第2話:カクヨム想区という場所。
あの後、一悶着あったもののエクス達四人はどうにか自己紹介を済ませ、スミカワと名乗る怪しげな少女の案内で、『カクヨム想区』の中心部にある街を訪れていた。
ただ、当然この少女を全面的に信頼しているわけでない。
理由も分からず突然襲われたのに、それでも信頼するのはあまりにお人好し過ぎる。
けれど、右も左も分からないこの想区、なにかしらの情報が少しでも欲しかった。
だから敵か味方かで判断するなら現在六対四で若干敵という、かなり微妙な位置付けにもかかわらずスミカワに想区を案内してもらっているという訳だ。
しかし、想区の中心部である街を訪れた四人は今まで以上に混乱することになる。
街の建物全てが本でできているのはまだいい方だ。もっと問題なのは……、
「な、なんでヴィランが普通に街の中を歩いてるのよ!?」
「おいおい、こりゃー悪い夢か?」
「姉御、タオ兄、見てください、あっちでは買い物までしてます!」
「はははっ、子供たちと仲良く遊んでるヴィランまでいるよ」
思わずその場で頭を抱えて蹲りたくなる四人組。
それをスミカワは面白そうにクスクス笑って見つめている。
「いやいや、予想通りの反応をありがとうございます、皆様方。けれど、これで私が怒った理由の一端が分かったのではないですか?」
そう、きっと先程戦ったヴィランもここの彼らと同じような無害なヴィランだったのだろう。
だから彼女は怒ったのだ。想区の住人である彼らを傷付けた自分達を……。
「えぇ。大体の事情は察したわ。けれどこれはどういうことなの? そもそもアレは本当にヴィランなの?」
「そうですね、ヴィランか否かと問うのであれば、アレは確かにヴィランでしょう」
「じゃあ、なんであんなに一般人と和気藹々と暮らしてんだよ……」
「それがこの想区の特殊性ですよ、タオ青年」
言いながらスミカワはパチンッとその指を鳴らす。
するとその瞬間、周囲の風景が一変し、四人はどこかの部屋に立っていた。
「「!?」」
驚く四人を面白そうに見つめながら、スミカワは近くのデスクに腰を下ろす。
「ここは私の書斎です。込み入った話もあるので招待させて頂きました」
なんてことのないように言うその台詞にレイナ達は唖然としてしまう。
もう、この想区に来てからというもの驚きっぱなしで心の休まる暇がなかった。
「さぁさ、そこのソファーにでもお座りください。今、お茶を用意しますから」
そうして全員分のお茶を準備したスミカワは、自身のデスクに戻るとレイナ達に問い掛ける。
「それでアナタ達が知りたいことはなんでしょう?」
「……そうね、さっきも聞いたけどあのヴィランはなに?」
「それを説明するには、まずこの想区について語る必要がありますね。ところでアナタ達の中でこの『カクヨム想区』を知っている方はいらっしゃいますか?」
尋ねられてレイナ達はお互い顔を見合わせ、全員同じように首を横に振る。
『カクヨム想区』……そんな名の想区は今まで聞いたこともなかった。
想区には大体にして、その想区の『主役』の名が付けられることが多い。
けれどどう頭を捻っても、『カクヨム』なんて名の『主役』は記憶にない。
四人の態度にやれやれと落胆した様子で溜め息を吐くスミカワ。
「まぁ、無理もありませんか。そうですね、この『カクヨム想区』は簡単に言うと、ストーリーテラーの卵たちが生まれる想区なんですよ」
「ストーリーテラーの……」
「……卵?」
「……です?」
「それは一体……」
唐突な話の流れに困惑を隠しきれない四人。
しかし、スミカワは気にせず話を続ける。
「アナタ達は疑問に思ったことはありませんか? 人々の一生を記した『運命の書』、その作者たるストーリーテラーはどこで生まれ、どこからやってくるのかと」
その問いに四人は思わず無言になる。
確かに気になったことはあった。
そして、もしストーリーテラーに出会えたならば聞いてみたいこともあった。
なぜ、自分達の『運命の書』は空白なのかと……。
「この想区はそんな彼らが生まれる場所の一つなんですよ。まぁ、他にも様々な経緯でストーリーテラーというのは生まれるんですけどね」
告げられた話を上手く理解できず呆然とする四人を見つめながら、スミカワはお茶を一口飲んで再び話しだす。
「この想区のどこかで暮らすストーリーテラーの卵たち。彼らは自由に様々な物語を作り上げ、それを『運命の書』として人々に託していく。ここはそういう想区なんです。ご理解いただけましたか?」
「お、お嬢……俺は頭が痛くなってきたんだが信じられるか?」
「わたしだって同じ気持ちよタオ……ストーリーテラーが生まれる場所だなんて」
「にわかには信じられない話なのです」
「だよね……こんな話は今まで聞いたこともないし……」
「困惑するのはごもっとも。ですが、これで先程の質問に答えが出るわけです。この想区に暮らすヴィランはヴィランなのか? 答えは以前と同じくYES。なぜなら彼らはストーリーテラーが最初からヴィランとして生み出したのですから」
「最初からヴィランだったですって!?」
思わず大声を上げてソファーから立ち上がるレイナ。
彼女が取り乱すのも仕方がないことだった。
彼らが知っているヴィランの正体、それはカオステラーによって『運命の書』を書き換えられた、想区に住む住人たちだ。
だから、レイナ達がカオステラーを退け、歪んだ物語を修正した想区のヴィランは再び元の住人に戻ることができる。
けれど、ここのヴィランたちは最初からヴィランなのだとスミカワは言う。
「えぇ、そうです『調律の巫女』。彼らは最初からヴィランとして生まれ、ヴィランとして死ぬ運命にある。そう『運命の書』に記されている」
「そんな……そんなことって……」
「一体なにを考えてやがんだ、その卵たちは!」
「た、タオ兄落ち着いてください!」
「そ、そうだよタオ落ち着いて! レイナもタオを止めてよ!」
立ち上がりスミカワへ詰め寄ろうとするタオを必死に抑えるシェインとエクス。
それを彼女は興味深そうに見つめ、タオへ話しかける。
「タオ青年……」
「あぁ!?」
「おそらく彼らはなにも考えていないのです。ただ自身が面白いと思った物語を書き上げ、それを『運命の書』として人々に託す。そこに善悪の判断が入り込むことはない。彼らにあるのは物語を書きたい、その純粋な思いだけなんです」
「クソッタレが! カオステラーよりよっぽどタチが悪いじゃねーか!」
体を震わせ憤るタオにスミカワは同じ気持ちだというようにゆっくり首肯する。
「仰る通り。ストーリーテラーの卵たち、その一部はカオステラーより悪辣です。うん、ちょうど東の地区に現れたようですね……」
そう言うと、ここへ来た時と同じように指を鳴らすスミカワ。
再び、四人の周囲の風景が一変し、今度は街のどこかに出たようだった。
困惑して辺りを見渡す彼らの横を、住人たちが慌てた様子で走り去っていく。
次の瞬間、本で出来た建物を吹き飛ばし現れたのは騎士の姿をしたヴィラン達。
「ナイトヴィランですって!?」
「こいつはまた……なぁ、スミカワさんよ?」
「はい、なんでしょう? タオ青年?」
「一つ聞くが、あのデカブツも想区の住人とかいわねーよな?」
目の前にいるナイトヴィラン、それは明らかに街で見たヴィランとは違っていた。
周囲へ無差別に破壊と混沌を撒き散らすもの……理不尽なまでの暴力、その権化としてのヴィランの姿がそこにはあった。
「そうですね……元住人ではありますが、今は討伐対象ということになりますか。皆様方には是非とも『空白の書』の力でアレを倒して頂きたいものです」
ニコリと笑って平然と言ってのけるスミカワにタオは思わず舌打ちする。
「チッ。なんか分かんねーが、掌の上で踊ってやるよ! 行くぞシェイン、坊主! 戦闘開始だ!」
「任せてください、タオ兄!」
「でも、気を付けて! 周りにまだ逃げ遅れた人がいるみたいだ!」
「それは私に任せていいわ! 三人とも手加減抜きでやっちゃいなさい!」
こうしてエクス達はスミカワによって状況が飲み込めないままにヴィランとの戦闘へ放り込まれたのだった。
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