船乗りシンドバッド

 とある想区の『主役』の話をしよう。


シンドバッドは裕福な商人の子として産まれた。だがシンドバッドは商人の子として産まれたのは、間違っていたのかも知れない。昔から家の中や庭しか知らなかったシンドバッドは、物心がつくと本を読み始めた。その中でも特に熱中して読んでいた本があった。それは、冒険譚だった。冒険家がさまざまな場所に旅をして財宝や秘境を見つけた話や船乗りが普通ではありえない体験をしたときの話など、家の中や庭では決して味わうことのできないことを聞くだけで、シンドバッドは退屈な日々の生活が楽しく感じるのであった。また、それと同時に絶望を感じるのであった。それは一生自分の運命には記されないだろうと。

それから何年か過ぎ、『運命の書』に記されていた通りシンドバッドの母親は死んでしまった。その頃から『運命の書』にはシンドバッドが商人としてさまざまな国に旅をすると記されるようになった。それでもまだシンドバッドの心は満たされなかった。それどころか、もっと大きな冒険がしてみたいと思うようになった。

そして、『運命の書』に記された通り、シンドバッドの母親が死んで半年後には父親も死んでしまった。

そこからシンドバッドの『運命の書』には、昔記されないと思っていたことが記されるようになった。このときはシンドバッドも自分の運命を大いに喜んだ。

そしてこのときからシンドバッドは、『船乗りシンドバッド』として航海をするようになる。

最初はなにが起こるかわからない冒険にシンドバッドは心を弾ませていた。だが、三度の航海から、巨大なクジラや大蛇や言葉の通じない先住民に襲われ、無人島に置き去りにされるなどを経験して、しだいに、壮大な冒険譚の中の僕だけを知って楽しんでいる周りの期待といつ冒険をするのかという恐怖にシンドバッドの心は擦り減っていった。そんなシンドバッドをみて面白がっているのか、『運命の書』は、『船乗りシンドバッド』としての運命を終わらせるどころか、あと四度の航海をするように記した。

そして、シンドバッドはその頃から自分の運命に不満を感じるようになる。


「周りの期待も冒険もどうでもいい!

僕はもう静かに暮らしていたいだけなのに!

それなら、僕は周りの運命を壊してやる!」



「な、なぜだ!なぜ止めるんだ!

僕は当然のことをしただけだ!」


ヴィランやメガ・ヴィランをすべて倒し、カオステラーの行動を止めたエクスたちは、カオステラーとなったシンドバッドから話を聞いていた。


「お前のその行動で、想区の住人が迷惑してるからだよ。」

「それにあなたがしていることは、ただの八つ当たりです。」

「ち、違う!周りが僕に期待するから!」

「シンドバッド。想区にはたくさんの人がいるけど、そこには『主役』は一人しかいないんだよ。だから『主役』になれた自分の運命に、誇りを持ったらいいんじゃないかな。」

「誇り....今度は持っていられるかな。」

「君ならきっと平気だよ。だって君は、『船乗りシンドバッド』なんだから。」


「——混沌の渦に呑まれし、語り部よ。

我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし——」


エクスがシンドバッドにそう告げるとレイナは『箱庭の王国』の一部を詠唱し、

『調律』を始めた。



エクスたちは、この想区に来たときの森を抜け、次の想区に向かうべく『沈黙の霧』に入ろうとしていた。


「シンドバッドは、自分の運命に誇りを持っているかな。」

「シンドバッドくんならきっと、楽しく冒険してますよ。」

「そうね。私たちも次の想区に向かいましょう。」


そう言って、エクスたちは想区を後にしたのであった。






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臆病な船乗り 河斬 誠 @maddog

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