真実の口6

急に、私は動機が激しくなった。

これは刑法256条、盗品関与罪にあたるからいけないんだ、なんてことはもちろん微塵も思っていない。

ただ、普段お金をいれて買っているものがいとも簡単に、雪崩のように出てくる様に恐ろしさを覚えたのだ。

初めてゲーセンの電源を切った時とは比べ物にならないリアルな罪悪感。

以前の悪さでこれを感じなかったのはおそらくメダルは疑似通貨であるという認識がクッションになっていたからだろう。

胸が締め付けられて、苦しくなる。

それは母に余計な心配をされる息苦しさよりもさらに強大なものであった。


生まれる前から備わっていたであろうアムネーシスたる正義感がついに発動したらしく、私は先輩が差し出したその缶ジュースを受け取りはせず、適当な理由をつけてその場を後にした。


しかしながら、(他のみんなも何か思うところはあったのだろうが)結局のところ私以外の同年代メンバーは全員ジュースを受け取ったようで、やむなく、私は露骨な疎外感を味わうことになった。

翌日の学校から私の周りにたちこめる空気は一転し、元々上っ面だけで立ち回っていたこともあってか、すぐにメンバーから遊びに誘われなくなった。

一部の私と似た思いを持っていたであろうメンバーが同情の意を示してくれたのだが、私はそれにブラック会社の役員や政治家が飛ばす綺麗事のような嫌悪感を抱いた。

くそ、どうせ、内心、さぞかし安心しているくせに。


はりぼての友達を失った当時の私はそれでも誰もいない鳥取砂丘に一人投げ出されたような心細さを感じたし、部活のパス練習のペア誰と組めばいいのだろうとかまたお母さんに嫌な心配をされてしまうやとか切実に悩んでいたのだけど、幸いなことに、それから私は二つ上のKくんたちのグループ(前述の自販機の件で同じくジュースを受け取らなかった組)に可愛がられるようになった。

Kくんたちは利口で気さくで頭が良かったから、私が無理に気を使い、テレビゲームやカードゲームとかで手を抜く必要もなかった。さらに幸いなことにKくんの親と私の親は仲が良かったので、二年後Kくんが小学校を卒業するまで(まあ正確にはそのひと月前にあった四号線上での交通事故まで)は安寧の日々を過ごすことができたのだけどどうやらその思い出に浸っている余裕はないらしい。



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