第4話:その物語を嘆くもの達。

 戦闘を終えると疲れ切った表情で荒い息をするレイナ達四人。

 数も多かったがそれほどにあのナイトヴィラン達は強かった。

 もし、スミカワが加勢していなければどうなっていたことか……。

 そんなことを思いながらそれぞれが彼女へ目を向けると、


「お疲れ様でした皆様。お陰で――


 言いながらぐらりと体が傾き、そのまま地面に倒れ込んでしまう。


「え……!?」

「スミカワさん!?」

「おいおい大丈夫か!?」

「!?」


 慌てて駆け寄り助け起こすと、スミカワは酷い熱を出していた。


「スミカワさん! ねぇ、しっかり! 目を開けて!」

「あぁ、『調律の巫女』……これはお手数をおかけして……」

「何をやっているのよ、貴女……」

「いえいえ、この程度どうということは……」


 そう言ってヨロヨロと立ち上がるスミカワ。


「無理をしないでスミカワさん」

「あぁ、お嬢の言うとおりだぜ……」

「早く休んだ方がいいと思うです」

「そうだね……どこか休憩できる場所を……」


 スミカワを気遣う四人の言葉。しかし彼女はそれに首を横に振る。


「休んでいる暇は……ないんです。物語はもう動き始めているのですから……」

「……それはどういうことなの?」


 意味深なその台詞に困惑するレイナ。

 それにスミカワが返答しようとした瞬間、街全体が突如大きな揺れに襲われる。

 悲鳴を上げ逃げ惑う人々。彼らを見ながら、スミカワは疲れ果てた様子で溜め息を吐く。


「はぁ~。こういうことです。アナタ方の来訪に気が付いた未完の物語たちがあちこちで暴れ始めました。休む暇なんてないんですよ」

「ど、どうしてそんなことに?」

「それはですね『調律の巫女』……アナタ方が彼らを唯一終わらせることができるからです」

「…………」

「だから、どうか力を貸してください。終われない彼らを救うために……」


 そう言って頭を下げるスミカワにレイナはなにかを決意した様子で頷く。


「分かったわ。協力してあげる。でも、あとは私たちに任せてスミカワさんは休んでいなさい」

「はぁ~。お嬢がそう決めたんなら仕方ねーか。シェイン、坊主、いっちょやるぞ」

「了解ですタオ兄。色々シェインにお任せです」

「よし、行こう! みんな!」


 四人組の様子を見つめ安心したように微笑むと、スミカワは懐から拳大の蒼い珠を取り出し、それをレイナに手渡す。


「……スミカワさん……これは?」

「この宝珠でヴィランが暴れている大体の場所が把握できます。この想区では貴女の力を持ってしても彼らを見付けにくかったのでは?」

「……気付いていたのね。ありがとう。大切に使わせてもらうわ」


 受け取った宝珠を仕舞いながらスミカワに微笑むレイナ。

 それにスミカワは笑い返すと、


「さぁさっ。皆さんご油断なされませんように! 作者が引導を渡さない以上、彼らは死んでも死にきれない。自身で終わることができない。だから自分達を消してくれるアナタ方に全力で立ち向かってくる! 自身の物語を華々しく終える為に! 自分の物語にも敵役としての意味があったのだと、その存在を証明する為に!」


 そう言いながらパチンッとその指を鳴らし、


「それではあとはお任せ致しました。そして、その宝珠が紅く染まったならば街の中央の塔を目指してください。その最上階で私は待っております」


 その言葉とともにレイナ達の周りの風景が再び切り替わる。

 今度彼らが放り出されたのは最初に案内された街の端。

 しかし、本で造られた美しい建物は壊れ果て、存在するのは破壊の限りを尽くすヴィラン達とそれから逃げ惑う住人達。

 

「これはまた酷いことになってんな……」

「急いで皆を助けないと!」

「やってやるです!」

「さぁ、この想区が混沌に飲まれる前に、彼らを助けるわよ!」


 そうして四人は『運命の書』と『導きの栞』に手を掛ける。

 全ては運命に翻弄される人々を救うため。

 歪んだ物語を正すため。

 それが『空白の書』を持つ自分達の役割だと信じて。


                         ◇


 街の中心部にある本を積み重ねてできた高い、高い塔。

 その最上階でスミカワは混乱する地上を見下ろしていた。


 視線の先では丁度、あの四人組が暴れ回るヴィラン達と戦闘を開始したところだ。

 結末のない物語に絶望し、嘆き、悲しみ最後は怪物になり果てた憐れな想区の住人達。

 彼らのことを思うとスミカワはいつも胸が張り裂けそうになる。


 けれど、あんな風に暴れられるだけまだ幸せだとも彼女は同時に感じていた。

 この想区には存在そのものが消された『運命の書』が少なからず存在する。

 続きが『空白』ではなく、文字通り自身の物語そのものをストーリーテラーの卵に消された住人たちがいるのだ。

 面白くない、書いていてつまらない、人気が出ない、書くのに飽きた、他の卵たちにバカにされた……。

 そんな様々な理由でストーリーテラーの卵たちは物語を消してしまう。


 生み出した物語を消す……それは想像を絶する苦悩の末かもしれない。案外、安易な気持ちかもしれない……けれどその物語を待っている人がいたのだとスミカワは言いたい。


「それに作者が例え忘れても、意外と皆さん憶えているモノなのですよ……」


 そう呟いて彼女が手に取り、優しく撫でるのは漆黒の栞。

 これも最初はただの白い栞だった。

 けれど消えた物語を、住人の名前を書き留める内にいつの間にか黒くなってしまった。

 

 この栞には忘れられた物語に関わったもの達の『嘆き』が染みついている。

 どうして終わらせてくれなかったのか。

 消すぐらいならなぜ世に生み出したのか。

 毎日、毎日続きはまだかと待っていたのに。

 もうあの物語は読めないのかな……。

 そんな一つ、一つは小さくても寄り集まれば大きな力になるそんな嘆き。


 そして、スミカワ自身もどこかで運命の歯車が狂えばそうなっていても不思議ではなかった。だから彼女はその『嘆き』に『共感』する……故にシャグラン・コネクト。

 未完の名作よりも、どんな形であれ完成された物語を……この想区で生まれた彼女達はそれだけを願っている。


「だから、さぁ早くここまで登ってきてください『調律の巫女』。アナタ方が来たからこそ、この想区での私の物語は始まった……。そしてどうかこの物語に結末を……」

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