Open Hands
「なるほど………それはまた、面白い手を使いましたね」
私からの報告に、ベルフェがクスクスと気持ち悪く笑う。
とはいえ、悪い気分ではない。私が何をしたか、理解してもらえるのは嬉しい。
別段、注目を浴びたいわけでも評価が欲しいわけでもない。ただ単に、理解してもらえることの有り難みを知っただけだ。
………例えば私の左隣や腰にいる、馬鹿どもと話すと特にそう思う。
あれだけ、計画段階から説明して、「詰まりどうしてこうなったのですか?」なんて尋ねられるともう怒りを通り越して呆れてくる。
というか、過程を理解してないやつが詰まりとか言うな。
「まあまあ。………そちらのお嬢さんも、ずいぶんなご活躍だったようじゃないですか」
ベルフェの言葉に、ディアは静かに目礼だけして済ませる。
カクテルの出来映えを誉められたマスターと同じ、冷静な反応である――口一杯にカレーライスを詰め込んでいなければ。
「そう思うのなら、報酬は2倍だな。ディアにも支払ってやれよ」
「それ、結局クロナさんに2倍ですよね………? それより、気になることがあるんですが」
「なんだ、一通り話したはずだが?」
「簡単ですよ。なぜ最後に、ユジーンは毒を選んで飲んだか、です。まさか、蓋を間違えた訳ではないでしょう?」
そんなことか。
私はスコッチで喉を潤すと、口を開く。
「簡単だよ。私が暗殺者だと気が付いたからさ」
「だとしたら、薬を飲もうとも思わないのではないですか? 暗殺者から渡された薬なんて、毒に決まっているでしょう?」
「それだと、偽【
そう、ユジーンは私の毒の詳細を知らなかった。飲んでも死には至らないということを知ってさえいれば、薬を飲むことはしなかっただろう。
しかし、ユジーンは知らない。
そもそも、暗殺者が盛った毒だ。致死毒だと考えるのが当たり前である。
「どうにかして、薬は飲まなくてはならなかった。しかし、
加えて言えば渡したとき、私は薬を試しに飲んで見せている。どちらかは確実に薬だと、見せてやったわけだ。
「………なるほど。貴女が懇切丁寧に『赤が毒だ』と力説すればするほど、それが逆に薬に思えてくる訳ですね」
暗殺者ではないという嘘がバレたことで、ユジーンは、私が他にも嘘を吐いたと思ってしまった。
しかし、とベルフェは首を傾げる。
「ユジーンは、ご自慢の
「そうだな。だから、ディアに頼んだのさ」
「は?」
「水をぶちまけさせたのさ」
ディアの【マーレン】は、中に取り込んだ液体に魔力を込め、斬撃として放つことができる。斬撃の形を、途中で液体に戻すこともできるのだ。
その液体には、魔力がこもったままだ。
そして私には、【
濡れたユジーンの靴がどういう風に動いてその秘密の倉庫に向かったのか、まさに一目瞭然だったわけだ。
「【宝物庫】の場所さえ解れば、仕込める」
「すり替えを? 危険な真似をしましたね。ユジーンの倉庫なら、魔法道具の展示に
「だろうな。だから、触ってないよ」
「………は? しかし、仕込みとは………?」
「逆だよ、逆。取るんじゃなくて、ちょっとした紙くずを、落としておいたのさ。私が忍び込んだと解らせるためにね」
小さな、しかし確かな侵入の痕跡。
それに気がついたユジーンは、当然すり替えを連想してしまう。
赤い蓋と青い蓋の入れ替えが行われたと、推測してしまう。
「どちらか一方は薬、これは目の前で見たから確定事項だ。宝物庫への侵入、これも事実。あと考えるべきことは、どちらかということだけさ」
「そうなると、貴女の発言は嘘だとユジーンは思わざるを得ない――貴女が自分を騙して、薬と偽り毒を飲ませるつもりだと」
「ああ、お前のグラスに入れたようにな」
ベルフェが咳き込んだ。
ごほごほと死にそうなくらいむせる魔術師をニヤニヤと眺める。まあ、悪くない眺めだ。
「悪いな、冗談だよ」
「笑えませんよ、まったく………」
「ま、とにかくこれで解ったろ? 私を疑った時点で、あいつが毒を飲むことは決定してたのさ」
「………もし、貴女を信じて青い瓶を飲んでいたら、どうなりますか?」
私は答えず、グラスを揺らす。
半ば以上が融けた氷が、音を立てて割れる。
「瓶の中身は、無害な代物だよ。だが………瓶自体がそうだとは言ってないな」
指を舐め、グラスの縁をなぞる。
薬の瓶に口をつけたあと、私がそうしたように。
「その時に、毒を? えげつないなぁ」
「飲んだら拭くのはマナーだよ。まぁ、少しばかり指が汚れてたかもしれないがね?」
私はひょいっと、ディアの皿から
ひきつった笑みを浮かべて首を振る魔術師に、我ながら意地悪く笑いながら、自分の口に放り込む。
悪くない味だ。
最高のつまみが沈黙だという持論は、曲げるつもりは無いが。
たまにはこういうのも、悪くない。
「さてと。では、報酬についてだが」
「え? まさか………本気で2倍とか言いませんよね?」
「解ってるよ。それよりも、というか、事後処理というかだが、ディアのことだよ」
「あぁ、そういえば、新聞にも似顔絵が出てましたね――食中毒被害者と。それが、何か?」
「お前の方で、手を回せないか? 巡視隊や野次馬にいらん詮索をされても困るからな」
ふむ、とベルフェは腕を組む。
翠緑の瞳が、探るように私の瞳を覗き込む。なるべく不機嫌そうに見返してやると、ベルフェは僅かに考えるような仕草をして、やがて、まあいいでしょうと頷いた。
「そのくらいならば、ファフニル様にお願いできるでしょう。その代わり、クロナさん、貴女の下にいる限り、と条件を付けさせて貰いますからね?」
「ああ、頼む」
素直に、私は頭を下げた。ベルフェの対応がどれだけ寛容か、解らないほど鈍感ではない。
話さなければならなかったからだ――魔術師でもないディアが、魔力を扱うと。
魔術師たちは、排他的な組織だ。自分たちでない魔力使いに良い気分で接しはしないものだし、不機嫌な魔術師など安穏とした人生には必要ない。
ベルフェのお墨付きならば、面倒は避けられるだろう。
やれやれ、と私は安堵の息を漏らした。
これでようやく、予定通りだ。
………実際。
ただ殺すだけならば、もっと手軽な手がある――そもそも井戸に、もっとましな毒を投げ込めば良いだけだ。
それを、敢えてこんな回りくどい手をとったのは。
ディアにお墨付きを与えさせるためだ。
存在そのものからして、ディアは魔力の塊。扱う技も魔力を軸にしたものだ。
ならば――魔術師の後ろ楯を手に入れるのが、手っ取り早い。
そのために、ディアに活躍してもらわなくてはならなかった。活躍し、注目を浴びてもらわなければならなかったのだ。
新聞にも載ったくらいだ、これで、町の皆にディアの顔はしっかり覚えられたはずだ。
繋がりが、出来たはずだ。
………私は、ディアを別世界に連れてきてしまった。
彼女が今まで築いてきた関係を、全て断ち切ってしまったのだ。
だから。
私が、新たな糸を繋いでやらなければならない。たとえそれが――、
――【暗殺者】ディアとしての、繋がりだとしてもだ。
夜は更けていく。
グラスが幾杯も空になり、そして、同じペースで皿も空になっていく。
積み上がる皿を見上げながら、私もベルフェも、揃ってため息を吐いた。
悪くない繋がりだが、これは少々胸焼けしそうだな、まったく。
暗殺者クロナの依頼帳Ⅲ 迷惑な蒐集家 レライエ @relajie-grimoire
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