第22話 かつての友との再会(Encountering an once friend)

 こうしてティム一行はしばしの間旅から離れ、ラークハイムの兵士としての日々を送った。剣の訓練やチェス、時にはセラフィニたちと共に狩猟に出かけ、平穏な時間は流れていった。


 ラークハイムに滞在してから、二週間が経過したある日のことだった。


「ティム」


 背後から自分の名前を呼ばれ、ティムは振り返った。それがセラフィニであることに気付くと、ティムは木刀を床に置いた。

 額に浮き出た汗を手で拭い取ると、ティムは応えた。

「はい、何でしょう」


「ちょっと来てくれないか」

 声のトーンが緊迫していた。


 ティムは、すぐにセラフィニの近くに駆け寄っていった。


 続いてセラフィニはルークを見た。

「ルーク、ソニアとアナベルを連れて、すぐ王の間に来てくれ」


「あ、ああ。分かったよ」

 共に稽古をしていたルークも木刀を放り投げると、階段の方へ走って行った。





 セラフィニの後に続き、ティムは急な石階段を駆け下りて行く。


 溜まらずに聞いた。

「一体何があったんですか」


「来れば分かる」


 階段を下り切ったセラフィニは、王の間に繋がる扉を押し開けた。ここから入ると左側に王座があり、右側に外に通じる扉がある。


 王の前では、両手を縄で縛られた金色の長髪の男が倒れていた。それはティムがよく知っている人物だった。


「信じられない」

 ティムは思わず駆け寄ると、その男を抱え上げた。

「ライアン、ライアンじゃないか」


「やはりティムの友人だったか」

 王座に座っていたセラドールは深い溜息を吐いた。


「何故こいつはここにいるんですか」

 自然と質問が口から滑り出てくる。


 セラフィニが答える。

「今朝、この近辺を巡回していた兵士が見つけてね。馬に跨ったまま、意識を失っていたらしい。馬の鞍にヘーゼルガルドの紋章が入っていたから、ここに連れてきた」


「・・・マナ・・・ム・・・」

 ライアンは、微かに口を動かして何かを言おうとしていた。


「何だ? 聞こえないぞ!」

 ティムが、ライアンの顔に向かって喚く。


「・・・すまな・・・い・・・、ティ・・・ム・・・」


 今度ははっきり聞こえて、ティムはライアンを床に戻した。


「お前、今更何言ってんだよ」

 ティムは両手の指を床に当てて、やけくそに動かした。理由は分からないけど、涙が次から次へと溢れて来る。


「そのうわ言なら、さっきからずっと言っている。だからヘーゼルガルドで裏切ったという君の友人だと思ったのだ」


「でも、何故? 何故こいつはこんな所にいるんだ?」


 セラフィニは、両手を広げて首を傾げて見せた。

「今説明した以上のことは、本人に直接聞くしかない」


「そんな・・・嘘でしょ?」

 扉が開く音と共にソニアが現れた。その後ろにはアナベルとルークもいる。


 ソニアはライアンの元に駆け寄ると、しゃがんで顔を覗き込んだ。暗い面持ちで呟く。

「生きてるの」


「ああ、まだ生きている。ただかなり体力を消耗しているせいか、意識はないがな。特に外傷はないから、少し休ませれば目を覚ますだろう」

 セラフィニが淡々と答えた。


 アナベルも駆け寄って、ライアンの顔を見つめていた。いつもは躍動感のあるアナベルの表情も、この時ばかりは沈んでいた。緑色の瞳が心配げに揺れている。


 ティムは言った。

「ベッドに連れていかないと」





 ティムとルークに抱えられて、ライアンの体はベッドに置かれた。ソニア、アナベル、セラフィニも、ライアンの周りを囲むように集まった。


「とりあえず縄をほどこう」

 ティムが、ライアンの両手を縛り付けている縄に手を伸ばす。


「駄目だ」

 セラフィニが制止した。

「まだ彼が安全かどうかは分からない。ほどくかどうかは、意識が戻ってしばらく様子を見てからだ」


「ライアンはそんな奴じゃないよ」


 ティムはそう訴えたが、セラフィニは目で拒否した。仕方なくティムは手を戻す。


「アナベル、回復してあげれるか」

 ライアンの顔を見つめながら、ティムが言う。


「うん」

 アナベルは両手を絡み合わせて呪文を唱えた。

「我が祈り・・・清らかなる愛の温もりとなりて、汝の体を癒さん・・・」


 たちまちライアンの体が柔らかな光に包まれたかと思うと、白い小さな光が体中から浮かび上がってきた。時間が経つにつれ光は少しずつ薄くなっていき、やがて元に戻った。


「ライアン」

 ティムは名前を呼び、ライアンの頬を軽く叩いた。


 突然ライアンの目が大きく見開かれた。上体をがばっと起こし、狂ったような雄叫びを上げた。同時に両手両足を動かしてもがき始める。すぐにティムとセラフィニは、ライアンの体を押さえつけた。


「ライアン! 落ち着け! 俺だ!」

 ティムが叫ぶ。


 大声で喚きながら暴れていたライアンは、我に返った。

「ティムか・・・?」


「ああ、そうだよ。ティムだよ」


「ここはどこだ・・・?」


「ラークハイム城だよ。お前、この近くで見つかったらしい」


「そうか・・・」


「何でこんな所にいる? 一体ヘーゼルガルドで何があったんだ?」

 

「ティム、すまなかった。許してくれ・・・」

 震える声でそう言うと、ライアンは胸を押さえながら咳込んだ。


「水を」

 ティムが手を差し出すと、ソニアが水の入ったガラス瓶を手渡した。ティムからガラス瓶を受け取ると、ライアンは喉を鳴らして全て飲み干した。


「話せるか」

 空瓶を床に置くと、ティムが聞いた。

「俺と別れた後何があったのか、全て話してもらうぞ」


「ああ・・・」

 一息吐くと、ライアンは落ち着いた声で語り始めた。





フラッシュバック ―四日前ヘーゼルガルドで何があったか―


 巡回を終えた兵士が乗る馬が、ヘーゼルガルド城へと続く桟橋を駆け抜けて行った。城の敷地内に入ると、兵士たちは各々の馬を馬小屋に戻していく。手綱を杭に括り付けている兵士たちの中に、ライアンの姿もあった。

 城の中に入ると、兵士たちは武器庫に向かった。装備品を外して保管しておくためだ。


 武器庫の中で脱いだレザーアーマーをハンガーにかけていた時、ライアンは他の若い兵士たちの噂話を又聞きすることになる。


「よお、お前聞いたか。ジョナスさんが地下牢にブチ込まれたらしいぜ」


「ええっ。ウソだろ」


「それがマジなんだよ」


「信じられねえ。何でジョナスさんが?」


「それがな、何と城の金を無断で使い込んでたらしい」


「そりゃあひでえな。実直な人だと思ってたのになあ」


「おい、お前」

 ライアンは噂を伝えていた男に詰め寄ると、おもむろに胸倉を掴み上げ壁に押し付けた。

「今の話、本当なのか」


「ほ、本当だ」

 不意を突かれた兵士の声は震えていた。

「さっき直接地下牢も見てきた。間違いない」


「間違いないんだな」

 ライアンの拳に更に力が入る。


「本当だって言ってんだろ」

 男はライアンの手を振り払うと、罵りの言葉を吐いた。

「そんなに気になるなら、自分の目で確かめてこいよ」


 ライアンはしばらく血走った目で男を睨みつけていたが、やがて嵐のように武器庫から飛び出した。いくつもの階段を駆け下り続けて、ライアンは地下牢のある最下階まで辿り着いた。

 外の光が入らない地下牢は、昼夜を問わず常に薄暗い。中心を通っている通路を挟んで、牢獄は六つあった。通路を歩きながら、左右の牢獄を確認していく。一番奥の右側の牢獄の横で、ライアンは足を止めた。


「父さん」

 ライアンは声を震わせた。


 その声で、俯いたまま座り込んでいたジョナスが顔を上げる。ライアンの顔を見ると、思いの他ジョナスはいつも通りの微笑みを見せた。

「ライアンか」


「父さん!」

 もう一度呼ぶと、ライアンは鉄格子を掴んだ。

「何故? 一体何故こんなことになったんだ?」


 ジョナスは深く息を吐き出すと、眉間に皺を寄せた。

「王は今、ラークハイムと戦争を始めようとしている。だが本来両国が協力して魔族と戦わなければいけない時に、そんなことをしていてはいけない。それを王に伝えたが、案の定理解をしてはくれなかった。それでもしつこく食い下がった結果がこれだよ」


「そういうことか」

 ライアンは、歯を食いしばって体を震わせた。金を使い込んだという偽りの汚名を着せてジョナスを投獄したのだ。


「これまでも幾度となく、王のやり方には意見してきたからなあ。いい加減、堪忍袋の緒が切れたんだろう。まあ因果応報だな」

 そう言うとジョナスは、大きな口を開けて笑った。


「何が面白いんだよ!」

 ライアンは喚いた。

「父さんが正しいのに、父さんが悪者になるのはおかしいだろ」


 すると、ジョナスは穏やかな表情で言った。

「何が正しいかは、俺やお前が決めることじゃない。全ては結果が教えてくれることだ。身の上もわきまえずに、王の決断にしつこく口を挟んできた結果がこれなら、俺の行いは正しくなかったのかもしれないな」


「そんな・・・」

 ライアンは理解できず、かぶりを振る。


「心配をかけてすまなかったが、俺はこの通りピンピンしてる。ほとぼりが冷めれば、外にも出してもらえるだろう」


 偽りの汚名を着せられていることは、ジョナスに伝えなかった。それを伝えば、ジョナスはきっと息子であるライアンの立場を心配するからだ。


 納得は何一つ行ってはいなかったが、ひとまずジョナスが元気にしていることが分かったライアンは地下牢から立ち去った。



 


 しかしその晩、状況は一変する。


 ライアンを含めほとんどの兵士が寝支度を終えた頃、ライアンのいる寝室に兵士が一人訪れた。

「皆、聞いてくれ。さっきジョナス殿の処刑の日時が決まった。明日の昼だ」


 ライアンは耳を疑った。淡々とそう話す声は、恐ろしい程現実離れして聞こえた。


「マジかよ」「ひでえな」

 同じ部屋にいた他の兵士たちは、一気にざわつき始める。


 そんな中、誰かが口走った。

「でも城の金を使い込んじまったんだから、自業自得だろ」


「ふざけんな!」

 ライアンは怒鳴った。

「俺の親父は、そんなことはしてねえ!」


 部屋の中は一気に静まり返った。


 いくら王の決断とは言え、そんな暴挙が許されていいはずがないのだ。何があろうと、ジョナスは自分が助けなければいけない。





 夜が更けた頃、ライアンはむくりとベッドから体を起こすと寝室から抜け出した。


 薄暗闇の中、足元に気を付けながら慎重に歩き、ライアンは武器庫に到着する。ライアンはレザーアーマーを装備し剣を腰に掛けると、地下牢に向かった。


 突き当りの牢獄の前まで来ると、ライアンに気付いたジョナスははっと身を起こした。

「どうしたんだ、こんな時間に」


 ライアンは何も言わずに剣を抜くと、牢獄の錠前を叩き斬った。コロンという音を立てて、錠前が床に転がり落ちる。


 ジョナスが唖然とする。

「ライアン、お前何を・・・」


「ここから逃げるんだよ。このままだと父さんは殺されちまう」


「何馬鹿なこと言っているんだ。早く寝室に戻れ」


「本当だよ。さっき御触れが回ってきたんだ。明日の昼、父さんは処刑されるんだ」


 ジョナスは一瞬下唇を噛み締めて黙り込んだ後、険しい面持ちで言った。

「今の音を聞いて、誰か来るかもしれない。早く寝室に戻れ」


「何故だ? このままここにいたって、殺されるのを待つだけじゃないか!」


「だったら、殺される運命を受け入れよう」


「何言ってんだよ!」


「逃げることなどできん!」

 ジョナスはぴしゃりと言った。

「俺は、もう何十年もヘーゼルガルドだけに忠実に仕えてきた。後ろめたいことは何一つしたことがない。それなのに、最後の最後で王国を裏切るようなことは絶対にできんのだ」


「でも・・・でも、そんなのおかしいだろ!」


 その時、微かに足音が響いて来た。誰かが上の階で歩いている。


 ジョナスが声を潜めて言う。

「まずいぞ、誰か来る。早くここから離れろ!」


「駄目だ」

 ライアンは力強い目でジョナスを見据えた。

「父さんが一緒に来るまで、俺は絶対にここを動かないからな」


「馬鹿なことを言うな。こんなところを見られたら、お前まで殺されるぞ」


 ジョナスは必死の形相でライアンを諭そうと試みるが、ライアンは頑としてその場を動こうとしない。一方で足音は少しずつ近づいて来ている。


 ジョナスは少しの間険しい表情で床を睨みつけた後、意を決したように牢獄の扉をくぐった。


 ライアンはジョナスの手を引っ張りながら、地下牢の階段に向かって駈け出した。


 音を立てず、しかし急いで階段を上っていくと、一階の回廊に辿り着いた。先頭を行くライアンは、誰もいないことを確認して回廊に入っていった。


 しかしその時、回廊の角からヘーゼルガルド兵士が現れた。


「ああっ!」

 その兵士は、二人を発見した瞬間大声を上げた。


 まずい!ライアンはそう心の中で叫ぶと、走り出した。後少し走れば城の外に出られる。外に出てしまえば、夜闇に紛れて難を逃れられるはずだ。


 しかし走り出した次の瞬間、背後でどさりと音がした。振り向くと、後ろにいたジョナスが回廊の床にうずくまっている。背中から矢が生えており、まだ左右に揺れ動いていた。


「父さん!」

 ライアンは足を止めて叫んだ。


「ば、馬鹿者ッ・・・」


 激しく息をしながら、ジョナスが裂けるような声を出す。その時兵士は、ライアンを目掛けて次の矢を射ようと構えていた。


 しかし次の瞬間、回廊の角の死角から別の兵士が現れた。その兵士は、弓を張っていた兵士に斬りかかる。斬られた兵士は呻き声を上げると、その場に崩れ落ちた。


「フ、フレデリックさん!」

 思わずライアンは、その兵士の名を叫んだ。


 フレデリックはジョナスの元に駆け寄ると、首筋に手を当てた。既に事切れていることが分かると、歯痒そうに呟いた。

「遅かったか」


「父さん、父さん・・・」

 ライアンは悲痛な声を上げながら、ジョナスの体を抱き寄せる。


「残念ながら、悲しんでいる時間はないぞ。間もなく他の兵士もここに集まってくる。早くここから逃げるんだ」

 フレデリックは、落ち着いた声でそう言った。


「何故、父さんがこんな目に遭わなきゃいけないんだ」

 ライアンが俯いて呟く。


「ライアン、聞いてるのか。時間はないぞ」


「父さんが殺される理由なんて何一つないんだ!」

 ライアンの目からは、ダムが決壊したかのように大粒の涙がこぼれ出していた。

「俺の憧れていたヘーゼルガルドはこんな姿じゃないんだ・・・。ガキの頃からヘーゼルガルドだけが俺の夢だったのに、何故ヘーゼルガルドは今になって俺を裏切ろうとする? もう分からない・・・、俺にはもう分からない・・・!」


 突然泣き崩れたライアンを見て、フレデリックは奇妙な感覚を覚えた。目の前の光景は今初めて見るものではないように思えたからだ。遠い昔に、同じ状況に遭遇したことがある。


 次の瞬間、フレデリックの記憶は鮮やかに蘇った。十年前村を襲っているゴブリンを掃討した時、助けた少年が泣きながら喚いていた姿が瞼に浮び上がる。


 フレデリックは目を細めて呟いた。

「そうか、君はあの時の・・・」


 ライアンは再度ジョナスの体を抱き締めた後、胸の前で十字架を作った。

「フレデリックさん、父さんの体は・・・」


「心配するな。丁重に弔う」


「ありがとうございます」

 ライアンは弱々しくそう告げると、立ち上がり回廊を歩き始めた。


「ライアン」

 フレデリックがライアンの背中に呼びかけた。


 顔を前に向けたまま、ライアンが立ち止まる。


 フレデリックは一瞬躊躇うような表情を見せた後、こう言った。

「すまなかった。君の期待に応えられず、本当にすまなかった・・・」


 ライアンは言葉を返すことなく、再び回廊を歩き始めた。


 ライアンの背中を見つめながら、フレデリックは思った。十年前はライアンが自分の背中を見つめていたが、今度は自分がライアンの背中を見つめる番だ、と。

 フレデリックは、回廊の角に消えるまでの間、ライアンの背中を見つめ続けていた。


フラッシュバック ―四日前ヘーゼルガルドで何があったか― 完





「城から脱出した後は、ただただ西へ行った。ティムがラークハイム兵と共に行動していることは、二週間前にラークハイム兵と衝突した兵士から聞いて知っていたからな」

 一通り話し終えた様子のライアンは目線を落とすと、深い溜息を吐いた。


「そんなことがあったんだな」

 ティムが、物憂げに呟く。


「ティム」

 ライアンは縛られた両手をぐっと伸ばしてティムの腕を掴むと、目を潤ませた。

「正しい道に進もうとしていたお前を、俺は見捨ててしまった。間違っていたのは俺だったのに、俺は・・・俺は・・・」


 ティムは下唇を噛み締めて、セラフィニの方を向いた。

「セラフィニさん、腕の縄はもうほどいても?」


 腕を組んで事を見ていたセラフィニが、ゆっくりと頷く。


 それを確認すると、ティムはライアンの腕の縄を解きにかかった。あっという間にライアンの手は自由になった。


 ティムはしゃがみ込むと、ライアンの肩をぽんと叩いた。


「お前が無事で良かった」

 そう一言告げると、ティムは微笑みを浮かべた。


 ライアンは一瞬表情を震わせたかと思うと、嗚咽を上げながら涙を流した。

「すまねえ、ティム・・・すまねえ・・・」


 しばらく涙を流した後、ライアンはソニア、アナベルを見た。

「二人にも酷いことをしてしまった・・・。簡単に許してもらえるとは思ってねえ。だが俺に罪を償わさせてくれないか。ヘーゼルガルドに奪われた守護神石を、取り返すために協力したいんだ」


 アナベルは心配そうな表情を浮かべながら、ライアンの手を両手で包んだ。

「ライアン、そんな辛いことがあったんだね。何もできないけど、私たちでよければ力になるよ」


 一方ソニアは何も言わずに、ただライアンを見つめながら小さく頷いて見せた。


「昼食後、四階の会議室に集まってもらいたい」

 一行の背後から、セラフィニが言う。

「ヘーゼルガルドが戦争の準備を始めているのなら、もう時間的な猶予はない。今日から実践的な兵法、戦略を練って、一日も早くヘーゼルガルドに攻め入るぞ」


「ようやくかい。いい加減チャンバラごっこには飽きてきた頃だからなあ」

 ルークは両手を頭に乗せながら、悠然と部屋から出て行った。


 ライアンが聞く。

「あいつは?」


「ルークだよ。ヘーゼルガルドから逃げ出した後に、仲間になったんだ」


「そうか」

 ライアンは、ぼんやりとした目で扉を見つめた。


「ライアンといったね」

 セラフィニが話しかける。

「昼食後の会議だが、君も参加ということでいいのかな」


「あ・・・はい」

 はっと我に返り、ライアンは何度も頷いた。


「そういうことなら、君も今日からラークハイムの兵士だ。ティムたちと同じようにね」

 セラフィニは微笑した。

「ティム、ライアンに城の中を案内してやってくれないか。後ベッドは空いているのを好きにあてがってくれていいから」


「はい、分かりました」





 ティムはライアンと一緒に、城の中をぐるりと回った。その間ライアンは終始虚ろな表情で、ティムの後ろから歩いて付いてきた。最初の内はティムも何か会話をしようと思い、他愛もない話題を振ってはみたが、ライアンは口数少なかった。結局ティムは雑談をやめて、淡々と食堂や武器庫、練習場等を案内していった。


 最後にティムはライアンを寝室に案内した。毛布とシーツが乱雑に置かれているベッドが並んでいる中、一つだけベッドメイキングされているベッドがあった。


「このベッドを使いなよ」


 ティムがそう言うと、ライアンはゆっくりとベッドに腰を下ろした。ふうと大きく息を吐いたその顔からは、疲れの色が出ていた。アナベルの回復魔法によって少しは体も楽になったとは言え、三日間も放浪し続けたのだから無理もなかった。


「腹減っただろ。今からお昼食べに行くけど、来るか?」


 ライアンは首を振った。

「少し休みたい。後で行っていいか」


「ああ、勿論さ。少し休めよ。じゃあ、また会議室で会おう」


 ティムが寝室から出ようとした時、ライアンが「ティム」と呼んだ。


 ティムが振り返る。するとライアンは、頭を垂れながら震える声で言った。

「ティム、ありがとう」


「ああ」

 ティムはそう短く答えると、寝室を後にした。

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