005 管理と平和の境界

「皆さん、よく‘ぬいぐるみ’群れを抜けてここまで来れましたね。」

「ロキっ、今度こそつかめえて、想区のカオス化をやめさせるんだからっ。」

「おっと、ですが、その前にこの想区の調律を先にしなくてはいけないのでは?」

「くっ…」

「お前の目的は何だ?何のためにこんなことをした?」

「残念ながら、それはあなた方のしらなくていいことです。」

後ろのドアからさっきの『ぬいぐるみ』が押し寄せる。

「どうやら、クライマックスのようですね…。」

ステイが片手剣を抜いた。

「ついにカオステラーのお出ましか…。いくぞっ‼」

「おう!」

………

……

「うっ…。」

ステイはついに倒れた。

「よしっ、勝った…。」

「ついに…やりましたね。」

「れいなさん…調律をお願いします。」

「わかったわ…『混沌の渦に呑まれし語り部よ…』」

「本当に、調律していいのですか?」

「!?」

さっきまで誰もいなかったはずのところに、ロキがたっていた。

「どうゆうことよ、それっ‼」

「どうも、こうも、そのままですよ。このまま調律したら、この想区はもとの危険な物語へと戻ってしまいますよ?」

「…一体、何が言いたいのよ。」

「つまりですね、あなた方の目的は、物語の中の人々の意思を尊重し、カオス化してしまった物語を元に戻すこと…でしたよね?」

「そうだけど、それがどうしたっていうのよ。」

「では、この想区に住んでいた人々の願いは一体何だったでしょうか?」

「それは…。」

「俺たちの願い…それは‘ヴィラン’がいなくなることだった。」

「そうです!では、今、この想区は一体どんな状況でしょう?」

「‘ヴィラン’がいなくなった状態…。」

「そのとおり。では、今、あなたたちが仮に調律をしたとしましょう。すると、その後、この想区はどうなるでしょう?」

「それは…。」

「‘ヴィラン’があふれ、人々がおびえて暮らす想区ですよ。」

「でも、それはっ…」

「確かに‘調律’を彼らがすれば、‘ヴィラン’が消えるでしょう。ですが、忘れていたとは言わせませんよ、想区では、物語がくりかえされ続けるんです。つまり、物語のエンドロールの後、再びプロローグから物語が始まるんです。」

「‼」

「つまり、このまま、カオス化したままだったら、人々は‘ヴィラン’に襲われることなく平和に暮らせるというのに、あなた方は、調律をして、人々を危険にさらそうっていうんですか!?」

「俺たちは…」

「あなた方は黙っていてください。これは、物語に縛られたあなたたちにはわからない問題です。」

「なっ…。」

「さて、こたえてください。お姫様。」

「それは…」

「お嬢、あいつの口車に乗せられるな。おい、ロキ、あんたはそう言うが、今、カオス化したこの想区はあんたらが嫌っていた停滞した状況で、元の‘ヴィラン’がいた想区のほうが、あんたらの目的にあっているんじゃあないのか?」

「確かに、現状しか知らない、あなた方には、そうみえるかもしれませんね。ですが、もともとこの想区は‘ヴィラン’がいて、人々が襲われていたところまでは、私たちがして来たこと、そして私たちが望む目的の最適手であったんですがね、この想区の人々は、各々の運命の書に従って、‘ヴィラン’に襲われる日々を受け入れ、一部の人間だけに戦うことを任せてしまった。そして、‘ヴィラン’と戦う人々も、金の亡者となり、考えず、獲物として‘ヴィラン’を狩り、金を稼ぐことしか考えなくなったんですよ。どこのだれが、とは言いませんが。」

そういって、ロキはサヴァンさんたちのほうを一瞥する。

「しかし、これでは、まずい。なぜなら、ほかの想区はカオス化し、ヴィランが現れたことに、おびえながらも対処、つまり、自主的な行動を行ってきた。しかし、この想区の人々にそれはない。考えることをやめた生き物は、植物と何ら変わりがない。ですから、私は、この想区が少しでも停滞をやめ、人々が自主的な行動をとるようにするために、‘ヴィラン’という脅威のない、平和な世界を作ったんですよ。」

「…ロキさん、あなたはこの想区のどこを見て一体、停滞していたなんて言っているんですか?」

「おや、お嬢さん、それは一体どういういみですかな?」

「そのまんまの意味ですよ。あなたの目には、どこに停滞というものが見えていたんですか?ええ、もちろん、この想区の人々は‘ヴィラン’を受容し、戦うことをやめていたかもしれません。ですが、金の亡者だったサヴァンさんがラーラさんを助けるために聖教上層部の命令を無視したこと、四神官の方々が‘調律’をしようとしたこと、‘カオステラー’化してしまったとはいえ、元は‘ヴィラン’を消すためにスケエルに会いに行こうとしたラーラさんの気持ち、それを考えても、この想区の人々は停滞していると言いますか?」

「たとえ、四人五人がどうこうしたところで、全体から見たら、停滞していることには変わりがないんですよ。」

「いいでしょう、じゃあ、仮に物語全体が、停滞していたとしましょう。だとしても、今の、あなたが言うこの平和な世界よりかは間違いなく、ましでした。」

「…どういうことですか?」

「そもそも、あなたは、この想区が平和になって、人々が自主的に行動するためと言いましたが、四神官によって管理され、人ならざる者が人間のように見えるように術を掛けられそれ自体にも気づかない。もし、術を破り、人ならざる者をはっきりと人ならざる者というと殺される。こんな世界のどこが平和なのでしょうか?自主的な行動ができるのでしょうか?確かに多少の管理は必要です。人々が平和に生きていくには。ですが、行き過ぎた管理というものは、平和を損ない、自主性を奪ってしまうものです。いうなれば、今、このカオス化した想区では、人々は植物ですらありません、生を持たない石や水にすぎません。」

「残念です。私たちの考え方がまた理解していただけないようで。」

ロキはわざとらしくため息をつき、翻る。

「まちなさいっ!」

「待ちなさいと言われて、私が待つとお思いですか?お姫様。私はこの辺でお暇させてもらいましょうかね。この想区のカオステラーの倒されてしまいましたからね。。では、またお会いしましょう…。」

     ロキはそういうと、秘密の部屋から出て言った。

「みんな、追いかけるわよっ!」

「落ち着いて、れいな。」

僕は今にもロキの後を追おうとするれいなの腕をつかんで止める。

「落ち着いてられるもんですかっ!」

「お嬢、優先順位をかんがえろっ!」

珍しくタオがれいなに向かって怒鳴った。

するとれいなは、その剣幕に驚き、追いかけるのをやめる。

「なんで止めたのよっ!」

「お嬢、落ち着いてくれ、今もしここで、あいつを追いかけたら、せっかく倒したカオステラーが目を覚ましちまう。そうすれば、すべてが水の泡だ。これもあいつの罠なんだよ。」

「…わかったわ。今は、『調律』をするときよね…。」

「ちょっと話をしてもいいか?」

「はい、だいじょうぶですよ。」

「そうだな…今回は助かった。恩に着る。これから、調律をするってことは、俺たちのこれまでの記憶は消えるんだろうが、今回のことを完全に忘れることはないんだと思う。」

「…また、会えるよね…?」

「ええ、きっと。」

「皆さん、がんばってくださいね。」

「皆さんに、スケエル様の加護があらんことを。」

「みんな、ありがとう…。調律を始めるわ…。『混沌の渦に呑まれし語り部よ』

    『我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』」

…………

………

……

こうして、僕たちは調律を終え、元に戻ったこの想区を、サヴァンさんとラーラのアジトがあった場所から眺めていた。

「あっ…。」

      町の中で、男性が‘ヴィラン’に襲われている。

  れいなは一瞬駆けだして、助けに行こうとしたが、その場を動かなかった。

「助けに行かなくていいの?」

「ええ。」

      見ていると、男性は、煙幕を張って、‘ヴィラン’から逃げおおせるところだった。

      まだ、この町に、サヴァンたちは帰ってきていない。しかし、そんな中で、人々は‘ヴィラン’に襲われるだけではなくなっていった。

「やっぱり、停滞してるわけないわよね。」

「うん。」

「なに、二人だけの世界にはいっているんですか?新入りさん。いきますよ。」

「えっ、うん。いこう!」

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混沌のダブルリバース ハチロク @Hatiroku8620

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