第3話:未完の名作よりも……。

 どうにかナイトヴィランを退けたエクス達四人。

 一安心する彼らに、パチパチパチと笑顔で拍手を送るスミカワ。


「いやはや流石です。あの数のナイトヴィランをこんな短時間で殲滅するなんて」


 そんな彼女にエクス達は訝しげな視線を向ける。


「おや? どうされました? そんなに見つめられると私も照れてしまいます」


 おどけて返すが、彼らの様子が変わらないと分かると肩を竦めるスミカワ。

 そのどこまでも飄々とした彼女の態度にレイナは呆れたように溜め息を吐く。


「はぁ……スミカワさん? 一つ確認したいことがあるのだけれど?」

「はい、なんでしょう? 『調律の巫女』。私に答えられることであるならば、なんなりとお答えしましょう」

「貴女は言ったわ。ヴィランもこの想区の住人だと。でも、さっきのナイトヴィランは明らかに違った。あれは悪意に満ちたヴィランだった……貴女、なにか隠しているでしょう?」


 そう言ってスミカワを見据えるレイナの目は彼女への疑いに満ちていた。

 元々正体不明の少女なのだ。スミカワ自身がカオステラーであり、この想区のあり方自体を歪めているとも十分考えられる。

 いや、寧ろその方が自然とも言えた。ストーリーテラーの卵や最初からヴィランとして生まれた住人なんて、存在するほうがおかしいのだから。


 一触即発……少しでも返答を間違えば戦闘になる。

 そんな危うい雰囲気が場を支配しようとしていた。

 レイナの後ろに控えていたエクス達も、いつでも『空白の書』に栞を挟めるように準備をする。


 その様子にスミカワは大仰に肩を竦めると、足元に落ちていた一冊の本を拾い上げ、レイナへ手渡す。


「……なによ……いきなり」


 思わず受け取ったが意図が分からずレイナはスミカワを睨みつけてしまう。

 しかし、それでもなおスミカワはどこか余裕のある態度を崩さず、レイナに諭すように語りかける。


「答えは全てその本の中にあります。どうぞご自身の手でご確認ください『調律の巫女』」

「この本が一体なんだって言うのよ。それに、ここの本はタオが読めないって……」

「大丈夫。その『本』は読めるはずです」


 その確信めいたスミカワの言葉に、レイナは渋々といった様子で本を開いた。


 それはある少女の物語だった。

 どこにでもいるごく普通の女の子。

 そんな彼女がある少年へ恋する物語が甘酸っぱい文章で綴られている。


 そうして読み進めていくと、レイナはハッとある事に気が付いた。

 ……自分はこの『本』を知っている。そのことに思わず手が震えた。

 この物語自体を読むのは初めてだ、けれどこの『本』……この『本』は……。


「……この本は『運命の書』なの……?」


 小さく漏れたその呟きに、スミカワはささやかな拍手を送る。


「お見事です『調律の巫女』。仰る通りそれはこの想区における『運命の書』です」

「うそ……だって、これは……」

「いえいえ、まさしく正真正銘の『運命の書』ですよ」


 そのスミカワの言葉にレイナはその場に崩れ落ちてしまう。


「レイナ!?」「お嬢!?」「姉御!?」


 突然、膝を着くレイナに慌てて駆け寄るエクス達。

 

「大丈夫? なにがあったの、レイナ?」

「おいおい。どうしたってんだ、お嬢」

「姉御! 大丈夫ですか? お水飲みますか?」


 レイナを介抱しつつ、視線を彼女が落とした本へ向ける三人。

 

「一体この『運命の書』がどうしたってんだよ?」


 タオがその本を拾い上げ、頁をめくるとエクスとシェインもそれを興味深そうに覗きこんだ。

 そうして少し頁を進めたところで、彼らは目を大きく見開く。

 レイナは、スミカワは確かにこの本が『運命の書』と言った。

 しかし、しかしこの『運命の書』は――


「おいおい、これはなんの冗談だ?」

「……シェインにはとても信じられないのです」

「うそ……だよね?」


 ――この『運命の書』は冒頭の数頁から先が『空白』だった。

 

 物語がそこで終わっているのではない。

 唐突に、突然に、いきなり物語が途切れていた。

 冒頭しか記述されず、残りの頁の大部分が『空白』の『運命の書』……。

 そんなおかしな『運命の書』を目の前に彼らは途方に暮れ言葉を失う。


 その様子にスミカワは悲しげな表情を浮かべてエクス達に話しかける。


「それが先程のヴィランの原因なのです。未完の『運命の書』それが人々を狂わせる」

「どうしてこれは未完なの? 『運命の書』は最初から最後までその人の人生が記されている。そういうものでしょう!?」


 ようやく気力の戻ったレイナは立ち上がると、スミカワに詰め寄り問い質す。

 未完の『運命の書』の正体を。この想区でなにが起こっているのかを。


「確かにまともなストーリーテラーが記した物語ならばそうでしょう。しかし、ここにいるのはその多くが『卵』なのです。勿論、『卵』といえども本物に負けない程の素晴らしい物語の紡ぎ手は数多くいます……しかし……」


 そこで一旦言葉を区切ると、今まで以上に悲しげな表情になるスミカワ。


「しかし、彼らの一部には戯れに物語を書き、ふとした拍子に紡ぐのを止めてしまう。そういう者たちが少なからずいるのです……」


 その言葉にレイナ達は驚愕の表情を浮かべる。

 信じられない、いや信じたくない……そんな顔だ。

 そして、レイナは絞り出すような声でスミカワに確認する。


「投げ出した……ストーリーテラーが物語を放棄した……そういうこと?」


 震える声には、今の答えを否定してほしい、そんな想いが込められていた。

 けれど、スミカワはゆっくりと首を縦に振る。


「その通りです、『調律の巫女』。この想区におけるヴィランの原因、それはストーリーテラーの卵たちが見捨てた物語なのです。いつ終わるともしれぬ物語を待ち続けた、そのなれの果て……」


 言いながらスミカワは周囲に落ちた他の『運命の書』を拾っていく。


「最初の数頁だけ役割を与えられ、あとは『空白』……これがどれほど辛いことなのか『空白の書』の持ち主であるアナタ方になら理解できるのでは? いえ……もしかしたら、その苦しみはアナタ方以上かもしれません……最初からなにもないより、当然としてあったものが突然消える……その方が何倍も恐ろしい」


 スミカワは拾い終えた本の埃をそっと手で拭う。

 その彼女の表情は見ているレイナ達が辛くなるほどに悲しげなものだった。


「未完の名作より、完成した物語を……私たちはただ終わりのある『運命の書』が欲しいだけなのに……」


 なにか言葉をかけなければいけない……そう思うのにレイナ達には言葉が見つからなかった……けれどそんな彼女の手を取り慰めることはできる。

 そう思ってレイナが動こうとした瞬間、再び本でできた建物が弾け飛ぶ。

 そして、現れたのは先程よりも数を増したナイトヴィラン。


 甲冑を纏った禍々しいヴィランへ目を向けながら、スミカワは深い溜め息を吐く。


「これは数が多い……仕方ない。今回は私も手を貸しましょう」


 言いながら彼女が手に取るのはいつかの巨大な本と漆黒の栞。


「シャグラン・コネクト」


 祈る様に呟けば、スミカワはその姿を瞬く間にあの時見た仮面の道化師へと変える。

 道化師が被っているのは、目は笑っているのに涙を流している不思議な仮面。

 けれどその理由が今なら少しだけレイナ達は分かる気がした……。

 

 そんなことを感じながら彼らも『空白の書』へ『導きの栞』を挟み込む。

 今は目の前のナイトヴィランを倒すことが先決だった。

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