第4話
夕方のことである。
私とミチルはクラシックな喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「うん、美味しい、コーヒーね」
私がコーヒーに口をつけた瞬間である。突然、誰も居ないテーブルの上に置いてある携帯電話が鳴りだす。店員らしき人が近寄り手に持ったとたん音声メッセージが流れる。
『闇人確認、位置情報をハイゼ様に送信』
しまった、魔女のトラップだ。携帯電話をばら撒いて居場所を探す方法か。
「ミチル!帰るよ」
「え?まだ、コーヒー飲んでないよ」
魔女め、わざわざ、聞こえる様にセットして……待てよ……。本当に私達の場所が分かるなら聞こえる様にするだろうか?これは、本当は急いで帰る人を街で見張っていると考える方が正しいはずだ。
「あぁ、そうだな、ゆっくりとしていくか」
「もう、葉月は……」
メッセージが流れ終わると店員は携帯電話を片付ける。
―――
失敗か……。
ハイゼは駅の上から街を見渡していた。
普通なら慌てるところを冷静に判断したか。
これは強敵のようです。
ミチルは最近明るく振る舞っているが、何か違和感を感じる。おそらく紅はミチルを飲み込もうとしている。それからミチルは私の見せた闇の蝶を真似て自分で作り出しているようだ。その蝶はミチルにとって私、以外の友達のようだ。
一人で蝶と戯れる姿を何度か見かけた。やはりミチルは人とは違う特別な人、もしかしたら私のせいかもしれない。少し闇の妖術を見せすぎたのかもしれない。
私はと言うと最近、鏡を見る機会が増えた。今の姿は妖艶な衣姿……見た目は二十歳前後の顔立ち。私は何年経ってもこの姿で止まっている。血族はその個体に合った年齢の姿で何年も過ごし、その姿で死んでいく。私はこの姿まま死んで行くのだ。しかし、人とは流れる時間が違う。いずれはミチルとも別れの日が来るだろう。
それでも私は……少し、ミチルに頼り過ぎか。今日は三日月、星の方が綺麗だ。でも、闇の妖術で作った水面には星は映らない。やはり、満月が私は好きだ。
最近、体が消える感覚が多い。まるで闇に私の存在が消えるような感覚だ。血族として寿命が来ているのかもしれない。気がかりなのはやはりミチル……早く魔女と何らかの話しを付けねば。
私は先日の喫茶店でのことを思い出した。あの携帯電話がトラップならそれを見張る場所が必要なはず。このあたりで街を一望できる場所を探してと駅の屋根の上だった。私は少しここで、はってみることにした。しばらくすると、顔の整った青年が現れる。
「お前が魔女の手先か?」
「血族か……驚いた、何故、エサなしで私に会える?」
「もちろん、魔女に会わせてもらえるのだろうな」
「よろしいでしょう。このハイゼ責任を持ってお嬢様に案内します」
こうして魔女との面会が実現した。
青年に案内されたのは小さな洋館だった。そして中に入るとピアノの音が聞こえてくる。妖術ではなく本物のピアノだ。
「ハイゼ、お客様を連れてきたのね」
ピアノが止まり少女の声が聞こえる。その声は美しく聞こえた。
「はい、お嬢様」
奥の部屋からゴスロリの少女が現れ、愛想良く挨拶をする。
「ハイゼ、お茶を入れて下さらない」
「かしこまりました」
この少女が魔女……血族なら年齢不明か。
「まだ、自己紹介がまだでしたね。私は『ラピス・ラースト』」
「私は葉月だ、ラピス・ラーストさん」
「あらラピスと呼んで下さらない」
「わかった、ラピスさん」
「お嬢様、お茶の準備ができました」
「ありがとう、さ、お茶でも飲みながらゆっくりと話しをしましょう」
ここは素直に魔女の誘いに乗るか。否な、罠かもしれない。すると奥から闇の蝶がヒラヒラと現れる。ミチルの蝶だ、やはり魔女の居場所を知っていたか。
「あら、その驚き、この蝶はエサの術で作られているのね」
ダメだ、時間が無い。ここは罠が有っても一刻も早く魔女と話しをつける為に誘いに乗ろう。
そして私は奥の部屋に案内されテーブルにつく。
少しの間のあと、ティーカップに紅茶が注がれる。
「ハイゼ、今日のお茶もおいしくてよ」
「ありがとうございます。お嬢様」
私は飲むか迷ったが一口飲んでみた。確かに美味しかった。それは幸福な一杯であった。
そうだ、私はお茶を飲みに来たのではなく。魔女と話しをつけに来たのだ。
「ラピスさん、私の友人に手を出すのは止めてもらいますか」
「あら、この蝶の主さんね」
黒い蝶はラピスの肩の上で羽を動かしていた。
「説得するのは友人さんの方でなくて?」
う、魔女の言う通りだ、魔女を求めているのはミチルの方……それでも魔女がその気にならなければ良いこと。
「そうだが、友人の相手をするのは……」
「うふふふ、私が自由で気まぐれなのは知っているようね。こんな面白い友人さんから手を
引く訳がなくて、言葉に出来ないようね」
私は落胆していると。突然、体が消える感覚に襲われた。
もう、私には時間が無いらしい。
「お嬢様……」
「黙ってなさい、ハイゼ、同じ血族として葉月さんに何が起きているかは分かるわ」
魔女にまで同情されたら終わりだな。これ以上は無駄か。
「ちょっち、用事を思い出したから、帰るわ」
「まあ、そうなの、ハイゼ、お送りして」
帰り道、私は自分が消えてしまう前にミチルを説得する事ばかり考えていた。
その夜
ミチルから話かけてきた。
「今日は魔女の所に行ったのね」
「えぇ……」
私は言葉を濁すのがやっとだった。ミチルの術で作られた蝶が見ていたらしい。
「その様子だと魔女は私を喰らうのを止めないみたいね」
「…………」
沈黙の後、ミチルは公園に行くことを提案した。
了承すると。ミチルは嬉しそうにしていた。
公園に着くと街灯にミチルの闇の蝶が舞っていた。
そして……。
魔女が現れる。ミチルが呼んだ?違う私がつけられた。
魔女がこちらに向かっている事をミチルが感じて公園に来たのか。
「こんばんは」
魔女は丁寧に挨拶をする。
「貴女が魔女?ずいぶんと可愛いわね」
「ありがとう。でも、早速だけど、この蝶の主さんなら、安らかな永遠の眠りにつけてよ」
「えぇ、そうよ、さ、私に死を……」
「ミチル、ダメ!!!」
その時だった。私の体が消えて行く。血族として寿命が来たらしい。
「葉月?どうしたの?」
ミチルは私の異変に動揺を隠せないでいた。
「まあ、皮肉なものね、こんな時に寿命が来るなんて」
「寿命?葉月、噓でしょ?」
「ちょっちね……ミチル貴女は私の光だったわ」
私の体はさらに消え行く。ミチルは私に近寄り優しく抱きしめると。体は消え、輝く蝶になる。
「闇が消えていく……」
ラピスの近くを羽ばたいていた闇の蝶も消えていた。
「まあ、つまらない、闇の蝶だから。面白いのに。ハイゼ、帰るわよ」
「え?」
「私は気ままな魔女、死神ではなくてよ」
そう言うとラピス達の姿は居なくなっていた。
一年後
「ミチル、今日はWバーガーに寄って行こうよ」
「うん、いいよ」
ミチルは新たに友達もでき、平穏な毎日を過ごしていた。
その肩には何時も光の蝶が羽を動かしていた。
葉月の心の光がミチルの闇……紅さえも消し去っていた。
「お嬢様、本当によろしいのですか?」
「えぇ、あの蝶は私の好みでなくよ。しかし、皮肉ね、闇の血族が光を求め今では光の蝶になるなんて」
「はい」
「さ、帰ってお茶にしましょう」
「かしこまりました」
「ハイゼ、今日はコーヒーが飲みたくてよ」
「お嬢様はホント気まぐれですね」
ミチルを見守るように見ていた魔女の姿は消えていた。
『ミチル、私、満月が好きなの……あなたは私の光よ』
「ミチル?どうしたの?」
「何でもない、トモダチの声が聞こえただけ」
「何それ」
そうミチルの肩には光の蝶が羽を動かしていた。
闇月 霜花 桔梗 @myosotis2
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