんて……」


 ルチアは口を閉ざしたまま斬撃をガロナの身体に決めた。直後、ガロナの身体は自由になった。


「勝者、ルチア・ユーク・ルリアム!」


 きのこ頭が叫ぶと、まばらに拍手の音が響く。ユウトも真似するように手を叩いた。

 拍手をしているものの、生徒達はつまらなそうな顔をしている。


「なんだよ、姫が勝ったのかよ」


「興ざめだわ」


「俺らよりどうせいい教育とか受けてんだろ」


 醜い僻みの声がひそひそと聞こえた。


——たく、貴族のお前らも十分いい教育受けてるくせに、僻むとかみっともねぇな。


 口には出さなかったが、ユウトは心底呆れていた。


「気にくわねぇ態度してんな。皇族だからってあんまり調子乗るなよ」


 ガロナがルチアを睨みつける。

 ルチアは表情を変えないまま答えた。


「そういうつもりはありません。みなさんと同じように授業に取り組んでいるつもりです」


 ルチアの言葉を無視して、ガロナは元の場所に戻った。同じようにルチアもユウトの隣に戻った。


「気にすんなよ、あんな根暗野郎の言葉」


 ユウトは小声で言った。


「別に。あんなのいつものことだし。姫ってだけでいつもああだから」


 ルチアは小声でそう返す。

 既にもう諦めているような口振りだ。自分は皇族だからどうやっても他の人間と同じ扱いはされないと。

 事実そうなのかもしれないが、諦めてしまっているルチアを見ていると、ユウトは煮え切らない気分になった。なんとかならないものか、と考えてしまう。


「なんでもかんでも諦めたような口調で話すなよな……」


「……」


 ルチアは言葉を返さなかった。きっと、自分でもそうしたくはないのだ。しかし、現実は自分の望みどおりにはいかず、結果として何事も諦めるという選択肢に落ち着いてしまったのだろう。


「俺は諦めるっていう選択肢をあんたからなくすつもりだけどな」


「……」


「だってよぉ。俺はルチア、あんたに人生かけるんだぜ? そんくらいするさ。確かにあんたら皇族は気にくわねぇよ。勝手に人質にされたんだからな」


「……」


「でもあんたは別だ。なんでかわからねぇけど、姫さんのためなら命すら投げだせそうだ」


 言葉を返さないルチアに、ユウトは小声でそう語った。

 ルチアが少し笑った気がした。きっと、気のせいではない。ユウトの言葉で心が和らいだのだ。

 皇族という枠に組み込まれ、ルールや仕来りに縛られ、諦めることを強いられ、周囲から敬遠される。それらすべてはルチアという少女の意思とはなんら関係のないことだ。


——全部ぶち壊して、この子を自由にしてやりてぇなぁ。泥臭くて自由な俺らの世界を見せてやりてぇ。待ってろよ……。


「さてさて、次はぁーー」


 無駄な時間は要らないと言わんばかりの切り替えの早さで、きのこ頭は次の対戦を発表しようとしている。


「あなたとあなたです」


 きのこ頭の指が、ユウトには自分の心臓を貫いたかのように見えた。ついに運命の時が来てしまったのである。

 ユウトの対戦相手は、小柄な少女のようだ。

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聖剣は要らねぇからスコップで 神楽 つむぐ @rryhy

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