飛べない鴉

ボンゴレ☆ビガンゴ

飛べない鴉

『中学校では親友がいて、いつもふざけ合っていたんです。その子は保育園から一緒で、いつも一緒にいたんですけど、芸能界に入って中々授業にも出られなくなって会えなくなったのが寂しいんですぅ』


 泣き眉毛、とか言うんだっけ。ハの字に眉毛を歪めてミサキはカメラ目線。あたしはさっき食べたカップ麺が逆流しそうになって慌ててチャンネルを変えた。


 ミサキとあたしは同じ保育園。あたしとミサキだけが受験してこの私立の中学に入った。だから、今ミサキが言った親友とは、あたしのことだ。

 なるほど、ミサキとあたしは親友なのかぁ。ふん、馬鹿馬鹿しい。いつもあたしの悪口を言って仲間の腰巾着みたいな連中をけしかけて酷いことして、今更何が親友だよ。


 ミサキは今や大人気若手清純派女優とかっていう「白米のカレールウトッピング」みたいに、よくわかんない肩書きでメディアに引っ張りダコ。……例え下手?まぁいいじゃん。

 今日も映画の宣伝の為だかなんだかで、ワイドショーに出演して、タレントにお得意の笑ってない笑顔を向けてやがった。馬鹿みたい。


 あたしはリビングでゴロゴロしながら時間を潰すためだけにテレビをつけてたんだけど、急にミサキが出てきたから気分は最悪。


 キモいおっさんタレントに「かわいいね」なんて言われるたびに「そんなことないですよぉ」なんてわざとらしく両手を振って否定してる。マジ吐きそ。

 テレビに出たいって時点で自分のこと可愛いと思ってるに決まってるし、そんな奴が清純派なわけないじゃん。ただの自己顕示欲の塊だよ、本当マジで。


 確かにミサキの顔は整ってる部類に入ると思う。脳味噌少なそうな小さな頭に、他人の欠点ばかりを見るための大きな瞳。彼女自身の心の色みたいに真っ黒なストレートヘアに、便器みたいな嘘くさ真っ白な歯が笑顔とともに口元から覗く。ね、美人でしょ。

 だけど、と言うかやっぱりというか、とにかくミサキの笑顔には感情はこもっていない。あたしに酷いことしてる時も、今のテレビに映ってる笑顔と同じで嬉しそうに便器色の歯を見せて笑ってるの。

 あんなに綺麗で醜い笑顔をあたしは他に知らない。昔はもうちょっと普通に笑ってたのになぁ。少なくとも、小学生の頃までは「あんたたちいつも一緒ね」なんて先生にも言われてたくらいだから、親友と呼んでも間違いはない関係だったのかもしれないけど。ふと、そんな太古の記憶が蘇ってしまい、あたしは慌てて頭を振ってそれをかき消した。


 今ではもう学校でミサキと会うことなんか無くなって、もっぱらテレビ画面や雑誌の中でニコニコ笑うミサキの事をあたしが画面越し紙面越しに眺めているだけだから、彼女の本心など確認する事も出来ない。


 でも、一つ確実なことがある。


 ミサキは夢に向かって羽ばたいているってこと。あたしを踏みつけてミサキは大空に羽ばたいたんだ。彼女が白鳥なら、きっとあたしは惨めな鴉だ。

 なぜか画面が滲んだ。鼻水が急に出てきた。



 ☆ ★ ☆



 空は高く、河原とか路肩の植え込みにちょこちょこ彼岸花が咲き始めていて、秋だねぇ、綺麗だねぇって人は言うけど、あたしにはその花はひっくり返った真っ赤な毒蜘蛛みたいに見えてしまって、綺麗とは思えなかった。

 あたしは、好きな物は好きっていうし、嫌いな物は嫌いって言う。人の意見に自分を曲げてまで合わせる必要なんかないって思うんだけど、どうもそういうこと言うとひんしゅくを買うみたい。


「素直にならずに屁理屈を言ったり、物事を卑屈に見る所が可愛げがないんです。だから、仲間外れの対象になったんじゃないかと教師の間でも話しています」


 ってクソ教師はわざわざあたしの前で偉そうに母親に説教してた。

 ……殺せばよかった。偉そうに教師づらしやがってあのクソ野郎。あの時、包丁でも持ってたらよかったんだ。


くすのきさんは素直で真面目で可愛らしい良い子です。今は芸能界で頑張ってますし、いじめなんてするような子には全く見えないんですがね」


 真面目な顔してクソ教師はトンチンカンなことを言う。


「それより私は娘さんの素行の方が問題があると思います。物事を斜に構えて、なんでも小馬鹿にするような態度ばかり取って。教師の間でも正直言いまして評判は悪いです。もうちょっと中学生らしく素直にみんなの輪に加わっていれば、今回のような意地悪もされなかったんじゃないですか? にしても、そこまでたいしたことをされていないのに学校を休むのは精神的に未熟としか言えないと思います。義務教育である以上、中学は何としても通っていただきたい。娘さんの将来のためにも一度無理やりにでも学校に連れて来ていただきたいと思っています」


 今思い出しても悔しい。本当に殺してやりたかったんだけど、あたしは悔し涙が溢れて溢れて、ぐっと歯を食いしばってたから殺す余裕がなかった。ただそれだけのことだった。

 まぁ、あたしへの嫌がらせはその主犯格であるミサキが芸能界入りしたことで無かった事になったし、金魚の糞みたいなミサキの腰巾着連中も、彼女がいなくなると、報復を恐れてか、もうあたしに絡んでくることはない。ぬるい毎日が過ぎていくだけになった。


 あたしの現実世界からミサキは消えた。


 でもいつもミサキはあたしの前に現れる。コンビニに並ぶファッション雑誌に。何気なくつけたテレビのコマーシャルに。街で流れる流行歌に。

 いつもミサキがあたしを追いかけてくる。昔は何をするにもあたしがミサキの後を付いて回っていたってのに、おかしいよね。


 まだ、小さかった頃、あたしはいつもミサキの後をついて回っていた。

 ミサキはあたしより身長も高かったし、あたし以上に好き嫌いが激しかった。あたしは優柔不断で、何にも自分で決められず、いつもミサキの陰に隠れていた。


 ミサキはいつもあたしを守ってくれた。梶にランドセルを隠された時も、飯田に上履きを捨てられた時も、いつもあたしのために戦ってくれた。

 それなのに……。


 六年生の時、ミサキとあたしは同じ人を好きになった。別にイケメンでもない坊主頭の相良クン。足はクラスで一番早かった。

 ミサキの方があたしより美人だったのに、相良クンはあたしを選んでくれた。嬉しかった。まあ幼い恋なんて一緒に登下校するくらいだし、デートらしいデートなんてコンビニでガリガリ君買ったくらいだし、カップルなんてまだ少なかったから周りに冷やかされて、すぐに恋は終わったけど。

 それはいいんだよ、別に。

 ……でも、冷やかし始めた張本人がミサキだった。


 そこからだ。あたし達の関係性が変わったのは。


 何かにつけて意地悪をされるようになった。初めはおふざけが過ぎるなぁなんて嫌な気持ちになりながらもへらへら笑っていたんだ、あたしも。でも、中学に入ったあたりからエスカレートした。


 あたしはできるだけミサキから距離を置こうとした。でも、ミサキは言葉巧みにあたしを惑わしては嫌な気持ちにさせた。嫌がらせをされてるなんてあたしの思い込みで、本当に仲がいいから度が過ぎているだけなのかもしれないって、そう願いたかったあたしの気持ちを利用したんだ。


 あたしがミサキだけじゃなくて、その腰巾着みたいなのにまで馬鹿にされ始めた頃、ミサキは相良クンと付き合い出した。


 あたしがまだ相良クンのことを好きなの知ってるくせに。キスしてるプリクラとかを送りつけてくるんだ。それでも、馬鹿なあたしは親友の幸福を祝福できない自分を責めていた。馬鹿だよ、あたし。



 テレビのチャンネルを変えて、つまらない経済のニュースを見ていると、CMに切り替わった。最近解散を発表したアイドルグループのメンバーが笑顔でスマホゲームの宣伝をしてる。落ちぶれたなーなんて思ってると、次のCMであたしの表情は凍りついた。


『あなたの周りで、辛い思いをしてる人がいるかもしれない。見ないふりはもうやめて、一言話し掛けようよ』


 イジメ撲滅キャンペーンの公共広告。ミサキが便器色の歯を見せて笑いかけてきた。


 震える指先。


 あたしの中で何か割れた。心が急に冷たくなる。


 あたしはスマホに手を伸ばす。

 ロックを解除し、写真フォルダ開いた。

 凍りついた時の中、指先でアルバムをスクロールする。


 見つけた。

 あのプリクラ。


 相良クンにキスするミサキの笑顔。

 あたしへあてつけに送ってきたプリクラ。


 あたしはスマホの画面をタッチする。


 匿名掲示板にアクセスする。

 迷いはなかった。

 ミサキのスレを探す。

 あった。


『ミサキたん可愛いなぁ』

『処女かなー』

『は?処女なわけねーだろ、あんな可愛い子が』

『いや、まだ中学生だろ。処女の可能性もまだあるぞ!』

『やることやってるよ』

『でも、彼氏いたことないって言ってるぜ』

『嘘に決まってんだろ』

『あー。ヤリテーなー』

『オナニーして寝ろ』


 垂れ流されるドブ色の言葉。

 あたしは迷うことなく、あのプリクラを写真を貼り付けた。


 一気に騒めきたつスレ。

 下品な言葉に埋め尽くされる画面を見ることをなく、あたしはそっとブラウザを閉じた。


 涙なんてもう乾いていた。

 本棚から小学校の卒業アルバム、彼女の住所が乗った連絡網を引っ張り出す。

 スマホの無機質なシャッター音が部屋に響く。

 もう、すべて終わりだ。


 チャンネルを戻してみる。

 ミサキは相変わらずニコニコと笑いながら華やかな世界を満喫している。


 あたしは再び掲示板を開いた。

 すでにミサキの話題で掲示板は炎上していた。


【楠ミサキは人間のクズ】


 あたしは新たにスレッドを立て、写真を投下した。


 所詮、あたしは生ゴミを散らかすだけ散らかす、


 汚いだけの飛べない鴉なんだ。



 テレビの中のミサキはまだあの綺麗な白い歯を見せて笑っていた。



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