第23話 戦略の才能(Talent for tactics)

 食堂に来ると、ソニアとアナベルがもう食事を始めていた。

 ティムが二人の横の席に着くと同時に、中年のメイドがパイとスープをテーブルにどんと置いた。その衝撃で少しこぼれたスープを、ティムは惜しむように指ですくい取る。


「ルークは?」

 指を舐めながら、ティムが聞く。


 ソニアが答えた。

「ルークなら、先に食べ終わって、どこかに行っちゃったわ。私たちより早く食べ始めてたみたいだったから」


「ああ、そうなんだ」

 自分から聞いておきながら大して興味がなさそうに相槌を打つと、ティムはパイをがぶりとかじった。


「ライアンの様子はどう?」

 アナベルが尋ねる。


 ティムはもぐもぐと口を動かしながら少しの間唸った後言った。

「何か思い詰めたような顔してるよ。話しかけても上の空だし、前とは別人みたいだ」


「そっか。お父さんのこと、相当ショックだったんだろうね」

 アナベルは表情を曇らせた。


「ああ、そうだろうな」


「何か話はしたの?」

 今度はソニアが聞く。


「いや、特に何も。そりゃあ話したいことはいっぱいあるけど、あまりライアンが話したそうじゃなかったからさ」


「そう」

 ソニアはそう呟くと、ティムの顔を神妙な面持ちで見つめた。


 思わずティムが尋ねる。

「何で? どうかしたの?」


「あ、ううん。何でもないよ」

 ソニアは微笑した。

「ライアン、早く元気になるといいわね」


「そうだね。ライアンを知っている人間からしたら、今のあの感じは拍子抜けしちゃうよなあ」


 食事を終えると、一行は階段を上って会議室に移動した。会議室の真ん中には大きな長机が置かれていて、既に多くの兵士たちが席に付いていた。長机の端の議長席にはセラフィニの姿が、そしてその左横の列の奥にはセラドールの姿があった。


「そろそろ始めるから、こっちに来て座ってくれ」

 セラフィニはそう言った後、自身の目の前の一席を除き、空席がないことに気付いた。

「おっと、席がもうないか。ティム、代表として、君がこっちに座ってくれないか。他の人は、すまないが、壁に並んでるイスを使ってくれ」


 ティムは指示された通り、セラフィニの目の前にあった席に着いた。ソニアとアナベルも壁に並べられた席の中で空いている席に座る。ライアンとルークは壁側の席に既に座っていた。


 机の席を占めている兵士たちは、皆四十歳前後くらいのベテランだった。彼らは恐らく今回の戦争を率いる兵士長クラスの兵士だろう。


「それではこれより軍事会議を始める」

 セラフィニが凛とした声でそう告げると同時に、会議室の空気がぴりっと引き締まった。

「諸君も知っての通り、敵はヘーゼルガルドだ。ヘーゼルガルドから流れてきた者の情報によると、ヘーゼルガルドは今にも本格的な戦争を始めようと、準備を粛々と進めているらしい。もう手をこまねいている時間はない。ヘーゼルガルドに攻め込まれる前に我々が先手を取り、ヘーゼルガルドを制圧するのだ」


「王子、一つ良いでしょうか」

 兵士長クラスの男が挙手した。

「二週間前、王子を含め一部の兵士たちが、巡回中にヘーゼルガルド軍から武力行使を受けたと聞きました。その後すぐにでも軍事会議を開催し、ヘーゼルガルドに宣戦布告するという選択肢もあったはず。何故それが今なのか、教えて頂けないでしょうか」


「ふむ、良い質問だ」

 少し間を開けた後、セラフィニは答えた。

「だが、申し訳ないことに、あまり前向きな理由ではない。ヘーゼルガルドの戦力が我々の戦力を上回っていると見たからだ」


 そのセラフィニの言葉で、室内はしんと静まり返った。


 セラフィニは、表情を変えずに続ける。

「本当は、訓練中の魔法騎兵の力が付いてからにしたかった。彼らは今厳しい指導者の下、毎日負荷の高い訓練をこなしている。日々見ているから分かるが、彼らの力は今圧倒的なスピードで伸びているんだ。後一か月でも余裕があれば、ヘーゼルガルドの魔法騎兵に負けずとも劣らないレベルまで来れたかもしれない」


「戦力差はどのくらいあるんでしょうか」

 別の兵士が尋ねる。


「兵の数はヘーゼルガルドがおよそ八万人。我々は、六万人程だ。それに加えて、ヘーゼルガルドには優れた魔法騎兵が多くいる。この違いは大きいだろう」


 すると、兵士たちは静まり返る代わりに、今度はざわつき出した。


「諸君、諸君。聞いてくれ」

 セラフィニが声を上げる。

「兵数の差はあるのは事実だが、絶望的な差ではないのも事実。戦争とは単純に兵数の違いだけで勝敗が決まるものではないことくらい、諸君らなら十分分かっているだろう。今の状況で、戦況を優位に進めていく為の戦略を練ろう。必ずどこかに突破口があるはずだ」


 セラフィニは、机上に置かれていた地図を広げた。

「いいか。地図の西端にあるここが、スカイラーク。ヘーゼルガルドは東に行ったここだ。ヘーゼルガルドまでの道のりは平原しかないから、地理的な障害はない。ただしヘーゼルガルド本体を攻める前に、ここポルトーセルムを落とす必要がある」


「ポルトーセルム? それは何ですか?」

 ティムが尋ねる。


「ポルトーセルムは、ヘーゼルガルド地方の最東端にある町の名前だ」

 セラフィニが答える。

「町と言うと穏やかに聞こえるが、端的に言えばポルトーセルムはヘーゼルガルドの要塞だ。北部にはカルミー山脈、南部には崖があるから、ポルトーセルムを通らずにヘーゼルガルドに行くことは不可能な地形となっている」


 セラフィニは再度全体に向き直った。

「調査によると、本体の兵数が六万人程。残りの二万人がポルトーセルムに駐留しているらしい。ということは、つまり我々の六万人の兵をポルトーセルムにぶつければ、まずポルトーセルムは落とせるということだ。更にその際の被害を最小限に留めることができれば、兵数ではヘーゼルガルド本体と互角にまで持ってこれる」


 兵士たちは再度ざわつき始めた。セラフィニの話に納得して唸る者のもいれば、不安げにぼやく者もいた。


 そんな中、一人の兵士が挙手した。

「確かに王子の仰る通り、互角の戦いができるかもしれません。しかし、本当にそんなに上手く事が進むんでしょうか。実際のところ、ポルトーセルムを落とすのは相当大変でしょう。それなりの数の兵士を失うことは覚悟しなければいけません。また、もし上手く落とすことができても、敗残兵の逃げる先はヘーゼルガルド本体です。そうなるとヘーゼルガルド本体の兵数の上昇も考慮しておかなければなりません」


「勿論上手く進むとは限らない。だがそれが戦争というものだ。勝敗を決するのは戦力、戦略、色々あるが、最終的には武運のある方が勝つ。我々にできることは、その武運を引き寄せる為に何ができるかを考えることだけだ。『上手く行かないかもしれない』と考えていても、武運には好かれない」


 会議室内は、再度しんと静まり返った。


 セラフィニは一息吐くと、更にこう続けた。

「諸君の言いたいことはよく分かっている。私だって運否天賦な考え方だけで良いとは思っていない。だからこそ具体的な戦略を練りたいのだ」


「セラフィニさん」

 ティムが口を開いた。


「何だい」


「ちょっと地図をよく見せてくれませんか」


 ティムは地図をまじまじと見つめた後、やがて言った。

「奇襲だ」


「うん?」

 セラフィニは訝しげに眉を潜めた。


 ティムは地図をセラフィニに見えるように置いた。

「ヘーゼルガルド北部にあるカルミー山脈を越えて、ヘーゼルガルドに攻め込むんです。ポルトーセルムが万全なら本城は大丈夫と考えているヘーゼルガルドの裏をかくんですよ」


 すると、兵士たちの間でどっと笑い声が上がった。呆れたように鼻で笑う者もいれば、腹を抱えて笑う者もいた。


 腹を抱えて笑っている者の一人であるベテラン兵士が言った。「よお、坊主。セラフィニ様の話を聞いてただろ。カルミー山脈は年中雪の積もった険しい山脈だ。ポルトーセルムを通らずにヘーゼルガルドに行けるかよ」


「だから奇襲なんじゃないか。楽な道を通って奇襲になるわけないからね」

 ティムは肩をすくめて見せた。


「あんな雪山を、大群率いて越えるっていうのは無理だ」


「別に、全軍で山を越えるなんて言ってないよ。軍を二分すればいいんだ」


「ほう」

 これまで沈黙を保っていたセラドールが、興味を示したように、声を漏らした。「では、ティム君。一旦、君の考えを一通り聞かせてくれないか」


「まず軍は大きく二つに分けます。一つは今話した奇襲するチーム。人数は数百人程度が限界でしょう。残り全員でもう一つのチームを作るわけですが、こっちは囮の役割を担ってもらうんです」


「ふむ」

 セラドールは、小刻みに頷いた。

「兵数の多い隊を本隊と見せかけて、ヘーゼルガルドの注意をポルトーセルムに引き付けておくわけだな」


「そうです。だから囮の隊はセラドール様、貴方が指揮をして頂いた方がいいでしょう。王がいる隊なら本隊だと、相手も思ってくれるでしょうからね」


 すると兵士の一人が憤慨して立ち上がった。

「貴様、黙って聞いていれば、セラドール様を囮に使うだと? 何たる無礼な!」


「ミッシェル、黙っていろ」

 セラドールは、そうぴしゃりと言うと、ティムに向き直った。

「非常に面白い作戦だと思うが、兵数が足りない。先刻セラフィニが言った通り、ヘーゼルガルド本体の兵数は六万人だ。君も言った通り、私もカルミー山脈を越えられるのは数百人が限界だと思う。数百人で六万人を相手にしても勝ち目はない」


「その問題については、スカイラークが今にも攻めてくるという噂を流しておけばいいんです」


「噂?」


「はい。例えばセラドール様がヘーゼルガルドの王だと考えてみて下さい。もし敵が今にも攻めてくるという情報が流れてきたら、セラドール様ならまずどうしますか?」


 セラドールは少し考えてから言った。「本城に攻め込まれるのを避けるために、ポルトーセルムに兵を送って守りを強化するだろう」


「どのくらいの数の兵を送りましょうか」


「ラークハイムの兵数が六万いることを考えると、できるだけ多くの兵を置いておこねばならん。カルミー山脈に守られているヘーゼルガルドは安全だから、ヘーゼルガルドに置いておく兵は最低限でいいだろう」

そこまで言うと、セラドールは大きく目を見開き何度か頷いた。

「そういうことか」


「そういうことです」

 ティムも頷いた。

「噂を流せば、まず間違いなくヘーゼルガルドはポルトーセルムにほぼ全戦力を投入することになります。これでヘーゼルガルド本城の守りはがら空きになる。カルミー山脈を越える兵数が数百人でも、ヘーゼルガルドを落とすことは容易になるでしょう」


「なるほど・・・」

 セラドールは唸った。


 それまで黙って話を聞いていたセラフィニも、目を瞬かせて何度も頷いた。

 確かにセラフィニは、ティムに期待を持ってスカイラークに呼び寄せた。しかし期待していたのは、守護神石を短期間で四つも集めたという神懸かった運気に対してだった。つまり戦法、戦略、いわゆる兵を上げて敵の拠点を攻め落とす作戦という点に関してティムに期待していたわけではなかった。ティムは兵を率いた経験がないのだから当然だった。


 しかしティムの提案は、軍の指揮経験が豊富なセラフィニからしても理に適っていた。およそ軍を指揮した経験のない少年の提案とは思えない。これが守護神石に選ばれている者の才能なのだろうか。


 セラフィニは言った。

「効果的な作戦のように思えるが、諸君はどう思う?」


 問われた兵士たちは、先程とは打って変わって黙って頷いた。彼らもティムの作戦が有効なものだと認めているようだった。


「では決まりだな」

 セラフィニはぽんと手を叩いた。

「噂を流すため早速ヘーゼルガルドに早馬を出す。また真向から攻める隊とカルミー山脈を越える隊の分けは、これから私が考え夜連絡する。明日の朝にでも出発するから各々準備を進めておくように。ではまた夜に会おう。解散」


 ヘーゼルガルドを攻めるという話は、あっという間に国中に広がった。女たちは、ようやく訪れたこの時を噛み締めるかのように神に祈りを捧げた。男たちは、目前に迫る戦を前に心を奮い立たせながらも国に残る家族たちとの最後の時間を過ごした。


 一方のスカイラーク城内は、日が暮れた後も戦争の準備に追われる兵士たちで、慌ただしくごった返していた。


「諸君、いよいよヘーゼルガルドとの戦争が始まる!」

 城の大広間で、魔法騎兵の兵士長が部下の魔法騎兵たちに檄を飛ばしていた。


「ヘーゼルガルドは優秀な魔法騎兵が多いが、恐れることはない。諸君らは厳しい訓練を乗り越えてきたのだ。自分たちの力に自信を持っていい」


「そうだよ、みんな」

 兵士長の隣りに立っていたアナベルが口を開く。

「あれだけあたしの魔法を受けてきたんだから、その辺のハビリスの魔法なんて、へっちゃらさ!」


「そうだ!」「そうとも!」

 兵士たちの一部からは、同調する声が上がり始め、最後には全員が喚いていた。


 兵士たちの熱意が迸る様子を見て気を良くしたのか、アナベルは更にこう続けた「よおし、みんな。それじゃあ、最後に皆で掛け声を出そう。せーので、『えいえいおー』だよ。 行くよ、せーの。えいえいおーっ!」


 しかし、広間にはほとんどアナベルの明朗な声のみが響き渡った。アナベルの掛け声に付いて来た兵士はほんの僅かだったのだ。


「ゴ、ゴホン」

 兵士長が気まずそうに咳払いをした。

「すまないが、我々には我々のやり方があるんでな」


「そうなのー?」

 アナベルは、がっかりしたように、唇を尖らせた。


「おーい、アナベル」

 アナベルの背後から声がした。ティムがアナベルの方に歩み寄ってきていた。


「ティム!」

 アナベルは満面の笑みを浮かべると、ティムに大きく手を振った。

「セラフィニさんとの打ち合わせは終わったの?」


「ああ」

 ティムは頷いた。

「俺は、奇襲する隊に入ることになったよ」


「へえー。まあ、その作戦の発案者がティムだから当然だよね。で、あたしは?」 アナベルは自分の顔を指差してみせる。


「アナベルは・・・」

 ティムは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アナベルを焦らすように少し溜めると告げた。

「奇襲する隊だ。俺と同じだよ」


「きゃー! やった! ティムと同じだ!」

 アナベルははしゃぎ声を上げると、右手を上げてハイタッチのポーズを取った。


 ティムがハイタッチに応えると、アナベルは笑顔でこう続けた。

「頑張ってティムやみんなのことサポートするからね」


「ああ。アナベルが一緒だと、本当に心強いよ。でも・・・」

 ティムは、声のトーンを少し落とす。


「うん? どうかしたの?」


「その、何と言うか・・・」

 ティムは眉間に皺を寄せて顎を撫でた。

「本当にいいのかなって思ってさ。成り行きで巻き込んじゃってるけど、これはハビリスの戦争だよ。だからもしアナベルが・・・」


「一緒に行くよ。行きたい」

 アナベルはきっぱりと言った。

「友達の力になりたいっていう想いに、種族の違いは関係ないと思うんだ。だからティムたちが行くならあたしも行く」


 いつになく真剣なアナベルに心を打たれたティムは、ゆっくりと頷き微笑んだ。

「わかった。そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、アナベル」


「それにヘーゼルガルドはエルフのパールを奪ったから。それは絶対にあたしが取り返さないと」

 アナベルは顔の前でぐっと拳を握ると、大きく頷いた。


「それもそうだったね」


「それで、出発は明日の朝なんだよね?」


「ああ、俺たちはね。でも囮の隊の出発は明後日になった。俺たち奇襲隊がカルミー山脈を越えるのに時間がかかるから、囮の隊は一日遅く出発するんだ」


「ふうん、そうなんだあ」


 ティムは思い出したように言った。

「ああ、そういえば、他のみんなはどこにいるか知ってる? 他のみんなにも配置について伝えないと」


「ソニアなら、明日の支度をしに部屋に戻ったよ。ライアンとルークはしばらく見てないね」


「そう、分かった。ちょっと探してみるよ。ありがとな、アナベル」


「うん。あ、他の皆はどのチームになったの?」


「ソニアは、俺たちと一緒だ。ライアンとルークは、セラフィニ王子と一緒にポルトーセルムに向かう」


「やったあ。ソニアも一緒なんだね」

 アナベルは再度、きゃっきゃと無邪気に喜びを表現した。




 その頃、ソニアは一通り出発の準備を終えて、寝室から出た。すっかり日も暮れて城内も若干冷え込んできた為、ソニアはいつものローブの上に毛皮のコートを纏っていた。その手には毛皮のポンチョも抱えられている。こちらはアナベルのものだ。


 下り階段を目指して回廊を進んでいくと、突き当りの少し開けた空間に人影が映った。ライアンだった。ライアンは窓の縁にもたれ掛かりながら、夜風を浴びているようだった。


 ソニアはその横顔を一瞥するのみで、そのまま歩き去ろうとした。しかしライアンの背後を通り過ぎようとした時だった。


「ソニアちゃんか」

 振り向きもせずに、ライアンは言った。


「え、ええ」

 ソニアは立ち止まると、若干戸惑いつつ返事を返した。再会してからまともに会話するのは、これが初めてだった。


「明日、ヘーゼルガルドと戦うことができる。俺も一緒に。あのヘーゼルガルドと」


 言い終えると、ライアンは振り返った。その表情は、スカイラークに流れ着いた時とは打って変わって澄み切っていた。彼なりに自分の心の中で踏ん切りを付けたに違いなかった。


 ソニアが何も答えずにいると、ライアンはこう続けた。「『何を今更いけしゃあしゃあと』って思ってるんだろうな」


 きっと自分は相当白けた表情をしていたのだろうなとソニアは思った。図星まで行くと大げさだが、多かれ少なかれ近いことを考えていた。


「まあ、そう思われるのも当然だ。俺が皆を見捨ててヘーゼルガルド側に付いたのは紛れもない事実だからな。でも結果的に俺はヘーゼルガルドと決別して、また皆の所に戻って来た。一度は道を踏み間違えたが、今はこうしてここにいるんだ。完全に堕ちてしまったわけじゃない。正当化しているように聞こえるかもしれないが、まだ俺はやり直せるんだ」


「何を勘違いしてるのか知りませんけど、私はもう何とも思ってません」

 熱い論調のライアンとは対照的に、ソニアは冷静にそう言った。

「確かにヘーゼルガルドでの一件は大分失望しましたけど、今私はこうして生きてるしライアンのことを恨んだりはしてません。ライアンがまた私たちの仲間として旅することについても異論はないです。ただ・・・」


 ライアンがソニアの次の言葉を黙って待つと、ソニアは続けた。


「ただ、貴方のことは、今でもまだ心から信用することはできない。ティムとアナベルはお人好しだから、前と同じように貴方のことを信用するでしょう。でも、私はそう簡単に貴方を、前と同じように受け入れることはできません」


 それを聞いて、ライアンは少しの間床をにらんでいたが、すぐに納得したように頷いた。

「ああ、わかった・・・」


 ソニアはくるりと踵を返し歩き出した。しかし不意に立ち止まる。

「それと、ティムには感謝して下さい。あんな風に自分を裏切った相手を許すなんて有り得ません。少なくとも普通の感覚の持ち主なら」


 それだけ言い残すと、ソニアは回廊を歩き去っていった。


 いよいよ始まるヘーゼルガルドとの戦争を前に、スカイラーク城内は兵士達の高揚により異様な熱気で溢れていた。一方で閑散とした闇はその日も変わらず城を包んでいき、夜はひっそりと更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エルゼリアの石 - Stones of Ersellia - 水野煌輝 @neosoft_dx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ