ゴーレムマスターが困るワケ Ⅲ

 想い出に耽っていたバドシの前に、ロクが歩いて来た。

 バドシが軽く手を挙げると、ロクは隣に座る。

「すみませんね…ロクには葬儀の大半を手伝って貰っちゃって…。」

「いえ、兄としての最後の務めみたいなものですから…。」

 それから暫くの間は、無言の時が流れる。

 バドシは一服を終えると灰皿に吸殻を押し付けて捨てた。

 そしてロクに尋ねる。

「私の事を恨んでいますよね…?」

 フィレンはロクに、ほぼ全ての事柄を秘密にしていた。

 母親が施設にいる事も、自分が商会に転職してから裏稼業に従事している事も話していない。

 彼女の死によって、ロクは初めてそれらの事を知った。

「…正直、バドシさんの事を恨んでいないと言えば嘘になります。」

 ひとしきり泣くのを既に済ませていたロクは、努めて冷静に答えた。

 表情は疲れ切っていたが、そこにバドシに対する憎しみは感じられない。

「給金が良すぎるとは思っていたんです…。でも弟や妹達を、きちんとした学校に行かせる為に頑張ろうと約束していましたし、僕も国境守備隊の隊長を兼任する様になってからは、商会に転職した後のフィレン以上に稼げてましたから、僕の中にあった違和感を…そんなもんかな?…程度に受け流してしまっていて…。」

 ロクの話は続く。

「妹が商会に転職してから直ぐに…相談があるから会いたい…と、連絡があったんです。今から思うと、自分は恐ろしい事に手を染めてしまったかの様なニュアンスの相談を受けていました。僕も当時は自分の事で手一杯だったので困ってしまって…お前も籍を入れて出産を控えた、もう立派な大人なんだから自分で判断しなさいと…突き放す様な事を言ってしまった憶えがあります。」

 ロクは俯いて言う。

「だから…きっと、僕はバドシさんと同罪なのかも知れません。」

 …罪?そうか、やはり自分はフィレンに対して罪を犯したんだな…。

 バドシはロクの何気ない言葉の端から彼の本音を受け取った様な気がした。

「僕だって妹の裏の仕事に対して何か言えた義理じゃありません。国境付近での小競り合いが当時は多かったとはいえ、戦争は戦争です。きっとゴーレムを使って殺した敵の人数なら妹よりも多いでしょう…。」

 ロクは自嘲気味に語った。

「妹と一緒に僕達の母親の面倒を見てくれていたバドシさんに、今言える事は一つしかありません。」

 フィレンとロクの母親は、既に施設で亡くなっていた。

 フィレンの棺は先に埋められた母親の棺と共に同じ墓地に埋葬されている。

 ロクは立ち上がるとバドシに頭を下げた。

「妹の子供の事を、どうか宜しくお願いします。」

 バドシも立ち上がってロクに頭を下げて返礼をした。

 去って行くロクの後ろ姿を見ながら、バドシは魔石を取り出す。

 …きっと彼がこれを聞いたら、考えは変わってしまうだろうな…と、彼はそう思った。


 入れ替わりに今度は、エストが入って来た。

 彼女も今回の件で初めてフィレンの仕事内容を把握したと思われるのだが、女王陛下という立場もあって薄々は気が付いていたのかもしれない。

 そして、フィレンの遺体を回収したのもエストなのでロクとは違い、フィレンが最後にどのような目に遭ったのかも魔石を聞かせるまでもなく承知しているのだろう。

 バドシは沈んだ表情のエストを立ち上がって頭を下げて出迎えた。

「エストさん、今回は遺体の回収をして貰って助かりました。ありがとうございます。」

 面を上げるバドシに、エストは静かに答える。

「…こちらこそ、救出が間に合わずに御免なさい。」

「…間に合わなかったも何も…エストさんに頼んだ時点で、フィレンは既に殺されていたでしょうから仕方がありませんよ。」

 バドシは、そう言うと座り直した。

 エストは立ったまま彼を見つめる。

 多分、なんと声をかけて良いのか分からないのだろう。

「娘さんは御一緒ではないのですか?」

 気を利かせてバドシの方から会話を飛ばして来た。

「え?…ええ、今はミイトと一緒にいるわ。貴方の息子さんは?」

 エストの質問にバドシは、やれやれといった感じで両手を挙げて肩を竦める。

「母親の墓の側にはいる…とは思うんですがね。元から好かれてはいなかったのですが、今回の件で決定的に嫌われてしまいました。」

「そんな…親を本当に嫌う子供なんていないわ…。」

 エストは自嘲するバドシを慰める様に言った。

「そうですか?そんな事もないと思いますが…。現に私が子供の頃は、自分の父親の事が嫌いで堪りませんでしたし…。」

 バドシは不思議そうな顔をしながらエストを見て答えた。

 …そういえば、自分の身の上話なんてエストさんに話した事が無いな…と思いつつ語り始める。

「元々、盗賊ギルドを束ねる家系でしたからね。なんで、自分は普通の生活をさせて貰えないのか?人間らしい暮らしを許してはくれないのか?散々、両親を恨みましたよ…。でも当たり前ですよね。普通の暮らしをして油断をしていると、あっという間に殺される様な、そういう世界でしたから…。」

 エストも詳しくは知らない裏の世界の話を、バドシは淡々と語る。

「自分に敵対する者は、もちろんの事…罪のない人や女、子供、恩人…果ては血の繋がりは無くとも家族と慕い慕われた者まで…事情はあったにせよ手に掛けました…。種類と質だけだったら私も皆さんには負けないつもりですよ?」

 バドシは、そう言って笑った。

「私の大望の為には結局は、子供にも同じ道を歩ませる事になるでしょう。嫌って憎んでくれている位が丁度いいのです…。男の子ですし厳しくやりますよ。」

 そう言って笑いながら、バドシは思う。

 …そうだ、自分には大望がある…。

 …心の中を、その大きな願いの成就で満たす事を望んでいる…。

 …それに比べればフィレンとの事は、自分の心を占める割合にして遥かに小さい…。

 …だが何故だろう?…

 …仮に大望を成し得なかったとしても、大きな穴が心に開いたとしても、フィレンが居たなら直ぐに埋まりそうな気がする…。

 …でも、今まさにフィレンを喪った事で、ぼっかりと心に空いた小さな穴は、大望を成し得る事によって埋まるのだろうか?…

 …いいや、決っして埋まる筈が無い…。

 エストはバドシの隣に静かに腰を下ろして座った。

 そして彼の片膝に自分の片手を置く。

 エストの手の甲が、雫で濡れた。

 エストは涙を流していない。

 バドシは泣いていた。

 彼の涙が膝に置かれたエストの手を濡らす。

 バドシは思い出していた。

 少年の頃に、とある屋敷に仕事で盗みに入った帰り道の事を…。

 綺麗な満月の夜に自分の影が、色濃く地面に落ちていた事を…。

 そう、月は夜の住人と共にあるが、同時に、その者を照らして姿を曝け出させてしまう。

 夜だと思って安心していると、盗賊にとっては太陽より危険な存在なのが、月…。

「貴女達は本当に魔族だ…。私は知りたくなかった…自分の気持ちに…貴女達と共に過ごしたせいで気付いてしまった…。貴女達は男を誑かしてしまう…酷い女達だ…。」

 エストはバドシを引き寄せると優しく髪を撫でた。

「私は両親から受け継いでいた愛し方しか知らなかった…。だから、彼女の事も同じ様に愛してしまった…。間違いだと分かっていた筈なのに、独りで夜に生きる事を耐えられなかった…。」

 エストは何も言わずに泣いているバドシの髪を撫で続けている。

「私は本当にフィレンを…妻を愛していたんです。本当に…。」

 バドシは、それだけを言うと瞼を閉じて泣き続けた。


 バドシが落ち着きを取り戻したのを見届けてからエストは、外に出てフィレンと彼女の母親が眠っている墓地に訪れた。

 そこで先に着いていたミイトに尋ねられる。

「…バドシの様子はどうだった?」

「…あなたの方が適任だったのではなくて?」

 エストは問題が無い事を伝える為に首を横に振ると、ミイトを少し恨めしそうに見て尋ねた。

「湿っぽいのは苦手なんだ。しばらくしたら呑みにでも誘うさ…。」

「安っぽい友情ね…。」

 ミイトの苦笑いにエストも微笑みで返す。

「幾千万の涙も酒の一滴で癒される事もあるさ。」

「何を言ってんだか…。」

 エストはフィレンの墓の前に立った。

 エストの側にミイトだけでなく、花束を持った彼らの娘と、その上着の裾を掴んでいる弟も来る。

「待たせて御免ね…。お花をフィレンお姉ちゃんに渡してあげて…?」

 少女はコクリと頷くと花束を静かにフィレンの墓の前に置いた。

 この墓地は霊園の中でも見晴らしの良い位置にあって元々サウムが眠っていた場所だった。

 サウムの棺は今は、ここには埋められていない。

 サウムの棺の移送には、イーロスが協力してくれた。

 お陰でサウムは教国の墓地でストネの墓の隣で眠りに就く事が出来ている。

 彼の新しい墓には教国の住民の感情に配慮して、名前は刻まれていない。

 誰が埋まっているのかは、それとなく知られているが、誰も何も言わなかった。

 そして空き地になった、この場所を、亡くなった母親の為にフィレンが買い取ったのだ。

 …何れは兄にも全てを明かして、死んだら一緒に入ろうと誘うつもりだ…と、フィレンはバドシに笑って言った。

 バドシが…自分の家系の墓地には、一緒に入ってくれないのかい?…と言うと、彼女は忘れていた様子で真剣に悩み始めてしまっていた。

 その悩みの答えが出る前に、フィレンは亡くなってしまう。

 バドシは彼女の最初の希望を汲んでやる事にした。

 どうせ彼の家系の墓地は、既に棺の埋められた墓石で満席だから、結局はフィレン達の墓地に彼も死んだら棺に入って、お邪魔するつもりだ。

 花を捧げたエストの娘は、母親に尋ねる。

「ママ?フィレンお姉ちゃんは、どうしたの?」

「死んだんだ…。人は誰もが何れは死んで…死ぬと墓に入って…会って、お話する事が二度と出来なくなるんだよ…。」

 答えたのはミイトだった。

 少女は続けて尋ねる。

「人は、みんな必ず死ぬのに、パパとママは困っている人がいたら、どうして放ってはおけないの?」

 エストとミイトは顔を見合わせた。

 少女は困っている人達を助けに彼ら二人が、度々自分を置いて何処かへ行ってしまう事が寂しかったのだ。

 しかし両親は、その事に未だ気が付いていないので自分達の娘から、そんな疑問が出てくるのが意外だった。

 エストは、その事に関して今まで深く考えて来なかった事に気がつく。

 自分は、なぜ困っている人々を放ってはおけないのだろう?

 勇者の見習いだったから?

 サウムを尊敬して彼に憧れていたから?

 今は、どれも違う気がした。

 彼女は想うままに言葉を紡いで質問した娘と黙って聞いている息子に答えた。

「多分…困っている人達を放って置いてしまったせいで、みんなが居なくなっちゃうと、ママが寂しくて困っちゃうからかな?…寂しいのは二人とも嫌いでしょ?」

 子供達は大きく頷いた。

 その様子を見てエストは、なぜ娘がそんな質問をしたのかを、ようやく理解出来た。

 エストは、しゃがむと両手を拡げてから子供達を抱きしめて伝える。

「ママはね…この世界でみんなと、ずーっと一緒に生きていたいのよ…。」

 二人の子供達の後ろ髪を右手と左手で撫で下ろす様に触れながらエストは、瞼を閉じて後ろ姿を見せたままでミイトに向かって尋ねる。

「ねぇ?ミイト…。私より先に死なないでね…?」

 ミイトは三人の愛すべき家族を見つめながら微笑んで答える。

「お前が俺より先には死なないと…約束してくれればな…。」

 エストはミイトに振り向いて笑った。

 空には雲が一つもなく、青色に澄みきっていた。

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勇者見習いの魔王 ふだはる @hudaharu

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