一億円と無価値のワナビ

久佐馬野景

 魔法使いはワナビが嫌いだった。必ず撲滅せねばなるまいという義務感こそないにしても、彼らの駄文がインターネットに溢れているのを見ると酷く腹が立つのだった。

 そこで魔法使いはワナビにこう契約を持ちかけた。

「君に一億円をあげよう。その代わり、君はこれから一生小説を書いてはならない」

 これは魔法であったから、魔法使いの契約に逆らうことは適わない。魔法使いは最初にこのことを言い含めるというフェアプレイ――というよりは嗜虐的な方法を取り、これに従ったワナビから小説を書くという行為を失わせた。

 ふん、ワナビなど所詮はその程度よ。魔法使いはほくそ笑んだ。楽をして楽をして、真面目に働きたくなどないというような考えしか持ち合わせないのだ。一億円という潤いを与えられれば、ワナビなどという曖昧な自己などかなぐり捨てて遊んで暮らすだけさ。

 これを続ければワナビは減っていくだろう。魔法使いはワナビの欲望を満たし、ワナビは金を得て、皆幸せになっていった。

 ある日のことである。魔法使いがワナビに契約を持ちかけた。

「君に一億円をあげよう。その代わり、君はこれから一生小説を書いてはならない」

「じゃあいいです」

 ワナビはこともあろうか魔法使いの申し出を断った。こんなことは初めてだったので、魔法使いは少しばかり慌てた。

「待ちたまえ。一億円だよ。一生とは言わないが暫くは遊んで暮らせる額だ。貰わない手はないだろうに」

 ワナビは悩む素振りも見せず、

「いえ、僕は小説を書かなくてはならないんです。それをやめることは出来ない」

 そこで魔法使いはスマホを取り出し、ワナビのネットで公開している小説ページを開いた。

「見たまえ。君の小説はこんなに人気がないではないか。書籍化は疎か、そもそもの読者すらいない。こんな状態で、小説を書き続けることに何の意味がある」

 魔法使いはさらに続ける。

「君のこれまでの累計ポイントは日間ランキング300位にランクインするのに必要なポイントより少ない。君の累計PVの何倍ものPVを、上位作品は一時間で獲得する。君が連載を始めて五年でやっと一つもらえた感想を、上位作品は更新する度にもらえる。君の行いには何の意味もない。ただただむなしいだけではないか」

「そうですね。毎日ただただむなしさばかりが広がっていきます」

 では――と魔法使いが言い寄ろうとしたのを、ワナビは首を振って拒絶する。

「でも、書かなくてはならない――書かずにはいられないんです。ただの自慰行為だと罵られようと、誰からも読まれなくても、小説を書くことだけは曲げられない。時々上を見ると、あなたの言う通り自分がいかに無価値なのかが厭でもわかります。あまりの格差にむなしさは途方もなく大きくなります。それでも、書くことだけはやめない。僕は人気やPVや感想だけを求めてはいないからです。書くという行為を大切に、そして一つの物語を書き終える時を目指して、僕は書いています。それは暗闇の中手元の灯りを目指して歩く行為なのかもしれない。それでも僕に見えている光明はもうこれだけなんです。報われることは望みますよ。当たり前です。でも、報われることだけを望む訳でもないんです。無価値であろうと、そう決定付けられようと、僕は書くことをやめることは出来ません」

「君は全く愚かだな!」

 魔法使いはほとほと呆れてそう叫んだ。

「少なくとも私が今まで一億円を与えたワナビ達は今、君よりもはるかに幸せだ」

「そうでしょうとも」

 魔法使いはもう帰ることにした。こんな愚かなワナビと話すのは、もう飽き飽きだ。

「そうだ。言い忘れていました」

「なんだね」

「僕の貯金は200億円あります」

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一億円と無価値のワナビ 久佐馬野景 @nokagekusaba

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