第4話 アイスソード、……ボスと共に散る

 昼休みのことだ。

 俺は若葉とベンチで語り合っていた。ちなみに恋人たちの語らいではない。主に呪いについてだ。


「いつも思うんですけど、先輩のお弁当、酷いですね」

「なー。さらに磨きがかかったように思うよ」


 弁当箱の中には、宇宙食のご飯とカレーのレトルトパックが、旨いことたたまれて入っている。

 ちなみに、昨夜の晩飯はシチューだったのだが、俺のだけなぜかイカ墨が入っていて真っ黒だった。その横で、母さんと妹は鼻をつまみながら白い普通のシチューを口にしていた。


「もしかして、先輩のお母様がボスなんじゃないですか?」


 それは考えもしなかったな。呪いの反作用ではないかと言われた時、それで納得した自分がいた。いや、最悪でも家族が敵だなんて思いたくない。そんな思いが反発したのかもしれない。


「いくらなんでもそれは穿ちすぎだろ。少なくとも、危害という点で思い当たる節はない」

「でも、それはいくらなんでも……」


 確かに酷いとは思うけど。どうなんだろうな。帰ったら聞いてみるか?

 二人してレトルトパックに視線を落とす中――


「ふはははははっーハッハハー」


 あーはいはい、またか。

 校庭を疾走してくる人影が視界の端でチラついたが、俺は気にせずレトルトパックを弄ぶ。

 宇宙食とは、これまた凝った趣向だな。どこで買ってきたんだ、これ?

 やがて俺の目の前に山岸が立った。


「各務くーん」

「気色の悪い声音で呼ぶな!」

「お、こっち向いたな」


 しまった! 策に引っかかってしまった。仕方なく付き合うことにする。

 見ると、またしても山岸は、見慣れない半透明な剣を持っていた。一メートル弱の少し幅広の両刃の剣だ。だが、今回はなんだか少しいびつだった。剣の体は成しているが、ところどころクラッシュアイスを混ぜたようにゴツゴツしている。


「気づいたな? 見たな? ふはははっ、ねんがんの アイスソードをてにいれたぞ!」

「またかよ。今度はどこからパクッてきたんだ?」

「道を歩いていたおっさんが似たように自慢していてな。ちょっとぼこってきた」

「リアル! ってかただのオヤジ狩りじゃねえか! 謝ってこいよ、返してこいよ」

「しかしそのオヤジはもうこの世にいない模様……」

「待て、選択肢はどうした? 三つあったはずだろ。『そう かんけいないね』『殺してでも うばいとる』『ゆずってくれ たのむ!! 』」

「躊躇わずに真ん中だ」

「殺ったのかッ! アイスソードが欲しいあまり、選択肢無視して殺ったのか!? 」


 山岸は臆面もなくうなずいた。


「『な なにをする きさまらー!』って言ってたぜ」

「ガラハドじゃねえかよそのおっさん! そこは躊躇しろよ、可哀想だろ! つうか合掌やめろ縁起でもない!」

「――チーン」


 ……若葉、もう少し空気を読んだ効果音にしてくれ。


「という設定だ」

「いま設定って言ったか?」

「言ってない」

「言ったよな?」

「言ってないと言っている! 黙らんか冷凍剣!」

「うわあぁぁあああ!」


 ん? 冷たいぞこの剣。

 しかし勇者の剣を装備していて助かった。咄嗟に引き抜いたことで防御することが出来た。 

 中二臭いと恥ずかしがってちゃ、やっぱりダメだな。武器は装備してなんぼなんだから。

 ひとしきり遊んで満足したのか、山岸はアイスソードを持ったまま立ち去った。

 授業どうするんだあいつ?


「前から思ってたんですけど、変わったお友達ですね」

「あんなのが友達とか、ちょっと嫌だけどな」


 俺は苦笑しながら言った。



 学校から帰ると、夕飯の先に宿題を済ませた。時刻は七時三十五分。

 いま俺は、二十畳のリビングで白いソファに腰掛けている。バラエティ番組がまったく頭に入ってこない。

 キッチンでは、母が夕食の準備に勤しんでいた。

 まさか今、台所仕事をしている母さんが魔王という可能性が? いやしかし、思い出してみてもそういった節はどことなく散見される。塩辛い夕食、俺のだけ焦げたハンバーグ、俺のだけ真っ黒な北海道シチュー、そしてレトルトパックの弁当。短期間に変容しすぎだ。

 考えていても仕方がない。本人に直接聞いてやる。


「母さん」


 ゆっくりと、無言のままこちらを振り返る母。

 なんだか雰囲気が怖いぞ、怒ってるのか?


「変なこと聞くんだけどさ、もしかして、母さんが魔王だったりするのか?」


 出来るだけ平静を装って、それとなく単刀直入に聞いてみた。間違いであって欲しい。緊張感から心臓が早鐘を打つ。

 するとそんな心配を余所に、なんだか疲れた顔をして、母さんは小さく頭を振った。どうやら呆れているようだ。

 よかった、やっぱり母さんじゃないのか。そう思ったのも束の間――


「いつ、気づいたの?」

「……えっ?」


 心なしか、母さんの目の下にくまが出来ているように見えた。


「隼人が気づかなければ、まだ私たちは家族ごっこを続けられたのに」

「――って、えぇえええっ! まさか母さんが、魔王!」

「そうよ」

「ってことは、あの嫌がらせじみた飯の数々は……」

「嫌がらせよ、決まっているでしょう」


 それがさも当然のように母は答えた。

 愕然としていると、不意にリビングの扉が開いた。


「お兄ちゃん」


 突然、修羅場になりかけの部屋に入ってきた妹。その手には、勇者の剣が握られていた。


「でかした! さあ――」


 俺は手を伸ばす。妹から剣を受け取り、柄をがっちりときつく握り締め、鞘から引き抜いた。

 魔王は目の前にいる。取り合えずエンカウントしているんだ。油断は出来ない。

 と、茶色いツインテールを揺らしながら、妹がそそくさと母のもとへ駆け寄っていく。そして、こちらへ振り返るなり、身構えた。


「お前、なにしてるんだ?」

「なにもヘチマも、わたしは魔王様の手下AでもありBでもありCでもある」

「何役一人でこなしてるんだよ」

「三役!」


 頑張ってるなあ、妹。つい感心する。

 フェアじゃないってことで、わざわざ俺の部屋まで勇者の剣を取りにいったんだろう。

 ホント、感心する。


「じゃなくて!」


 どうする。相手は倒すべき敵である前に家族だ。腹を痛めて生んでくれた母、そして血を分けた妹。

 俺は二人を殴れるのか? 否だ、暴力はいけない。家族だ。今はけったいな呪いでノリを違えているだけだ。

 しかし、魔王を倒さないとこの勇者ごっこは終わらない……。


 思考している間にも二人はにじり寄ってくる。妹は素手で、母は左手にフライパン、右手におたまを持ち、グワァングワァンとけたたましく打ち鳴らしながら。

 さしずめ、竜王の咆哮だ。近所迷惑である。

 考えている時間はない。決断の時がすぐそこまで迫っている。

 差し迫った二律背反の選択肢。選べずにもたついているところ、急に玄関のドアが開く音がした!

 父親が帰ってくるのはもっと後だ。来客か? その足音はバタバタと急いているようだった。

 再びリビングのドアが開く。姿を現したのは、


「先輩!」

「若葉……ッ!? 」


 彼女は見たことのある半透明の剣を携えていた。

 昼休みに山岸が我が物顔で自慢した、アイスソードだ。


「これを――」


 そう言って、若葉はそれをこちらへ投げてきた。

 俺は空いている左手でソードを受け取る。ひんやりと手を伝う冷気。


「どうしたんだ、これ?」

「山岸先輩を、あっ、ガラハドを殴って奪ってきました」

「って過激だなおい!」


 あっ、て言い直してるし……。


「先輩、技を使ってください!」

「――そうか、冷凍剣!」


 あの冷たさは本物だ。怯ませる効果くらいはあるかもしれない。


「狙うのはあのおたまとフライパンです!」

「分かった!」


 妹を無視し、俺は母に向かって駆け出した。

 一太刀目、左手の冷凍剣を発動させる!


「くらえ! 冷凍剣!」

「きゃあっ」


 袈裟に切り払うと、年甲斐もなく乙女な悲鳴を上げながら、フライパンを突き出してガードした母。

 ノリが良くなってるとはいえ、戦闘に関しては魔王といえど素人レベルだった。少し安堵する。

 その隙を狙って、母に当たらぬよう注意しながら、俺は勇者の剣で切り上げる。根元部分に直撃し、母の手からフライパンが弾き飛ばされていく。

 そして、ゴンと、鈍い音を立てながら俺の背後、フローリングの床に落ちた。

 残るはおたまだけだ!

 返す剣で薙ぎ払おうとした、その時、

 ――ゴン!


「いでぇあ!」


 突然襲われた頭頂部の痛み。俺は涙目で振り返る!


「お母さんはやらせないよ!」


 妹だ。妹がフライパンで俺を殴ってきやがった。


「魔王じゃないのかよ!」

「あ、魔王様はやらせないよ!」

「いまさら遅え! つうか手加減くらいしろよ、いてぇだろ!」


 あまりの痛さに怒りのまま抗議をぶちまける。

 すると、若葉が妹の背後から、妹の両腕を拘束するようにして抱きついた。


「先輩、雑魚にはかまわず、早く魔王のおたまを! それできっと終わります」

「助かる! 後で、いいこいいこしてやるからな!」

「きゅん」


 出た、『きゅん』これで少し頑張れる!

 妹は拘束を解こうと暴れまわる。

 がっちりと組み付いて、若葉は意地でも放さないつもりらしい。


「だれが雑魚だ! 離せぇえええ……んッ!?  わたしよりおっぱいある、だとッ」


 気になる! 気になるが、そいつはとりあえず後回しだ。

 俺は母が体勢を整える前に、攻撃を仕掛けた。


「くぅうらぁえぇえええ、ブルクラーッシュ!」


 体を回転させ、遠心力に乗せた重い一撃を、母の持つおたまの柄に食らわせた!

 ――カランカランカラン。

 母はおたまを取りこぼす。


「やった、やったぞ!」


 それを合図のように、母と妹は共に意識を失うようにして倒れた。

 どうやらボスを倒したようだ。

 俺は剣を投げ捨てる。


「若葉ー!」

「先輩」


 俺たちは互いに駆け寄り、そして抱き合った。強請る視線が見上げてくる。

 俺は誠心誠意心をこめて、その艶やかな黒髪を、約束どおり丹念にいいこいいこしてやった。

 あごを撫でられる猫みたいに目を細め、身を委ねてくる若葉。


「これで終わるんだな」

「はい、そのはずです」


 突然、また玄関から音がした。何者かが入ってくる。リビングの扉が開いた。

 闖入者は、父だった。

 黒いスーツはなぜかボロボロで、妙にやつれた感じがする。


「あぁあああー、僕のアイスソードが!」

「なっ!? 」


 ソードに駆け寄ると、愛おしげにそれを持ち上げた。

 瞬間、アイスソードはガラガラと崩れ去った。


「せっかくガリガリ君で作ったのにぃいいい!」


 父は号泣しながら言った。


「――て、それ親父のかよ!」


 図らずも、昼間に山岸がぼこったというガラハドは、うちの父親だったのだ。

 しかも、アイスソードはガリガリ君で自作したという……。一体いくら使ったんだよ。

 なんて茶番劇だ。これが呪いの力か。

 そして同時に、呪いの効果適用範囲がようやく理解できた。物理的な距離もそうだが、恐らく、俺が親しい知人ならその範囲に制限を受けない。山岸がどこかで親父を殴ったことも、親父がせっせと剣を自作していたこともそれを裏付けている。カリバーンは、もともと主催者がノリのいい人だったんだろう。

 それにしても、なんだよ冷凍剣って。俺、かなり恥ずかしいだろ。



 それから俺と若葉は、初めて会った、そして再会したという公園に寄った。

 呪いも解けたということで、家まで送ることを若葉は拒否しなかった。


「それにしてもよく分かったな、俺の家」

「私の家、この近所なんです」

「そうなのか?」


 ブランコに腰かけ、若葉は夜空を見上げた。俺もつられて顔を上げる。

 空では春の大三角が、存在を主張するように瞬いている。


「先輩――」


 不意に若葉。


「私と、お付き合いしてください」

「えっ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。どつき合い? この若葉にしてそれはないと否定した頭に、代わりといわんばかりにスッと入ってきた言葉。

 どうやら俺は告白されたらしい。

 それを認識すると、急に照れくさくなってきた。


「で、でもお前、サポーターだろ? それに一緒に遊びたいっていう願望は、もう叶ったんじゃ」

「鈍くさい人ですね。分かりませんか?」


 分かるかと聞かれても分からん。

 返答を渋っていると、隣りからため息が聞こえた。


「先輩と遊んだあの日から、私は先輩のことが好きでした。優しい先輩。次に遊ぶ時に、それを伝えようと子供ながらに意気込んでいたんですよ? なのに私は転校してしまって。両親の反対を押し切って、私は浜ノ木学園へ入学するために一人暮らしも始めたっていうのに」

「ちょ、ちょっと待て! お前一人暮らし? わざわざ俺を追いかけるために?」

「はい」


 ……なんて行動力のある女の子だ。俺には無理だ。

 そんな反対を押し切るほどの強い想いでずっといてくれたのか。なんだか目頭が熱くなってくる。


「ハンカチ、いりますか?」

「うん」


 ほろほろと、俺は手渡されたハンカチで涙を拭く。


「洗って返すよ」

「いいえ、持って帰ります。ジップロックに保存しておくので、お気になさらずに」

「気にするわ!」


 いつもどおりだが、なんか怖いぞ。冗談だよな?

 けど、女の子からこんなにも思いを寄せられたことは初めてだ。幼い頃の俺が出会って、遊んで次の約束をして、成長してまた再会して。こんなにも見た目だけなら可愛くなっていて。

 これで断ったりなんかしたら、バチが当たりそうだ。

 それに、このキャラにもなんだか慣れたというか、癖になったところもある。

 面倒見がよかったり、意外とツッコませ上手なところが一緒にいて楽しかったり。

 感じた視線に振り返ると、若葉は押し黙り、答えを待っているようだった。月明かりに照らされた瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

 きっと緊張しているんだろう。クールに見えてもやっぱり女の子なんだな。

 俺は潤む瞳を見返し、力強くうなずいた。


「いいよ、俺でよかったら。よろしくお願いします」


 言った途端、若葉の涙腺が崩壊したようだった。ぽろぽろと、次から次へと涙が溢れている。

 俺は使ったばかりのハンカチを折り返し、きれいな面で目元を押さえてやった。


「あ、ありがとうごじゃいまふ」


 それにしても酷い顔だ。可愛い顔が台無しだぞ。

 それだけ嬉しかったんだと思うと、なんだか胸にじんわりと熱いものがこみ上げてくる。

 目元を押さえる俺の手を、不意に若葉は取った。そして俺は強く引き寄せられ――

 若葉の可憐な唇に、自分の唇が重なる。


「ッ!? 」


 初めてだった。女の子の唇って、こんなにやわらかかったのか。いい匂いがした、頭がくらくらする。つい呼吸を止めてしまった。それは若葉もだった。震えているのが分かる。

 少しして、若葉は顔を離した。夜目でも分かるくらいに、その頬は赤く染まっていた。


「先輩のためにとっておいたファーストキスです。感謝してください」


 そう言って微笑む若葉の顔は、少し意地悪に見えた。


 あれから何分経っただろう……。

 二人して夜空を見上げていると、なんだかここが別の世界のような気がしてくる。

 ふわふわと浮遊するような感覚。まるで現実味がない。重ねた唇の温もりは、確かなものだったのに。

 ふと、それはブランコのせいだと感じると、急に現実に戻された気分で空しい気持ちになる。


「ところで先輩」


 若葉の声が静寂を破った。


「どうした?」

「次の勇者へ付与する呪い、もう決めましたか?」

「いや……」


 ブランコの支柱に立て掛けた勇者の剣に目を移す。

 数日という短い期間だったけど、俺に非日常を見せてくれた不思議な剣。前回は若葉が勇者で、『周囲の人間のノリがなんか良くなる呪い』を付与したんだったな。

 そこでいまさら過ぎる疑問が鎌首をもたげた。


「そういえば、若葉の時は一体どんな呪いで、誰がボスだったんだ?」

「知りたいですか?」

「ああ、まあそれなりに」

「私の時は、『痛いことがなんか気持ちよくなる呪い』でした。ボスは飼っていた犬です」

「なんだそれ――」


 と呆れた拍子に思い出した。前々回の勇者は、ドMだったっけ。


「そりゃ大変だったな」


 それにしても犬って……。


「ホントですよ。犬にタックルされても気持ちいい、引っかかれても噛み付かれても気持ちいい。たんすの角に足の小指をぶつけても気持ちいい、豆腐の角に頭をぶつけてもイケそうでしたし。もう本当に気が狂いそうでした」

「だから少し残念な子になったのか?」

「……私は残念じゃありません」


 どうやら自覚はないようだ。


「それで、やっぱりボスは……愛犬は倒したのか?」

「はい。いい加減疲れてきたので、少し怒鳴りつけたら逃げ出しちゃいまして」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。まさか殺っちゃったんじゃないかと心配した。


「でも、近所の方が拾って育ててくれて、私も安心しました」

「そうか」


 勇者の剣は人知れず世を巡る。拾った人間に、難儀な呪いを振りまいて。クリアするまで呪いが晴れることはないんだろう。

 クリアするまで、か。


「例えばだけど、この剣をまたこのままどこかに置いた場合、どうなるんだ? 俺はこの呪いをクリアしてるから、次の奴は呪いの被害を受けずに済むのか。それとも、この呪いが継続してそいつにも同じ呪いがかかるのか」

「それは後者だと聞きました」


 なるほど、呪いは延々と付与されたままなのか。それこそ永遠とも呼べるくらいに。


「勇者の剣のくせにけったいだな」


 今度は俺が付与した呪いが、次の奴に降りかかるわけか。あんまり乗り気がしないな。

 若葉にも言ったけど、呪いを擦り付けるだなんて最低なことだ。普通の思考なら気後れするだろう。

 若葉の場合は俺との接点が欲しかったらしいけど。俺の場合はどうだ。そういう奴は特にいない。だから理由がないし意味もない。ましてや赤の他人になんて、なおさらだ。


「悩んでますね」

「そりゃな」


 どうするかなー……。


「一ついいか?」

「なんです?」

「呪いっていうのは、基本的になんでもいいのか?」

「よく分かりませんけど、たぶん大丈夫なんじゃないですか」


 ということは、俺がほかに回すと、そいつが次にとんでもない呪いを付与する可能性もあるわけか。武器は扱う人によって、守るものにも、傷つけるものにもなると言うしな。

 そう考えると、今まで扱ってきた人間は割とまともな奴が多かったと言えるだろう。少なくともクリアされているんだから。

 そうして俺は、悩み考え込んだ末、結論を出した。

 誰も傷つかず、不幸にならない。そんな画期的な呪いだ。


「若葉、俺、決めたよ」


 言いながら彼女に向き直る。


「そうですか」


 すっきりした顔をしてうなずくと、若葉は鞄から何かを取り出した。

 渡されたのは、勇者の剣を買った時に付着していた、あの無駄に粘着力の高い黒いシールとマジックだ。


「これに書けと?」


 若葉は無言で首肯する。

 まあ、誰にも迷惑かからないし、いいか。

 俺はシールとマジックを受け取ると、裏紙を剥がし、躊躇なく呪いの内容を粘着面に書き込んだ。

 その文字列を見て、若葉は一瞬驚いた顔をし――けれど思いを汲み取ってくれたのか、優しく微笑んでくれた。


「先輩って、真性の中二病なんですね」

「違えっ!」


 ぜんぜん汲み取られていなかった――。



 俺が書き記した、勇者の剣の新たな呪い。

 それは…………


『永遠に俺が勇者! by各務隼人』


 いいだろう。誰にも不幸が降りかからないのなら、俺が一身に受け止めてやる。

 死ぬまで中二病という、恥ずかしい呪いをな!

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たった二十一円で俺が勇者になった話 黒猫時計 @kuroneko-clock

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