Later story 『ただ、貴方の隣にいるだけで』

彼女の笑顔を見られなくなった翌日。

僕は彼女のお母さんに呼ばれて、家を訪ねていた。


「こんにちは」

「いらっしゃい」

「あの……今日はどのようなご用件で」

単刀直入に問いかけると、おばさんは疲れの残る顔で笑った。

「君宛の言葉が見つかったの。渡しておくべきだと思って。突然ごめんなさいね」

招き入れられて、リビングに案内される。

僕の前に置かれたのは紅茶だった。

彼女の記憶がフラッシュバックする。

「好きでしたよね、紅茶」

主語なんていらない。思い出は共通のもの。

「ええ。何杯飲んでも飽きない、そう言って笑ってたわ」

そのときの様子が目の前に現れたのか、おばさんは微笑んだ。血の繋がった親子なんだ、と改めて思わされるほど似ている微笑。

ついこの間まで僕に向けられていた彼女の微笑と重なるから、僕は目をそらした。直視できなかった。

「あの、僕宛の言葉って……」

「そうそう、渡さなくちゃね。といっても、メモ帳の一切れなんだけど。あの子はこういうところがダメね」

なんだか分かる気がする。基本的には真面目なのに、どこか変なところで抜けているのが彼女の特徴だった。

ちょっとして戻ってきたあばさんは、手に小さな紙を持っていた。

「ありがとうございます」

そして、受け取るときに気づいた。

涙の跡。

見てはいけないものを見てしまい、思わず不自然な態度を取ってしまう。

僕が気づいたことに気づいたみたいだ。

「ごめんなさい、こんなところ……。耐えられなかったの。あの子がもういないなんて、あの子がいない部屋がここにあるなんて」


なんだよ。君は、ちゃんと、愛されていたんじゃないか。

お母さんが泣いていたのは、君がいなくなることが信じられなかったからだろう? 君は―分かってたの? あれは、君の甘えだったの?


今となっては分からない。答えのない問題は解けない。

「いえ、誰だって同じでしょう」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

紙をしっかりと受け取る。


小さかったのは、折り畳まれているかららしい。


慎重な手つきになるのは仕方ない。


開く。


涙で文字が歪むのは、時間の問題だった。



ただ、貴方の隣にいるだけで幸せでした。

ありがとう。またね。

貴方の友より。

                                   fin.                                    

         

             

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Close to you 歌音柚希 @utaneyuki

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