第7話 敗北

 春の選抜を経験し、一回りも二回りの成長した東櫻ナインは一躍注目の的となっていた。

 連日押しかける取材陣。

 初めのうちは喜んでいたのだが、こうも取材が続くと、さすがに飽き飽きしてしまう。

 吉田は「今日も取材三つだってよ」と呆れた様子で零す。

 取材内容の大半は春選抜の感想と夏の選手権に向けての抱負といったものである。

 さすがに何度も同じような質問を繰り返されれば答えるこちら側の対応というものも次第に粗雑になってしまうのも道理である。

 そんな状況下の中で一人、我々並みの選手とは違う扱いを受けている奴がいる。

 一樹は春の選抜を通して最も印象に残った選手ランキングで一位に輝き、一気に高校野球界のスターへと駆け上がり、剰え、二年後のドラフトの目玉になるとメディアに取り上げられた。

 春の選抜準優勝。

優勝候補との連戦鑑みれば決勝戦の大阪義塾戦は明らかにこちらが不利と言わざるを言えなかった。

 準決勝では帝都大附属との延長十五回の再試合を勝ち抜け、中一日短い状況で余力を残した大阪義塾と顔を合わせたことは不運としか思えなかった。

 そんな中で、一樹は一人「丁度いいハンデだ」と息巻いていた。実際決勝戦は多くの者たちの予想に反した投手戦となった。

 

 スコアボードに並ぶ0の文字。

 九回表、東櫻高校の攻撃は一番から始まる好打順だった。

 東櫻ナインは三塁側ベンチの前で円陣を組んでいた。

 「決めてしまおう」

 「正直、進藤は世間で騒がれているほどの投手じゃない。打てる」

 「そうだな、打てる。それにそろそろ限界だろ澤村?」

 「そうかも知んないですね……さすがに得点が欲しい。モチベーションを上げたいので、何とか一点取ってください。一点あれば後は俺が抑えますんで」

 「よし、やってやろうぜ、お前ら!」と一言キャプテン渋谷の檄が飛ぶ。

 伝統の声だし。

 両隣の肩を引き寄せる。

 キャプテンの声が甲子園に響き渡る。

 「我らが示すは」

 『力』

 「我らが欲するは」

 『勝利』

 「我らが辿り着くは」

 『頂』

 「行くぞ!」

 『ウオォォォォ!』

 いつから続いているのかもわからないこの声だしは高校野球の風物詩と化していた。しかし、声だし円陣するも空しく三者凡退を喫した東櫻は九回裏の守り、集中力が切れてしまったのか、安易なミスを繰り返した。

 四死球一つに失策二つで無死満塁、一打サヨナラ、押し出しでもサヨナラのピンチを迎えた東櫻ベンチの指示は強気の超が付くほどの前進守備、外野手は三人とも各塁に付けるとマウンドに立つエースは大きく振りかぶってワインドアップで投球動作に入る。

 土埃の舞う甲子園―。

 観客はマウンド上のエースの一挙手一投足を、固唾を飲んで見守る。

 乾いたミットに吸い込まれるようにして納まる白球―歓声が轟音の様に鳴り響く。

 電子掲示板の球速表示は150キロ。

 敵味方関係なく一地塁側三塁側の亮双方のアルプスから声援が飛ぶ。

 歓声、悲鳴、感嘆、そうしたあまたの感情が入り乱れる甲子園のボルテージは最高潮に達していた。

 ストレートしか投じないその投球に観客はいつしか東櫻を応援するものが球場の大半を占めていた。地元大阪の観客をも取り込んだ一樹の投球は見るものすべてを魅了した。

 大歓声を背に一樹は躍動した。

 投じた球全てが150キロを超える球速を計測した。

 真っ向勝負。その気迫に圧倒されたのかボール球が先行しても最後はストライクゾーンに掠りもしない様なボール球で二人を三振に打ち取って見せた。

 そして迎えたのは大阪義塾のエース進藤努。

 エース同士の直接対決。甲子園のボルテージはもはや収拾がつかないほどの盛り上がりを見せており、春とは思えぬほどの異様な熱気を生み出していた。

 視線をベンチへと向けると監督が伝令として同級生の高橋に何かしらの指示をしているのが目に入った。

 すると歓声がまた一段と大きくなった。

 ふと視線をマウンドへ向けると一が右手を軽く挙げ、目で訴えていた。

 「来るな」と、目は口ほどにものを言うという言葉があるが、まさしくこのときの一樹の瞳は有無を言わさないという意志が感じられた。監督も同じように感じたのか、伝令を取りやめ最後にハンドサインでリラックスと指示するとそのままベンチに腰を下ろしてしまう。

 信用されているのか、それとも監督が適当なだけなのかわからないが、今はその指示が信頼の表れであると信じてプレーするほかない。

 歓声渦巻く甲子園のマウンドに立つ同級生に畏怖の念を抱きながらも自分自身も同じ舞台に立っているのだと改めて気を引き締める。

 願わくば打球が飛んできませんようにと何度も信仰を持っていない神へと祈り、同じ願いを頭の中で反芻した。

 二塁手という守備位置を選択したのは過ちだったかと鷹宮は後悔に苛まれていた。

目立てる。そうした考えで二塁手となった鷹宮は自分の浅はかさに頭を抱えていた。こんな緊迫した場面で打球が飛んできたら間違いなくファンブルしてしまう自信がある。

 そんな思いに頭が占拠されてしまった一瞬、その一瞬が勝敗を分けた。

 投手の頭上を超す叩きつけられた打球は鷹宮の正面で打球の勢いが死んだ。

 視界の端からショートの吉田が飛び出す。

 素手での捕球、底から流れるように早急動作へと繋げる。

 しかし吉田の手からその白球が投げられることはなかった。


 オールセーフ。

 主審のコールが意味するものは東櫻の敗北だった。

 青々とした空を見上げてその場から動こうとしない東櫻ナイン。

 微動だにしないその姿は自らの敗北を受け入れることを拒んでいるかのようで、誰一人として咎めることなく一時の静寂が甲子園を包み込んだ。


 受け入れがたい敗北―鷹宮はその敗北に身を焦がす天才を演じた。

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ボーンヘッド 小暮悠斗 @romance

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