グリムノーツ×カクヨム想区~物語の生まれる場所~

荒木シオン

第1話:ある少女との出会い。

 アナタは物語を書いたことがありますか?


 その物語は完結することができましたか?


 これは作者にすら存在を忘れられた物語のお話。


 永遠に終わることのできない物語のお話。


                        ◇


 ストーリーテラー。それはこの名もなき世界における全知全能の存在。

 この世界の人々は、そんな彼らが作った想区と呼ばれる箱庭の中で暮らしていた。

 その中で人は生まれながらに自身の役割が記された一冊の本を彼らから渡される。


 自分の歩む人生が記されたその本を、人々は『運命の書』とそう呼んだ。


 そんな『運命の書』を悪戯に書き換えて世界を混沌に陥れる存在が現れる。

 その名はカオステラー。狂ってしまった物語の紡ぎ手たち。

 しかし、一部の人を除いてはその名はあまり知られていない。

 なぜなら『運命の書』を書き換えられたこと自体、人々には分からないのだから。


 ……物語が書き換えられた。

 そのことが分かるのは何の運命の悪戯か役割を与えられなかった極一部の人々。

 彼らの『運命の書』にはなにも書かれていない。ただ空白のページが続くだけ。


 それを『空白の書』と誰かが呼んだ。


 運命の記述がない故に、歪んだ運命に立ち向かう力を秘めた不思議な書。

 持ち主自身が自らの力で物語を紡げる、無限の可能性を持った神秘の本。


 ……だから彼らを生まれた想区を飛び出し旅に出た。

 自分の運命を探すため。運命を弄ぶカオステラーから人々を救うため。


 けれど、もしかしたらそれこそが彼らに与えられた『運命』なのかもしれない。




 さて、そんな『空白の書』を携えたある四人組は不思議な想区に迷い込んでいた。


 調律の巫女と呼ばれる少女、レイナ。

 その彼女の力でカオステラーの気配を追い、『沈黙の霧』と呼ばれる想区間を隔てた迷いの霧を抜けたのがつい先程。

 彼らの目の前に現れたのは、大地を埋め尽くす本、本、本、本、本、本、本、本。

 見渡す限りどこまでも世界は書物で溢れていた。


「しっかし、また妙な想区に辿り着いたもんだな……」


 溜め息混じりにレイナの横でぼやくのは、この一行の大将を自称する青年、タオ。

 彼は本を一冊拾い上げ、試しに中に目を通してみる。


「タオ兄、なにが書いてありますか?」


 それを興味津々といった様子で横から覗きこむのは、彼の妹分のシェイン。

 しかしタオは次の瞬間、本を後ろへ放り投げる。


「ダメだ、読ねぇ。見たことのない文字で書かれてらぁ」

「ちょっ!? タオ危ないよ!?」


 投げられた本を慌ててキャッチし、抗議する少年の名はエクス。

 この一行の中では一番の新参者が彼だ。

 そんな彼は本を丁寧に書物の山の中に戻す。


「それでお嬢? カオステラーの気配はまだあるんだよな?」

「えぇ、でも……妙なのよ。こうぼやけてるっていうのかしら?」


 タオの問い掛けに困惑気味に返すレイナ。

 これは今までに感じたことのない気配だった。

 彼らは確かにカオステラーの気配を追ってきた。

 けれど、この想区に辿り着いた瞬間、その気配が薄くなってしまったのだ。

 

「どうするかねぇ……」


 思わず頭を掻くタオ。

 普段は方向音痴のポンコツ姫だのとからかっているが、それでもその力を頼りにはしているのだ。

 う~ん、とその場で四人額を突き合わせて考え込んでいると突然、ガサッと本の山が動く。

 四人が一斉に視線を向けた先にいたのは、黒い人型の怪物。


「「ヴィラン!?」」


 ヴィラン、それはカオステラーが生み出した異形の怪物たち。

 想区に破壊と混沌をまき散らす存在。つまり四人組の敵だ。


 エクス達は慌てて自身の『空白の書』を取り出し、そこへ栞を挟み込む。

 それは『導きの栞』。

 『空白の書』に挟むことで、太古から語られてきた童話や寓話、その主人公たちの力を借りることができる魔法の栞。

 彼ら四人組がカオステラーと戦える理由の一端が『空白の書』と『導きの栞』に秘められたその力にあった。


                         ◇


 ヴィランの突然の襲撃をどうにか無事に切り抜けた四人組。

 しかし、その表情は晴れない。

 それはヴィランとの戦闘時に妙な違和感を覚えたからだった。


「……今のヴィラン……なんていうのかしら……」

「あぁ、妙に張り合いがなかったな……」

「シェインもそう思うです、タオ兄!」

「確かに今までと比べて弱かった気がするね」


 そう、いつもなら理不尽なまでの暴力を振るってくるのがヴィランだ。

 けれど今回はこちらを襲う気がないようですらあった。

 今思えば戦闘に突入したあの時、ヴィランたちは動揺していた気さえする。


 カオステラーが存在しているのにその気配が薄い想区。

 人を襲うことに興味がないようなヴィラン。


 今まで経験したことのない状況に四人は混乱する。

 そうして彼らが悩んでいると、再び本の山でなにかが動く気配。

 見上げると、そこには一人の少女が立っていた。


 青と白を基調としたシンプルなドレスに着込み、身の丈ほどもある巨大な本を両手に抱えた、黒髪を腰まで伸ばした女の子。

 その娘は、四人組をじーっと見つめると、次の瞬間信じられないといった様子で大きな青い瞳を見開き、


「……なぜあの子たちを虐めたのですか!?」


 大声で問い掛けてくる。

 答えによっては許さない、そんな気配が彼女からは漂っていた。

 

 その突然現れた少女に動揺しつつ、レイナは慎重に話しかける。


「あれはヴィランといって想区に破壊と混沌をもたらす存在なの、だから――」


 そこまで言った瞬間、少女の目付きが急に鋭さを増した。そのあまりの険呑さに思わず言葉を飲み込んでしまうレイナ。

 そんな彼女を冷ややかに見つめながら、少女は呟くように言う。


「そうですか……アナタ達はヴィランの危険性を知っている……つまり『空白の書』の持ち主ですね」


 少女の言葉に今度はレイナ達が目を見開く番だった。

 戸惑いを隠せない彼らに、けれど少女は淡々と言葉を紡ぐ。


「OKです。そういうことなら話は早い。噂には聞いていたんです。『空白の書』を携えて想区間を旅する『調律の巫女』の一行がいると。ふふっ、これでようやく物語が動き出します」


 楽しげに笑いながら少女はポケットから一枚の栞を取り出す。

 『導きの栞』似たそれは、しかしその身を漆黒に染めていた。


「けれど、その前に試させて頂きます! アナタ達が私が待ち望んでいた存在であるか否かを!」


 そう言いながら少女は漆黒の栞を小脇に抱えていた巨大な本へ挟み込み、


「シャグラン・コネクト」


 祈る様に呟いた次の瞬間、彼女は仮面を着けた道化師へと姿を変えていた。

 それを呆然と見つめ、レイナ達四人は今度こそ混乱のどん底に落とされる。

 あんな『空白の書』は知らない、あんな『導きの栞』なんて見たこともない。

 けれど、目の前の少女が振るわんとする力はあまりに自分達に似過ぎていた。


「さぁさっ、書を! 栞を手に取りなさい、『調律の巫女』とその一行! 本気で来なければその命、『空白の書』とともに喜劇と悲劇の狭間に葬ってあげましょう」


 目は笑っているのに涙を流す仮面の向こうで、少女は楽しげに嗤ってみせる。

 戦闘は不可避。そう判断し、四人組は『空白の書』へ再び栞を挟み込む。


                         ◇


 そうして、暫く戦うと少女はなにかに納得したように、動きを止める。

 気付けば彼女の姿は出会った時のそれに戻っていた。


「うん、十分、十分です。それだけの力があればバッチリです」


 にこやかにそう言う少女へレイナ達は厳しい表情を向ける。


「……一体貴女は何者なのよ!」


 幾分怒気を孕んだレイナのその問い掛けに、しかし少女は笑顔で返す。


「あぁ、これは失礼を。私、この『カクヨム想区』をストーリーテラーより任されている『スミカワ』と申します。以後お見知りおきを」


 これがエクス達四人と不思議な少女『スミカワ』との出会いだった。

 そして、この『カクヨム想区』を舞台とした物語の幕開けでもあった。

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