真実の口7
黄色い声が私の耳を通り過ぎ、回想から現実に戻る。
更衣室のロッカーの鍵が開かないんですけどと二人組の水着のお姉さんに声をかけられた。
そんなことを私に言ってもどうしようもないのに、と思いつつもその均整のとれたナイスバデーを見るとどうにかしてやろうという気持ちにならなくもない。
刺青野郎との抗争なんかに貴重な労力を費やすよりもこちらの方がはるかに有意義である。
下心と見栄、試行錯誤の末、ロッカーを開けることができた。
ピッキングの手法は心得ていなかったが今回は運よく私の力量が足りたようである。
報酬である9000円の給与に変動はない。ボーナスは彼女たちの笑顔である、なんてことはツマラナイから本当は言いたくないのだけど、可愛い女の子に頼られるとどうにも嬉しくなってしまうのは、いやはや、どうにもならぬ。
熱されたコンクリ舗装の道を、アチチチと跳ねるように波のプールの渚へと駆ける少年たちは生まれたばかりの亀の子どもが海を目指す姿に似ていた。
バシャバシャとプールで騒ぎ散らすガキどもを見て、私も年を取ったなあと年寄りみたいに思う。というのも私が目を惹かれたのはガキではなく、むしろパラソルの下でガキどもを見守る保護者、その右手に持たれた露めくアサヒスーパードライ缶であったのだから、無理はない。
ギラギラと輝く太陽の光を狙い澄ましたかのように反射させる様はパブロフの犬よろしく私の喉をそそる。
継続は力なり、食に関しては21年間ほぼ毎日休まず取り組んできただけあり我が味覚はちゃんと年相応に熟練されているらしい。
日に日に黒々しくなるライフセイバーの身体に若干の畏怖を感じていると、園内にようやく蛍の光が流れる。
閉園時間になってから帰り支度を始める客が多いのですぐには帰れずほんの少しばかりサービス残業を強いられる。とくに早く帰路につかねばならぬ事情もないため心穏やかに人波が引くのを待つ。
浮き輪の空気を抱きしめるようにして抜くメロンパンナなお姉さんを見て、来世は浮き輪になりたいなあとほのぼの思う。
これから夜が暮れて、彼らはどこに向かうのやら。
春宵の一刻は千金に値するというが夏の夜もまた乙なものだろう。
そう思うと少し惨めな気持ちにもなるが、むしろこの哀愁に酔いしれる自分は嫌いではない。
風鈴の音が夏を知らせる風物詩であるように、私にとってはこの気持ちこそが夏の到来を感じさせるのだ。
寂しいかしら、どうかしら。打ち上げ花火もいいけれども、線香花火はもっといい。来年はいい花火が見れるといいなあ。
「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」とニーチェは言うが、ごもっともである。
ああ夏だ。夏であった。では、サラバ。
2014/8
毒、ときどき苺 米の王子 @Bekan
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