キメラリベンジ

けすんけ

第4話 新見 高志

「彼に勝つことが出来たらチーム参加の件、考えてもいいですよ」


 仁美のその言葉に、囲んでいた野郎どもの目が一斉にこちらを向く。ようやくオレ達の存在に気づいたようだ。

 そうするとまた別の疑問が出てくる。まず第一に、


「誰だ?」


 と、誰かが口にした。

 そして、一度開いた口は連鎖的に疑問を吐き出していく。


「知ってるか?」

「いや……」

「おい、あのタイの色、あれ新入生の色だろ」

「新入生?なんでこんなところにいるんだよ?」

「強いのか?」

「全中にはいなかったと思うが……」

「うちに入るくらいだから弱いってことはないだろ」

「どっちにしろ勝てばいいんだろ!」

「そうだな。それで杜若さんがチームに入ってくれるならやるしかねえ!」


 等々、こちらの意見も聞かず話だけがどんどんと進んでいく。


「よし、まずは俺と勝負だ!」


 そう言って一人が進み出る。だが、


「おいっ、何勝手なこと言ってんだ!俺が先だ!」

「お前こそ勝手抜かすな。ここは年功序列で俺からやらせてもらう」

「先輩だからってそんな横暴は許されませんよ。ここは公平にくじで決めましょう」

「手前ぇ、イカサマするつもりだろ!ジャンケンだジャンケン!」


 そしてまた喧喧囂囂けんけんごうごうと騒ぎ始める一団。勝手に巻き込んでおいて置いてきぼりとかどうすりゃいいんだよ。レベル高ぇなおい。


「ふふん。謝るなら今のうちよ。後悔してからじゃ遅いんだから!」


 どう反応すればいいのかわからない新人芸人の気持ちを味わっていると、仁美が側に寄ってきてそんなことを言ってきた。


「は?謝る?」

「そうよ!このままじゃあなたはあの先輩たちにボコボコにされるわ。多少は腕に覚えがあるのかもしれないけど、この前まで中学生だった子とこの学校の生徒とでは天と地ほども差があるんだから!」


 まるで勝ち誇るように、その小さな体を精一杯大きく使ってこちらを見下そうとする仁美。


「今謝るならこの話はなかったことにしてあげる。あなただって初日から痛い目にあいたくないでしょ?」


 ふっふーん、と鼻息荒く腰に手を当てポーズを決める。

 どうやら彼女の中ではオレが泣いて謝って土下座をしているシーンまで浮かんでいるのかもしれないが、何を言っているのだろうか?


 


「翼、これ持っててくれ」


 そう言ってオレは持っていた鞄や上着を翼に預けた。


「うん」

「……えっ?」


 そのままオレは上半身を伸ばしたり屈伸をしたりと準備運動を始めた。


「ちょっ、えっ?な、何してるの?」

「何って、やるんだろ?キメラを。だったら準備運動くらいしねぇとな」


 ひどく軽い調子で言うと、まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、急に狼狽えだす。


「あ、あなた人の話を聞いていたの!?ここにいる人達はこの学校で一年以上キメラの訓練を受けて残ってきた人達なのよ!死にたいの!?」

「……あんた何言ってんの?」

「え?」

「この状況を作ったの、あんたじゃねえか」

「――!!」


 オレは基本的に悪意には悪意で返す。まあ、このミニチュア先輩もそこまでのつもりはなく、ちょっとビビらせようとしただけだろうから、オレもその程度の皮肉を返すに留めおくが。

 それに、


「けど、感謝してるよ。初日からこんなチャンスに出逢えるなんてね」


 そうだ。むしろ豆先輩には感謝したい。これはオレにとってはピンチではなくチャンスなのだ。強くなるために。オレの目的のために。

 昂る感情に準備運動にも熱が入っていく。誰でもいい。早くろうぜ!


「あれ?これ今どうなってるんだ?鬼ごっこは終わった?」


 未だ順番が決まらず、もういっそのことまとめて相手してやろうか?そう言いそうになったとき、どことなくのんびりした声で新たな人物が登場した。

 おいおい勘弁してくれよ。これからがお楽しみだってのに誰だ水を差すの、は……


「……え?」


 向かってくる人物に目をやり、認識すると同時にそんな間抜けな声が出た。


 新見にいみ 高志たかし。ある意味、この学校で一番の有名人だ。

 今日は厄日かと思ったがとんでもない。まさかこんな馬鹿騒ぎでこの人に会えるとは夢にも思わなかった。


「どんな状況?」

「えっと、杜若さんがそいつに勝ったら、俺達の勧誘の件考えてもいいって」

「えっ、それホントか!?なぁ、俺も参加していいか?」

「いや、後から来て何言ってんすか!」


 彼はそんなことを言いながらどうにか参加できないかと周りに願い出ている。しかし周囲の反応は芳しくない。

 それはそうだ。彼が参加したらミジンコ先輩は間違いなくこの人に持っていかれる。そう断言できるほどにこの人の実力は頭一つ飛び抜けていた。


「ねぇ、ダメかな?杜若さん」


 周りに聞いてもいい返事は貰えないと悟ったのか、彼は当事者本人に聞くことにしたようだ。確かに彼女の許可を得れば周りも文句を言えなくなる。

 だが、どうやら本人も彼の参加には否定的なようで、あまりいい顔をしていない。


「その、残念ですけど、先輩は今回は不参加の方向で……」

「え~、そこをなんとか!お願い!」

「そんなこと言われても……そもそも先輩、今までそんなに強く誘ってきたことなかったじゃないですか。どうして急に?」

「そりゃ今までは杜若さんがどこのチームにも入りたくないって言ってたからな。無理やりは趣味じゃないんだ。けど、本人が入ってもいいって言うならそのチャンスを逃すつもりはない」

「それは……」


「いいですよ先輩。オレとりませんか?」


「えっ!?」

「おっ?」


 いつまでも進まない話につい口を挟む。


「どうですか?」


 また邪魔が入る前にさっさと始めてしまいたい。

 オレは挑発の意味も込めて先輩に向かい指で来いよと促す。こちらも逃がすつもりはない。


「わかった、やろう」

「な、先輩!?」

「悪いけど、向こうからのご指名だ。俺には受ける権利がある」


 そう言って先輩も上着に手をかける。


「ルールは?」

「スタンダードで構いませんよ。どちらかが降参するか、審判がもう戦えないと判断するまでで」

「随分と自信があるみたいだな」

「まさか」

「やってみればわかる、か。審判は?」

「先輩なら小細工の心配はありませんけど、ここは公平に二審制でいきましょうか。互いに審判を指名でどうです?」

「構わない」

「じゃあ、オレは翼を指名します」


 翼の肩にポンと手を置く。

 二審制とはキメラにおいて審判を二人置くことを言う。公式戦であれば審判は通常一人なのだが、今回のように非公式であれば互いに信頼のおける人物を指名して公平に行われることもある。


「それじゃあこっちは堅吾、お前に任せる」

「おう」


 そこでオレは初めて先輩の近くにもう一人いたことを知った。どうやら随分と舞い上がっていたため、目に入らなかったらしい。

 あれ?というかこの人って、


「くま先輩?」

「久しぶりじゃのう橘。それに小鳥遊も」


 なんと、そこにいたのは中学の時の先輩、熊谷くまがい 堅吾けんごだった。

 筋骨隆々の大男で、祖父譲りだというその喋り方も相まってとても学生には見えないが、正真正銘高校三年生である。

 そういえばこの人、新見先輩のチームメイトだっけ。普段チーム戦に参加しないため忘れていた。


「知り合いか?」

「中学の後輩じゃ」

「へぇ。けど、手加減するつもりはないからな」

「当然じゃな。ま、そんなことをすれば儂よりも向こうが怒るがな。のう、橘よ」


 くま先輩がこちらに話を振る。中学時代、この人とはそれなりに付き合いがあったので、オレの事をよく知っている。


「そうですね。けど、手加減してもしなくても結果は変わらないと思いますよ」

「……ほぉ」

「かっかっ、相変わらずじゃな」


 挑発的な言動を繰り返すオレにいい加減頭にきているのか、新見先輩のオレを見る目が少し険しくなった気がする。くま先輩の方は笑ってるが。


 とにかく、まずはってみなくちゃ始まらない。

 色々と予定とは違ったが、こうしてオレの高校初のキメラ戦が始まるのだった。

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