Return White to Black

「ふふ、ふふふ………」


 自慢の【宝物庫】に毒と薬を仕舞うと、ユジーンは自室に戻った。

 椅子に腰を下ろすと、堪らず含み笑いをこぼし始める。誰も止める者の居ない薄暗い部屋に、しわがれた笑い声は徐々に大きく、激しい笑いへと変貌していく。


 老仲介者ブローカーの頭にあるのは、自身の演じる喜劇コメディ台本シナリオだ。


 毒を飲まされて、苦しむ自分。

 誰もが諦めたその時、薬によって蘇るのだ。

 必殺の毒を癒す万能薬に観客は驚き、それを求めることだろう。それが高額だとしても。


 暗殺者も、ユジーンが薬を持っていると知れば毒は諦めるはず。その後は手段を変えるだろうが、生憎ユジーンの屋敷に隙は無い。不用意に飛び込んでくれば、自慢の護衛がものを言うだけである。


 まさに一石二鳥。他者に安心を売り、己の安全を買うわけだ。


「ふはははは、ははははは!!」


 笑いが止まらない。

 ユジーンの哄笑は、深夜、寝静まるまで続いた。









 翌日。

 誰も起こしに来ないことを疑問に思いつつ、ユジーンは厨房へと向かった。


 そこにも、誰もいない。護衛は勿論、住み込みのコックたちの姿も見えなかった。


 水瓶を覗き込む。


 毎朝メイドたちが井戸から汲み上げるそこには、半分ほど残っていた。

 掬い上げて、ひと口飲む。………冷たい。

 ということは、夜の内に皆出ていったなどということは無いわけだ。


 首を傾げながら、居間に向かう。この時間ならまだ誰か、詰めているはずだ。

 不気味な予感を振りきるように、ユジーンは足音荒く居間へと入り、


「なっ!? 何事だ!!」


 叫んだ。

 ………そこには、確かに護衛の面々が詰めていた。賄いでも供していたのか、コックやメイドの姿もある。


 


 息はあるらしく、全身をピクピクと震わせている。

 慌てて駆け寄るが、皆白目を剥き、身動きひとつ取れないらしい。


 ………その様子に、ある【毒】の名前が脳裏をよぎった。


「まさか、【石化剤メドゥーサ】か?」


 暗殺者が、仕掛けてきたのだろうか。

 ふと、ユジーンの眼が彼らの手元に向かう。

 何かを掴むような姿勢で硬直した彼らの手。その近くの床には、ガラスのコップが転がっていた。

 


 ――水。


「………っ!!!!」


 !!

 !!

 だとしたら、と思ったその瞬間。


「っ!? ぁ、ぁぁ………?」


 全身が、痺れ始めた。

 足がもつれ、舌が回らなくなる。視界が明滅し、よろけてしまう。

 恐らく間違いない――これは、。幸い、飲んだ量が少なかった分即死とはならなかったようだが、このままでは時間の問題だろう。


 く、くすり………薬を、はやく………!!


 ふらつく足に鞭を打ち、ユジーンは廊下を進む。よろけてあちこちにぶつかるが、神秘の罠はひとつも発動しない。

 毒を仕込んだ侵入者が、解除したのだろう。相当なというわけだ。舌打ちしつつ、ユジーンは漸く自らの【宝物庫】にたどり着いた。


 四方を本棚に囲まれた、書斎である。

 突き当たりの棚に近付いて、1つだけある真紅の本に手を掛ける。それが契機スイッチとなって、棚が左右に割れて開いた。

【隠し宝物庫】。


 入り、扉を閉める。

 自らの半生を掛けて集めてきた魔法道具マジックアイテムの数々が、淡い光で出迎える。

 ここは、自分しか知らない秘密の場所。誰かが襲ってきたとしても、充分撃退できる道具が集まっているのだ。

 そこに新たに加わった2つの瓶を取り出す。赤と青、2種類の蓋の瓶だ。


 毒と薬………その内、青い蓋へと手を伸ばしかけて。


 


「………っ!!」


 まさか、という思いと共に、やっぱりという思いも沸き上がってくる。

 昨日の今日で新たな暗殺者がやって来るわけがない。新たな侵入者が、初めて見る部屋の罠を解除できるわけがない。

 以前屋敷に入ったことがある誰かだ――そして、この毒。


 あのラヴィ女――!!

 嘘を吐いたのか、暗殺者ではないと信じ込ませ、こうして毒を。

 ………だが、ユジーンは瓶を見る。薬は、確かにあったはずだ。あの少女を助けたのは、間違いなく薬のはず。


『蓋を間違えないでくださいね』………。

 あの女の言葉が思い出された………


 ユジーンの脳裏に閃いた、1つの推理。

 そこから導き出された答え。

 ユジーンは2つの瓶をじっと見つめ………そして、

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