3. サナギの歌



***


女の子は夢見るの


「いつか私も蝶になる」


でもね、ちゃんと知っているんだ


さらさらの髪


長いまつげ


大きくて透き通った瞳


全部全部手に入れられたらどんなにいいだろう


でもね、ちゃんと知っているんだ


生まれた時からそんなもの持ってないの


だから卑屈になってしまうの


キレイなあの子が羨ましいの


私は醜いサナギの中で


いつまでもただ夢を見ている


でもね、ちゃんと知っているんだ


ぷっくりした唇


夢いっぱいの胸


すらっと伸びた脚


全部全部持ってはいないけれど


この殻を飛び出さなきゃ


あなたに触れさえしないんだって


だから必死に歌うんだ


殻の中からあなたに届くように


不器用でごめんなさい


可愛くなくってごめんなさい


でもね、ちゃんと知っているんだ


これが私の伝え方


私、歌うことなら得意なのよ


いつもよりいっぱい気持ちを込めて届けられるから


だから聴いてね


サナギの歌を


***










 鼓膜が破れるかと思った。大音量の演奏と、沸き起こる拍手、歓声。流れる汗。せっかくの衣装は汗をびっしり吸っていて、もう二度と着ることはできないだろう。千佳がセットしてくれた髪も汗で皮膚に張り付いて台無しだ。息も上がって、喉は枯れて、もうまともに声も出せない。


 でも私、今最高に良い表情してる。


 作り笑顔なんかじゃない。くすぐられた時のような笑顔なんかじゃない。お笑いを見た時の笑顔なんかじゃない。私の中の全部を出し切ってできた、一番自然で一番しっくりくる笑顔。なかなか表に出せなかった。余計な恥じらいとか、体裁とか、嫉妬とかそういうものが邪魔して殻になってしまっていた。


 ああ、思い切り笑うのってこんなに気持ちがいいことなんだ。




 もう私たちのステージの時間は押してしまっていた。スタッフに急かされるようにしてステージを降りる。名残惜しくて、ずっと自分をその場所に生霊みたいに残しておきたかった。でも、持って行こう。持っていかないと。






「——彩羽いろはさん!」





 振り返ると、彼がいた。仮面で視界が狭くなっているのに、私の目はしっかりとその姿を捉えた。人ごみをかき分けてきたのか、肩で息をする。千佳ちかは「先に控え室いくね」と耳打ちして私を置いていく。


「……困るよ。このチケット、係員の人に見せるのすごく恥ずかしかったんだけど」


 彼は私がCDケースに挟んだチケットをひらひらと見せる。途端に、私の顔にむずがゆいくらいの熱が昇った。仮面をしていて本当に良かった。そうだ、あのチケットに書いた四文字——


「あの歌、彩羽さんの本心?」


 彼が私に近づいてくる。怒られるかな。恥をかかせたかな。少しはびっくりしてくれたかな。ああ千佳、今のうちに準備しておいてね。汚れてもいいTシャツに着替えておいてね。私がいつ泣きついてもいいように。




 柊斗しゅうとくんは私の目の前に来て、そっと私の仮面に手に取った。視界が広くなる。


 あれ、彼の顔……こんなに赤かったっけ。








「僕も好きだ。今度はちゃんと、素顔で歌ってるところ見せて」









—end—



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サナギの歌 乙島紅 @himawa_ri_e

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