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リバプールから北に100キロ、ウィンダミア湖は湖水地方にあるイングランド最大の湖である。厚い雲と水面に浮かぶ数艘のボート以外動くものはなく、荒涼とした景色はまるで絵画の様に停滞しきっている。その湖の
庭には10台程の車が停まっていた。どれも高級車である。そこにもう一台の車がやって来て、ゆっくりと停車した。運転席から降りたのは一人の若い男だった。サングラスをかけ、カジュアルな格好をした短髪のブロンドの男である。彼は小走りに屋敷へ近づき、ドアをノックした。すぐさま内側から開けられ、男は中に身を滑らせる。執事と思しき格好の別の男に先導され、彼は食堂に入った。
「申し訳ありません、遅れました」
男はサングラスを外し、中にいた全員に遅れたことを謝る。長細いテーブルを囲むように10人くらいの身なりの良い男達がそこに座っていた。それぞれの席には紅茶かコーヒーのカップが置かれており、他にはフルーツとナッツ類が皿に盛られて置いてあるくらいで、男は少し当惑した。彼らの身分を考えれば、出されているものは質素が過ぎるくらいであったからだ。
その中の一人、ホストの席に座る老人が相好を崩し、手で座るよう促した。
「初めは誰でも遅れる。分かりにくいところにあるものだからね。とにかくよく来てくれた、マシュー・ヘルマン」
「こちらこそ、イングランド議会にお招き頂き光栄です。私の様なバイオリニストなんぞがお役に立てれば良いのですが」
「高潔な意志と志さえあれば、我々は誰でも歓迎する――さて、全員が揃ったところで、早速」
マシューと呼ばれた男が席につくと同時に、老人が全員に向けて口を開いた。
「知っての通りかとは思うが、改めて状況を説明する。ここ数日我々は大きな動きを余儀なくされた。一つはサウザンプトンのフィッツロイ公爵、そしてサウザンプトン大学のピアソン教授が襲撃された件について。かつての同志であった彼らだが、残念なことに裏切りを目論んでいたようだ。確かにデイビッド・フィッツロイの近頃の言動は良いものではなかった。しかし幾らなんでも、その報復に殺害という手段を選ぶのは度が過ぎた行為だ。実行したのはこちらもまた同志である投資家のフランシス・ブラックモア、そしてロイド・テルフォード。この二人の誅伐は、皆ご存知の通り滞りなく成功した。また生き残ったピアソン教授についてはまこと残念であるが、つい先程病院で不慮の事故により命を落としたとのことだ」
そこまで聞いて、場の全員が安堵の笑みを浮かべた。彼らの心配事は、このイングランド議会を自称する秘密結社の存在が明るみに出ることであった。それが取り除かれた故の安堵である。
更に言えば、ここで名の上がった四人――全てがこの「イングランド議会」と呼ばれる会合の元メンバーであった――は元から殺される予定にあった。裏切り、誅伐、不慮の事故などとあたかも自身らの意志が関わっていないような言い方をしていたが、実のところ全ては彼らの計画の通りであった。
老人は話を続けた。
「だが我々も代償を支払うことになった。これだけの騒ぎがあって、連中が何も動かないわけはない。以後は皆、尻尾を掴まれぬよう行動には細心の注意を払ってもらいたい。
加えて、優秀な手駒を二人失った。ピサロとカルソラ。大変な痛手だ」
そこまで言ったところで、長身を屈めながら部屋に一人の男が入ってきた。先日シンノスケ達を襲った一味の一人、コルテスであった。彼は老人の隣に立つと、人懐っこい笑顔を湛えながら話し始めた。
「サー・ビンガムが仰った通り、我々のうち二人が命を落としました。これでは今まで通り自由に動き回るのは困難です。そこで一人、我々のチームに新人を入れることにしました。皆さんにご承知を頂きたく、この場をお借りしたい」
「新人?」中年の男が口を挟んだ。「心配だ。腕は立つのかね?」
「ご安心を。殺人、こと剣の腕に関しては、右に出るものはおりません」
コルテスがそう言うと、ドアが開いた。中からは現れたのは東洋人の青年であった。顔色は悪く、神経質そうな表情をしており、剣士というよりは学者の類に見えた。しかし腰には見慣れぬ剣を佩いており、見た場の全員がどよめいた。
コルテスが不気味な笑みを浮かべて言った。
「極東より来た剣士です。
――名前を言え」
青年は暗い表情のまま、口を開いた。容姿とは異なり、声には重みと張りがあった。
「柳生
剣客執事 鬢長ぷれこ @pureco
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