第5話 Dランク

「馬鹿なの!?あなたってホントに馬鹿じゃないの!」


 キメラでは通常、シングル戦といえど広大なスペースを使う。しかしそれは公式戦の話であり、非公式の場合その限りではなかったりもする。

 つまり今回そこまで広い場所は使わない。とはいえ先程の場所ではさすがに狭すぎる。そんな訳で中庭まで行こうという話になったのだが、移動中にチビ子先輩から今のようなありがたいお言葉をいただいていた。


「あなた自分が誰に喧嘩を売ったのか理解してる?この人はねぇ――」

「新見高志先輩、だろ?」

「……知ってるの?」

「もちろん、有名人だからな。この学校に史上最低ランクで入学したにも関わらず並み居る強敵を打ち倒し、現在上位に位置する驚異のキーパーだってな」


 キーパーの強さを示す一つの指針として、ランクというものが存在する。テニスなどの世界ランクや、将棋などの段位と同じものと思ってくれていい。

 強さは上から順にA+からC-までの9段階。一応A+の上にSランクというのが存在しているが、このランクを持っている者は今世界でも二人しかいない。あまり気にしなくてもいいだろう。


 そして新見先輩の入学時のランクはB-だ。

 キーパー育成名門校と言われるこの学校にそのランクで入学することは前代未聞と言われた。色々な苦労があった筈だ。多くの悪意にも晒されたことだろう。

 だが、新見先輩はその全てを乗り越えて、現在校内ランキングでも上位に位置している。


 そのランク『A』

 これが先輩の努力の証だ。


 もちろんランクが強さの全てではない。下位ランカーが上位ランカーに勝つことなどざらにある。それは作戦の結果であったり、相性であったり、その日の体調であるかもしれない。

 ランクはあくまでも基準の一つなのだ。


「そこまで知ってて何で挑むのよ?」


 どうやらチビ子先輩はオレが負け戦に行くことが不思議でならないらしい。

 というか、


「どうもオレが負けると思ってるみたいだな」

「――勝つ自信があるの!?」

「さあな。やってみなくちゃわかんねぇよ。ただ……」

「ただ?」

「オレは今まで勝算のない戦いをしたことはない」

「!!」


 そうだ。勝てない勝負などしない。負け試合に価値を見出だすほど酔狂でもない。

 オレには勝たなきゃいけない理由があるのだから。




「もう一度確認するぞ。勝負はどちらかが戦闘不能、及び負けを認めるまで。一対一のシングル戦だ」

「はい」

試合場コートの広さ以外は基本的に公式戦のルールに則ることになる。何か異論はあるか?」

「ありません」

「よし、じゃあ始めるか。審判二人もよろしく頼む」

「おう、任せておけ」

「は、はい……」


 中庭に着き、先輩と最後の確認を行うとすぐに試合へと移る。

 あとはもう審判の開始の声を待つだけとなった。

 ギャラリーは少し離れた場所におり、オレ達の勝負の行方を見守っている。


「おっと、始める前に一応自己紹介しておこうか。君は俺のことを知ってるみたいだけど、こっちは君のことを知らないからな」


 そう言って先輩が自己紹介を始める。


「三年の新見高志だ。ランクは『A』。パーツは『腕』だ」


 告げられた言葉は自分の知っている情報と変わらないものであったが、ランクを言う時だけ少し嬉しそうな感じがした。まあ、自分が強くなった証みたいなものだからな。無理もない。ちなみにパーツというのはキメラにおけるステータスの一つだ。

 しかし自己紹介か。あまり自分のランクは口にしたくないんだけどな。とはいえこちらだけ言わないわけにもいかないだろう。仕方がない。


「一年、橘九郎。パーツは『爪』。ランクは――」


 一拍


「『D』です」


「「「「!?」」」」


 オレがランクを告げると、それを聞いた全員が驚きの表情を浮かべた。唯一驚いていないのは翼だけだ。


「待て、Dランクだと?どういうことだ……」


 新見先輩が疑問を口にする。もっともなことだ。


 先ほど述べたように、キーパーのランクは基本的に9段階だ。どんな素人でもC-からのスタートになる。Dランクというのは通常お目にかかることはない。

 では何なのか?


 Dランクとはに与えられるランクなのだ。


「ちょっと無茶をしましてね。右腕が肩より上に上がらないんですよ」


 ほら、と実際に腕を上げる。

 言った通りうまく上げられない。せいぜい手のひらが頭の横あたりに来る程度だ。


「堅吾!お前は知っていたのか?」

「……いや、俺がいた時はそんなは抱えとらんかった」

「そうですね。こうなってからまだ一年経たないくらいですよ」


 上げた手を下ろす。辛いわけではないが疲れるのは間違いない。

 その姿を見て新見先輩は同情的な目を向けた。なんとなく次に言いそうな言葉が読める。


「……橘くん、だったか。やはりこの勝負は――」

「どうしたんですか先輩?まさかここまでのハンデがあって、勝つ自信がないとでも言うつもりですか?」


 だが言わせない。ここまで来ておあずけを喰らうのはごめんだ。

 オレの挑発に先輩は声を荒げる。


「ふざけるな!そんな体でキメラをやれば事故が起きるかもしれないんだぞ!」


 もっともだ。例え五体満足の人間でさえ、キメラで命を落とすこともなくはない。

 だが、


「先輩こそお忘れですか?」

「?なにを……」

「オレはこの体で、この学校に入学したんですよ」

「――!?」

「じゃあ始めましょうか」


 もはや言葉は不要とばかりに話を打ち切る。

 先輩はまだ何かを言おうとしていたが、くま先輩に何か諭されたのか、覚悟を決めオレと向かいあった。





 翼とくま先輩が審判として中央に立ち、戦う両者の顔を見て頷くと開始のための声を上げる。


「互いに、!」


 その言葉を合図に、オレと先輩の体に変化が起こる。突如として体が光に包まれたのだ。


 これは『皮膜』と呼ばれるもので、漫画的な表現をするならオーラのようなものだ。

 そしてこれこそがキメラに必要な適性でもある。

『皮膜』を纏うことにより、オレ達は人間を超えた動きが可能になり、キメラというスポーツが成立する。

 香織先輩たちは、この皮膜を出すことが出来ないためノットと呼ばれているのだ。


 変化はさらに続く。

 纏った皮膜の一部が肥大していく。オレは手の部分。まるで化け物のような、巨大な獣の爪を象ったように鋭利な爪が出来上がる。

 そして先輩の場合は腕の部分。覆っていた皮膜は一回りも二回りも太くなり、まるで肘から先にゴリラの腕を取り付けたかのようだ。マンガのポパイを思い出す。


 これがパーツと呼ばれる、キーパー達それぞれが持つ個性である。

 キーパーは自らの体に獣のような特徴を顕し、その特徴をもって戦うのだ。


 人間の体一つの生物獣の特徴別の遺伝子。だからこそ、このスポーツは『キメラ』と呼ばれた。


「そう言えば聞き忘れていたな」


 まるでボクシングのように構える先輩が、思い出したかのように口を開く。


「何をですか?」

「君の本当のランクさ。Dランクは故障者に付けられるランクであって実力に付けられるものじゃない。であれば君の本来のランクがあるはずだ」

「ええ、まあ……そうですね」

「参考までに教えてくれないかな」


 オレ達の会話に気付きつつ、審判は特に注意することなく進行する。あとはあの手を振り下ろして「始め」の合図で試合は開始されるのだ。


「いいですよ。オレの本来のランクは――」


 そしてその手が今――


「C+、です」

「――え?」

「始めっ!!」


 下ろされた。



 ドンっ!!という踏み込みの音と共にオレの体が先輩へと突っ込んでいく。10メートルほどあった間合いを2歩で埋める。皮膜により強化されたキーパーにとってこの程度の距離など一瞬だ。

 そしていまだ驚き惚けた顔をした先輩めがけ、その巨大な爪を振り下ろした。


「ぶぇ!?」


 ……はずだった。


 オレの体はまるで巻き戻しをするように先輩から遠ざかり、そのまま校舎へと叩きつけられたのであった。

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キメラリベンジ けすんけ @kensuke0712

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